四
影の二人はずっとしゃべっていた。
わたしが机に近づいても気づく気配がない。
長机まで歩いてきたときには何か数字を言い合っていたが、それからよくわからない言葉で歌い始めたり、空っぽのティーカップを口元へ運んだり、天気の話をしたりと、やり取りが途切れることがない。
なんだか無視されているような気がして、腹が立ってきた。
そんなとき、影の二人はアリスという人物のことを話し始め、わたしが立っているのとは反対側のほうへ注目した。
しかしその先からは誰も現れず、影の一人がふっと消えるような不思議なこともあったけれど、そんなことがどうでもよくなるくらいわたしは腹を立てていたし、何より早く帰りたかったので、ここでついに声をかけた。
「あの、何してるんですか」
「ああどうもこんにちは。いやあね、あそこから今にアリスがやってくるはずなんだがね、これがどうしたものか現れない」
影はこちらを向いたが、また木々のあいだのほうへ向かい直した。
「お知り合いなんですか。そのアリスさん」
「いいや、僕らは彼女を知ってるけど、彼女は僕らを知らない」
アリスという人物はこれからハイキングに合流するのかもしれない。
名前からして外国のかただろうか。
とにかく名前があるなら影の二人よりはまともなように思える。
まともな人間が来るのなら、その人から帰り方を教えてもらうのがよさそうだ。
「わたしもご一緒していいですか」
「だめ。アリスが恐がるからね。好きなとこに座りなよ」
わけがわからない。
「そうですか」
じゃあ――
いっそのこと散らしてやろうと思い、影の座る椅子に座る。
案の定、影は散ったが、向かいの席に現れた。
どうにも人間ではないらしいが、腹立たしさのせいか恐怖はない。
それからもアリスを待ちつつ影を見ていると、
「名前は言うなと聞いてる」
と、影はまた不思議なことを言った。
名前?
影に訊き返そうとした直後、猛烈な腐臭が鼻をついた。
それとほぼ同時に、後ろのほうから枝葉をかき分ける音が――いや、木の幹がメキメキと折れるような音が聞こえる。
何かが来る。
それもかなり大きい。
そう思ったときには恐怖で体が固まったように動かず、振り向くこともできない。
影は穏やかな声で、つづけて言う。
「君は言われた通り正直に答えればいい。いいね。これで大丈夫。うまくいく」
彼の声は、黒い男と同じだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます