2 王女カミラ
エレンは、平民階級の魔法薬師だ。
普通、そんな身の上の女が王女のお抱えになれるはずがないし、なったとしたも嫉妬ややっかみの視線を向けられることだろう。
だが、エレンの立場を羨む者はいても、「どうしておまえが」と言われたことは一度もない。
なぜなら――
「エレン! 待っていたわ!」
女王の執務室を辞したエレンが王女の部屋に入るなり、元気いっぱいの声に出迎えられた。
この部屋の主である王女は、母女王と同じ赤茶色の髪を背中に垂らし、大きな灰色の目でじっとエレンを見ている。
侍女やメイド、騎士たちがいる間はすまして座っている彼女も、今ここにいるのはエレンだけだからか、とてもはしゃいでいた。
「ただ今参りました、カミラ様。ご機嫌麗しゅう……」
「もう、そういうのは肩が凝るからほどほどにしてってば! 今は二人きりなのだから、昔みたいに話しましょうよ!」
腰に手を当てて可愛らしく怒るカミラに言われ、エレンは苦笑してしまう。なぜ一国の王女にこんなに親しげに話しかけられるのかというと、エレンはカミラの従姉にあたるからだ。
エレンの母は、マリーアンナの夫である王配・テレンスの実姉だった。アディンセル公爵家が潰れた際に母も一緒に亡命し、地方都市に身を寄せた。
そうして当時恋人だった傭兵の男と結婚して生まれたのがエレンで、エレンは革命が起こるまではまさか、豪快だが優しい「マリア叔母様」が自国の姫君で、自分のことを「エレン姉様」と呼び慕ってくれるカミラもその血を継いだ王族だなんて、思ってもいなかった。
つまり、エレンはエンフィールド王家の血が一滴も流れていない平民だが、王配の姪ということで少々特殊な立ち位置にいる。生まれだけでなくエレンは叔父のテレンスに師事して魔法薬師としての力を付けたし、革命戦争時もカミラのお守りをしつつ後方支援職として活躍したという実績もあった。
カミラに席を勧められたエレンはソファに座り、隣にすとんと腰を下ろしたカミラの手を優しく握った。
「そうはいきませんよ。あなたはエンフィールドの王女様。そしてこれからは、リュドミラの王太子殿下のお妃様になるのです。窮屈なお気持ちにはなるでしょうが……どうぞ、ご理解を」
「……分かった」
エレンがそう言うのは最初から予想していたようで、カミラは仕方ないとばかりに肩を落とし、ほんのり笑った。
「……それにしても。私、もうすぐ結婚するのね。エレンも、ついてきてくれるのでしょう?」
「ええ。……おめでとうございます、カミラ様。もちろん。あなたのお抱え魔法薬師として私も一緒にリュドミラに参ります」
「あ、ありがとう! よかったぁ!」
それまでは少しだけ緊張の面持ちだったカミラも一気に安堵したようで、ぎゅうっとエレンに抱きついてきた。
「これから忙しくなると思いますが、私も協力します。幸せな結婚になるように、努力しましょうね」
「ええ、お母様とも約束したわ。……お相手の王太子様がどんな方かは分からないけれど、私はエンフィールド王家を代表してリュドミラに行くのだからね。勉強もお作法もダンスも苦手だけど……頑張る!」
むん、と可愛らしく気合いを入れるカミラは今年の春に十五歳になったのだが、エレンが同じくらいの年だった頃よりもずっと小柄で、体の線も細い。
昔から元気いっぱいで色々なことに興味関心を抱く子だったが、魔力の影響か風邪を引きやすくて怪我をしたらなかなか完治せず、女王たちを心配させることが多かった。
(でも、そんなカミラ様もご立派に、王家としての役目を果たそうとされている……)
カミラのくるんくるんの巻き毛を撫でながら、エレンは思う。
彼女が幼い頃から両親は革命の準備で忙しく、遠慮なく甘えられる相手はエレンくらいだった。だがそれも、革命が終わって母が即位したことで自分は王女として振る舞わなければならなくなってしまった。
カミラは自分の立場をよく理解しているし、母が多忙なことも受け入れている。女王だって、職務の合間には子どもたちの様子を見に行っているし、毎日の食卓は絶対に家族で囲んでいる。カミラの弟妹たちも、健気なほど頑張って振る舞っているのだ。
だからこそ、エレンはこれからもカミラの側にいたい。
彼女が少しでも安らげる場を、これからも提供していきたかった。
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