15 心地よい距離
翌日、エレンもミハイルも新婚休暇中なので、贈り物や手紙の点検をすることになった。
といっても、贈り物は一度フェドーシャが目を通してリストアップしており、手紙もこちらが確認しやすいように封を切って並び替えてくれている。
「こんなにたくさん届いたのか……」
「ほとんどは騎士団関係者からみたいね」
「中には冷やかしで変なものを贈ってくる連中もいるだろうからな……フェーニャ、リストを」
「はい、旦那様」
フェドーシャがリストをミハイルに渡す。
そういえばまだエレンもリストを見ていなかったと思って覗き込もうとするが、なぜかミハイルの左手でがしっと頭を掴まれ、見させてくれなかった。
「意地悪」
「そういうつもりじゃない。……おい、フェーニャ。これと、これと、こいつのは……」
ミハイルはエレンに聞こえないように小声でフェドーシャに指示を出した。それを聞いた彼女は神妙な顔で頷き、いくつかの箱を抱えて部屋を出ていってしまう。
「……あの贈り物は?」
「さっき言っただろう。騎士団の連中には、俺の結婚を冷やかそうと変なものを押しつけてくる者もいるんだ。……そういうのは後で俺が始末する」
変なもの、と聞いたエレンが思い出したのは、即位して間もない頃にマリーアンナが口にしていた、「たまに、性格の悪い人が刃物を仕込んだものを贈ってくることがあるのよ」という言葉。
(変なものって……大丈夫なのかな)
「あの、フェーニャやあなたに任せてもいいの? 危険なものとかじゃないの?」
「危険ではない。……頼むから、何が入っていたのかは聞かないでくれ」
「う、うん?」
よく分からないがミハイルがはっきり言うので、それ以上は例の贈り物たちについては追及しないことにした。
贈り物は大小様々な箱に入っており、ほとんどはインテリア雑貨だった。
「わあ。この色づかい、すごいね」
「リュドミラの伝統文様の敷物だな。うちの伝統工芸品はどれもこれも、色が濃い。理由は色々あるがその一つに、派手な色の方が雪の中でも分かりやすいというのがある。建物なんかもそうだな」
「確かに、薄い色だと白い雪に埋もれてしまうものね」
エレンとしては白色も好きなのだが、リュドミラの風土や気候を考えるとあまり好まれていない色なのかもしれない。
リストはミハイルが持ち、彼の指示でエレンは贈り物を箱から出していくのだが――
「わあ、素敵な置物ね」
比較的小さくて品のいい包装紙に包まれていた箱から出したのは、青白いガラス製の置物だった。
エレンでは種類はよく分からないが鳥を模しているようで、枝に留まって凛と空を仰ぐ猛禽類のような鳥は見事な作りで、羽根の一枚一枚すら丁寧に表現されていた。
手の平に載る大きさだが、ガラス製だからかずっしり重たい。
「ああ、それはエレオノーラ様からの贈り物だな」
「エレオノーラ様……」
(あ、ひょっとして)
「ボリス様の、妹君……?」
「なんだ、知っていたのか。それとも昔俺が言ったのか?」
「噂には聞いていたし、ちょっと前に城の聖堂前でお会いしたの」
その直後に訪れた騎士団でミハイルに抱きしめられるという衝撃的イベントが起きたのだが、儚げな美女との出会いはエレンもちゃんと覚えていた。
エレンがその出来事を説明すると、ミハイルはおもむろに頷いた。
「……エレオノーラ様はボリス様亡き後も毎日聖堂に通い、ボリス様の魂の冥福を祈ってらっしゃる。お優しくて、繊細で……お労しい方だ」
「……ミーシャも、エレオノーラ様と懇意にしていたの?」
なんとなく夫の女性遍歴が気になったので尋ねると、ミハイルは肩をすくめた。
「懇意、というほどではないし、個人的に親しくした覚えもない。ボリス様の妹君だから、それなりに関わってきたくらいだな。だが……やはり心配だ」
「……」
「ボリス様亡き後、カヴェーリン公の名と財産をどうするかで問題になった。ボリス様は独身だったから、妻や子が相続することはできない。となれば妹君であるエレオノーラ様が継ぐものなのだが――あの方はボリス様の遺産の相続を放棄し、名誉も勲章も財産も全て、国に返すと判断なさった。そしてご結婚なさることもなく、毎日聖堂で祈りを捧げてらっしゃる」
ミハイルの言葉は淡々としていて、彼がエレオノーラに対して特別な感情を抱いているわけではないことは分かった。だが元主君の妹として、気遣う気持ちはあるようだ。
「……エレオノーラ様はカヴェーリン公のことを、敬愛してらっしゃったのね」
「そうだろう。エレオノーラ様は魔道士の素質はお持ちだが、あまりお体が強くない。だからか、幾多の武勲を立てるボリス様や俺のことをとても褒めて、ありがたいお言葉もたくさんくださったんだ」
「……そうなのね」
それ以上は何も言えず、エレンはガラスの鳥をそっとテーブルに置いた。
凛として
結婚二日目は贈り物点検とそれらをどこに置くかの相談、そして祝いの手紙への返信で丸一日使ってしまった。
翌日はせっかくだから、ミハイルに連れられて城下町散策に行った。といっても「デート」と呼べるようなものではなく、あくまでも「どこに何の店があり、どの通りが危険か」という町案内レベルで終わったが。
そうして慌ただしい新婚三日間を終えると、エレンは魔法薬師として、ミハイルは騎士として出勤することになる。
「これから俺の生活スタイルは不規則になるし、屋敷に戻れる日も少なくなるだろう」
朝食の席でミハイルに言われ、エレンは頷いた。
エレンの仕事はともかく、いつ招集が掛かるか分からないミハイルの場合、王城まで馬で移動しなければならないこの屋敷よりも騎士団詰め所にある自室で寝泊まりする方が効率がいい。
「ええ、分かっているわ。でも、無理だけはしないでね」
「……」
「ミーシャ」
「……努力は、する」
どうにも言葉のキレが悪いので、エレンはやれやれと肩を落とした。
基本的にミハイルの戦闘スタイルはがむしゃらで、いわゆる命知らずな戦い方をするらしい、と教えてくれたのはフェドーシャだ。
(私の存在でミハイルが命を大切にするようになるとは思えないけれど……新婚直後で未亡人になるのは避けたいし)
「まあ、それがあなたのやり方なのだから、仕方ないとは分かってるけど」
「……すまない」
「いいってば。……あ、でも私だってあなたに死んでほしくないんだから……疲れたときとかは遠慮なく、私を頼ってね」
ミハイルは「用もなくいきなり騎士団に来るな」とは言っていたがそれはつまり、ちゃんとした用事があればお邪魔しても構わないということだ。
ミハイルが怪訝そうな顔をしたので、エレンはナイフとフォークを置いてぽんっと手を打った。
「ほら、この前仮眠を取る前に薬を飲んだら、効果があったでしょう? ああいうのを宿舎に届けるのはどう?」
「……」
「そんな怖い顔をしないで。もし私の存在が鬱陶しいのなら、誰かに言付けるとかするから」
「……別に、鬱陶しいとは思わない。だが……おまえも仕事があるだろうし、俺のためにそこまでしなくていい」
「私がやりたくてやっているの。要らないのなら飲まずに捨ててくれればいいし」
「そんなもったいないことをするか。……分かった。おまえの薬に助けられているのは事実だし……疲れたときには、ありがたく頼らせてもらう」
むっとした様子のミハイルに言われ、エレンはにまにま笑った。
なんだかんだ言って、ミハイルは優しいし素直なところがある。三年前も、最初にエレンに突っかかったことをすぐに謝ってくれたし、その後も衝突することがあってもお互い謝ることができた。
(喧嘩友だち……っていうのかな? ちょっと違うかな?)
何にしても、エレンとしてはこの距離感がわりと心地よいと感じていた。
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