5  興奮する乙女たち

 王に謁見した後、カミラは将来の夫であるアドリアン王太子とも面会した――ようだ。

 その頃エレンはカミラ用の部屋に行って荷物の整理をしていたので、相手がどのような王子なのかは分からなかった。


「聞いて、エレン! アドリアン王太子殿下は、こんなにきれいなお花をくださったの! あまり口数が多い方ではなかったけれど、側にいた侍従が『お美しい王女殿下にお会いした照れ隠しです』と言われていて……」

「まあ」


 エレンが見れば、カミラに付き添っていた侍女長は、大輪の薔薇の花束を抱えていた。


 寒冷なリュドミラでは、上質な薔薇はなかなか育てられない。だからこそ、男性が女性に求婚する際には高価な薔薇を取り寄せ、「自分はこれくらい本気なのだ」とアピールするのだとか。


(王太子様とお会いした感触も悪くなさそうだし……よかった)


 とはいえ、カヴェーリン公が戦死していたというのはエレンにとってもショックだ。

 エレンは直接カヴェーリン公と話をしたことがあるわけではないが、ミハイルがあれほどまで自慢し、尊敬していた人物ということで、噂だけは大量に聞いていた。


(……そうだ。カヴェーリン公は亡くなったけれど、ミハイルはどうしているのかな)


 ミハイルは叩き上げなので、貴族ではない。一応フルネームはミハイル・グストフだと聞いているが、城の者に彼のことを尋ねて必ず答えが返ってくるわけでもないだろう。


 彼はリュドミラ王家に忠誠を誓うというよりカヴェーリン公・ボリスに従っているように思われたので、ひょっとしたら主君の死を受けて騎士を辞めているかもしれない。そうなると、貴族ではない彼との再会はほぼ不可能だろう。


(……気になることもあるけれど、ひとまず今やるべきことを片づけないと)


 カミラは間もなく書類上ではアドリアン王太子の妃となるが、実際に二人が夫婦になるのは二年後だ。だからそれまでの間カミラは離宮に部屋を与えられ、王太子妃となる勉強をしながらリュドミラに慣れるようにする。


 リュドミラ王城にはいくつもの離宮があり、今エレンたちがいるここは小さめではあるが一通りの設備が整っており静かな雰囲気なので、カミラが少しずつリュドミラに慣れていくにはぴったりの環境だった。


 カミラの輿入れに騎士たちが同行したが、ほとんどの者はここで別れる。残るのは中年侍女長が一人と魔法が得意なメイドが三人、女性騎士が二人と魔法薬師であるエレンだけだった。


 六人ともエレンは顔見知りで、メイドの一人と騎士たちに関しては革命軍時代からの仲なので、同僚相手に遠慮する必要もない。また六人とも離宮内に個室を与えられたので、何かあればすぐにカミラのもとに駆けつけられるという環境もありがたかった。


 カミラがリュドミラ人の使用人たちと話をしている間に、エレンたちは侍女長に呼ばれた。


「皆に伝えることがございます」


 厳格な侍女長に言われ、エレンたちは体に緊張を走らせる。


「あなた方は皆若く、未婚です。国王陛下はカミラ様だけでなく、あなた方もリュドミラで充実した日々を過ごせるようになるのがよいだろうとお考えです。よって陛下は、あなた方の結婚についても積極的に考えてくださるとのことです」


 侍女長の言葉は意外すぎて、早速小言だろうかと身構えていたエレンたちは拍子抜けしてしまう。エレンも思わず、隣に立っていた若いメイドと顔を見合わせた。


 確かに、この場にいるメイド三人も女性騎士たちもエレンも、独身だ。年齢も女性騎士の一人が二十三歳で最年長、十七歳のメイドが最年少というくらいで、結婚適齢期の六人である。


 カミラの輿入れに同行する者を選ぶ際、魔法薬師であるエレンはともかく、メイドと騎士は独身で若い者が選ばれた。

 また、いざとなったらリュドミラに骨を埋める覚悟ができる者かどうかという基準で選ばれ、本人や家族の同意を得られたからだとは、エレンも知っている。


(でもまさか、リュドミラの国王陛下まで私たちの将来のことを考えてくださっていたなんて……)


 女性騎士たちはさすがに顔色を変えないがそれでも視線が彷徨っているし、メイドたちはそわそわし、頬を赤く染めている者もいた。


 侍女長が、「もしリュドミラ人と交際をするなら、必ず報告すること」とだけ言って退室するとすぐに、黄色い声が上がった。


「ね、ねえ、本当なのかしら! リュドミラの国王陛下が、私たちの結婚も考えてくださるって!」

「いざとなったら一生独身も考えていたのに、旦那様が見つかるかもしれないなんて……」

「だが、リュドミラの男がどのような人物か、分かったものじゃないぞ」

「まあ、そんなことないわ。あそこまでおっしゃってくださるのだから絶対、変な男はあてがわないわよ!」


 メイドたちだけでなく、騎士も興奮している様子だ。

 主君や侍女長の前では凛としている彼女らも、蓋を開ければ二十歳そこそこの若い娘。しかも王女の輿入れに同行するという時点で結婚を諦めている者も多いので、興奮するのも仕方のない話だ。


「私だったら、騎士様がいいなぁ。ほら、革命軍に協力してくれたリュドミラの騎士って、背が高くて顔の彫りが深い人が多かったし」

「私は文官がいいな。私はそこまで勉学が得意ではないから、夫は博識な人がいい」

「私はとにかく、貴族様がいい! 優しくて理解力のある人と結婚して、実家にも仕送りするの! ……エレンはどう?」

「えっ、私?」


 なんとなく聞く側に回っていたエレンは話を振られて裏返った声を上げ――途端、自信満々に笑う灰色の髪の青年の姿が頭の中に浮かび、思わず赤面してしまった。


 ……それを見逃す乙女たちではない。


「ちょっと、その反応! まさかあなた、もう好きな人がいるの!?」

「エレンは革命軍にも参加していたから、そのときに知り合った方がいるってこと?」

「抜け駆けはひどいぞ。だが私も結婚するなら私より強い男がいいから、もし君の旦那となる男が騎士なら、是非私の夫も見繕うように言ってくれ」

「そういうのじゃないから!」


 エレンの必死の悲鳴はしかし、仲間たちの耳には届かなかったようで、その後もしばらくエレンはいじられることになってしまった。

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