12 お出迎え①
城下町付近で暴れていた残党が駆逐された、という知らせが入ったのは、翌日の昼前のことだった。
「そう、よかったわ。……ミハイルたちは無事なのよね?」
「騎士団側に負傷者はおりますが、死者はいないようです。ほとんどの残党は旦那様が討伐なさったようですね」
「……そう」
城から届いた報告書をフェドーシャが読むのを聞きながらも、エレンの胸中は少し複雑だった。
ミハイルたちが無事なのはもちろん、嬉しいことだ。だが、彼がほとんどの残党を倒したということは夫の強さを誇らしく思う反面、それだけ彼ががむしゃらに戦ったからなのではないか、とも思ってしまう。
人殺しをしたミハイルたちのことを恨んだり怖がったりするつもりは、毛頭ない。だが、そこまで彼を駆り立てる感情のことは、恐ろしく感じられた。
「それじゃあ、もうすぐミハイルは戻ってくるの?」
「ええ、城に報告をしたら一旦戻るそうです。本来なら結婚後三日間は、新婚のための休暇期間ですからね」
フェドーシャの言うとおり、リュドミラではどのような職の者でも、結婚後三日間は新婚休暇を取ることが推奨されていた。そのため、エレンもカミラ用の薬をメイドに預けており、よほどのことがない限りは出勤しないことにしていた。
ミハイルも、本来ならば昨夜出陣することはなかったのだ。
(式の後で戦闘をして、その後戻ってきたのだから疲れているだろうし……あ、そうだ)
「フェーニャ。私、ミハイルのために薬を作ってみたいんだけれど」
「奥様がですか?」
フェドーシャは首を傾げた。エレンの仕事がカミラ付きの魔法薬師ということは知っているだろうが、具体的にどういうことをするのかは分からないのだろう。
「ええ。ミハイルはきっととても疲れているだろうし、就寝前に飲むことで体力の回復効果を上げる薬を飲んだらいいと思うの。材料さえあれば、すぐに作れるわ」
どうせエレンは暇だし、結婚祝いで届いた贈り物の開封や手紙の返事書きは、ミハイルと一緒にするべきだ。
そういうことなら、と頷いてくれたフェドーシャをお供に、早速エレンは魔法薬調合のための準備を始めた。
結婚に伴い、城の私室に置いていた道具はほぼ全てこちらに持ってきている。その中には魔法薬調合のための道具や、魔法薬の素材になる薬草などがある。
まずは、屋敷の中でも一番風通しのいい場所を探す。魔法薬の中には製作途中でとんでもない悪臭を放つものがあり、窓を開けて換気していないと気分が悪くなるのだ。
フェドーシャが探してくれたのは、一階の隅にある空き部屋だった。部屋は広々としていて窓もたくさんあるので、作業をするのにもってこいの場所だろう。
そこに道具一式を持っていき、お手製の魔法薬調合ノートを捲る。叔父のテレンスは魔道士で魔法薬もある程度作れたので、基礎的なことは彼から教わって後は試行錯誤をしながら自分なりに薬を作っていた。
といっても、薬を作る作業自体は単純で、失敗も少ない。
まずは、目的に応じた薬草を選ぶ。
一般の医師も治療目的に使う薬草がほとんどで、解熱効果、体力回復効果、吐き気を抑える効果などのある薬草の中から、今必要なものだけを選び取っていく。
(昔、とにかく色々な薬草を放り込んで作った魔法薬は、すっごくまずくて吐きそうになったっけ……)
魔法薬は魔力を込めて作るのだが、いくら優秀な魔道士が作っても、素材となる薬草選びを間違えると劇薬しかできない。そうなると体の中の魔力の流れを安定させるどころか、体調を悪化させてしまう。
今回選んだのは、安眠効果と体力回復効果のある薬草だ。これなら革命軍時代にも何度も作っていたので、肩の力を抜いて作ることができる。
フェドーシャと一緒に薬草を刻み、小鍋に入れて水と一緒に火に掛けた。
「ミハイルは、甘いのと辛いの、酸っぱいのではどれが好きかしら」
「そうですね……私が前任の使用人から聞いた話だと、辛くて味の濃いものがお好きだったかと」
「辛めね、了解」
フェドーシャに火の番を頼み、エレンは薬箱から赤い木の実を出した。これはエンフィールドでもリュドミラでもよく使われる香辛料の一つで、乾燥した木の実の表面を削ったものを料理に入れて辛みを加えるのだ。
料理に使うものでは甘味料、香辛料、酸味料など色々あるが、魔法薬の場合はその組み合わせがかなり繊細で、同じ「辛い」材料でも、魔法薬の材料にしていいものとしてはいけないものがある。ちなみに一般的に使われる砂糖は相性が悪いので、カミラのために薬を甘くするときも別の甘味料を使っていた。
乾燥した木の実の表面を削って水を加えながら練り、試験管に入れる。そしてちょうどいい感じに茹で上がった薬草を湯から上げて同じく試験管に入れた。
「……これで薬が作れるのですか?」
「ええ。フェーニャも魔道士でしょう? それなら、訓練すればできるはずよ」
ガラス棒で試験管の中をかき混ぜながら、エレンは言った。
魔法薬師は言ってしまえば、魔道士関連の職における最下層だ。魔道士になれなかった中途半端な者が就く仕事で、魔法薬師を蔑視する者もいる。
普通の魔道士は、魔力で風を起こしたり火を熾したり、負傷者の傷を癒したりする。とても珍しいものでは、人の記憶を読み取ったり瞬間移動できたりするものもあるそうだがとにかく、体の中に流れる魔力を具象化し、表に出すことで「魔法」を使うのだ。
エレンは体内に魔力はあるが、どれほど訓練してもそれを具象化させることはできなかった。こうなってしまうと、魔道士にはなれない。せいぜい、具象化させられず垂れ流し状態になる魔力を薬に注ぎ込み、魔法薬を作るくらいだ。
ある程度の魔力があってそれを具象化させられるなら、魔法薬師は絶対に選ばれない職業だ。だがその魔法薬師の作る薬は戦時中は大いに役立てられ、回復魔法では手が足りないときや遠征時などにも頼りにされるので、需要は普通にあった。
(それに、魔法薬でしかできないこともある)
たとえば、今エレンが作っている薬にあるような安眠効果は、魔法ではどうにもならない。無理矢理眠らせる魔法はあるがそれではぐっすり眠れるような効果は期待できないどころか、強制睡眠から目覚めた後は決まってひどい体調不良に見舞われる。
先日騎士団に持っていった二日酔いの薬もそうだ。基本的に魔法というのは便利だが効果が強すぎて、魔法で二日酔いを抜いたら意識まで吹っ飛んでしまうという。
またカミラのように魔力の流れを安定させるのも、魔法薬でしかできないことだ。だから、たとえこの仕事を馬鹿にする者がいたとしても、エレンは自分たちの仕事に誇りを持っていたし、この道を教えてくれた叔父のテレンスには感謝しかなかった。
(まあ、もし魔法薬師を馬鹿にするのなら今後一切市販の魔法薬を使うな、って言えばいい話なんだけどね)
試験管の中身がある程度混ざったところで、少しずつ魔力を注ぎ込んでいく。
魔法薬調合用に作られた特殊な試験管は、魔力を流し込んでも割れずに耐えてくれる。そこに微量の魔力を注ぎ込むと、最初はただのどろどろしたものの塊だった試験管の中に淡い光が溢れ、フェドーシャが「きれいですね」と呟いた。
魔力を注ぎ込みながらガラス棒で練ること、しばらく。
最初はふやけた薬草と赤い削り滓だった中身は、とろんとした少量の赤い液体になっていた。そこからきらきらと光の粒が舞い上がる様は、見ていてほっとする。魔法薬が成功したら、どれもとてもきれいな色になるのだ。
「成功ね。……どうしようかな。液体のままか、固形にするか、粉末にするか」
「私は普段錠剤のものを飲みますが、効果に違いはあるのですか?」
「ない……とは言い切れないわね。やっぱり錠剤が一番持ち運びがしやすいけれど、無理矢理凝固するから効果は落ちる。粉末は水に溶かせるけれど臭いがきつくなる傾向があって、一番効果が残りやすい液体は、基本的に長持ちしないの」
「では液体で十分でしょう。旦那様は、昼過ぎには戻られるはずですので」
フェドーシャの言葉にそれもそうかと頷き、エレンは試験管の中身を小さな瓶に詰め替えた。
詰め替えた後もまだ薬はきらきらしていて、試験管と瓶を繋ぐように光の梯子が渡される様はなかなか美しい。
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