16 幼なじみとの恋話
ミルワード夫人の使者の来訪から、数日後。
今度は、嬉しい客がやってきた。
「いらっしゃい、アリソン」
「お邪魔する」
玄関で出迎えたシェリルに笑顔を向けてくれたのは、波打つ金髪の美女。
すらりとした体躯にぴったり寄り添うような女性用軍服を纏う姿は凛としており、彼女の十数年来の幼なじみであるシェリルさえ見惚れてしまいそうだ。
夫人と違ってきちんと事前に連絡を寄越してくれたので、シェリルはきちんと髪型や服装を整え、万全の状態で迎えることができた。
アリソンは「手土産だ」と言って持っていたバスケットをリンジーに渡すとシェリルを見て、くすりと笑った。
「……どうかしたの?」
「ああ、いや。シェリルが元気そうで何よりだ、と思ったんだよ」
「私はいつも元気だよ?」
「まあ、それはそうなんだがな。……おっ、内装も少し変わっているな」
リビングに通すと、あたりをきょろきょろ見たアリソンが感想を述べた。
彼女は現在騎士団の宿舎で寝泊まりしているが、生活が安定するまでの二ヶ月ほどは、この屋敷の客室を使っていたのだ。だから彼女はリンジーたちとも顔見知りだったし、この屋敷の勝手も分かっている。
彼女は屋敷を出てからも、まめに訪れておしゃべりをしている。アリソンとは村にいた頃からの仲なので、いちいちディーンの許可を取らなくてもよかった。
「うん、そう。結婚することになって、ちょっと模様替えをしたのよ」
「なるほど。……その様子を見る限り、結婚生活はそこまでぎすぎすしているわけではないのだな」
「あはは。少なくともぎすぎすはしていないよ」
席に着くとすぐに使用人たちが茶を淹れ、菓子も出してくれた。
彼らはアリソンの舌の好みも覚えていたようで、「お、これは私の好物だ!」と嬉しそうにお気に入りの菓子を摘んでいた。
「今日はお仕事、休みなんだっけ?」
「カミラ様が王配殿下に同行して、視察に行かれているんだ。視察には殿下の護衛が付くので、ちょうどいいから有給を取れと命じられたんだ」
「そうなのね。お仕事は今、どんな感じ?」
「なかなか楽しいぞ。最初の頃は色々と戸惑うことがあったが、一年やってみると勝手も分かってきた。カミラ様はお優しいし、同僚たちの中では私が一番年長だが、皆とも気軽に話ができるようになった」
「そっか。よかった」
アリソンはシェリルより一つ年上の二十一歳で、村ではシェリルの隣家に住んでいた。
シェリルは早くに親を亡くしてディーンの世話になっていたが、ディーンが仕事に行っているときはアリソンの両親が面倒を見てくれたのだ。
きりりとしていて頼りがいがあり、それでいてお茶目な面もあるアリソンは幼なじみであり、姉代わりのような存在だ。だからこの前の結婚式にも、アリソンにはぜひ出席してほしいとお願いしたのだった。
「まあ、私のことはいいとして……シェリル、君だ」
「え、えっと……エグバート様とのこと?」
「そう。……魔法研究一筋の君が結婚すると聞いて、驚いたよ。しかも相手は、王宮での立場がよいとは言えない元王子」
難しい顔になったアリソンは一呼吸置いた後、「シェリル」と名を呼んだ。
「単刀直入に聞く。シェリルは結婚して、辛い思いをしていないか?」
「していない」
「そうか、それならばいいのだ」
返答まで一秒も挟まずシェリルが即答すると、アリソンはほっとしたように笑って茶を飲んだ。
「エグバート殿は、実直で真面目な男だとは聞いている。だが、穏やかな人柄で知られた男で不遇な立場とはいえ、王族だ。平民上がりの男爵令嬢であるシェリルを雑に扱っているのではないか、と疑っていた。すまないな」
「ううん、気にしないで。……でも、本当にエグバート様は素敵な方なんだよ」
結婚してまだ十日程度だが、どこまでも紳士的で思いやりに満ちたエグバートはまさに理想の旦那様だとシェリルは思っている。
とはいえアリソンの危惧も、もっともだ。
プライドの高い王子であれば、村娘との結婚なんて嫌に決まっているし、皆の前では良い夫の仮面を被っていても、家では妻を虐げていた、ということも十分考えられる。
「お優しいし、私の話もしっかり聞いてくださるし。むしろ、私にはもったいないくらいなの」
「そうか。……それならいいんだ」
アリソンは頷き、茶菓子をサクサクと食べた。
(……アリソンに分かってもらえたのなら、よかった)
そう思って紅茶のカップを唇に当てたシェリルだが。
「……だが、夜は大丈夫なのか? あの巨体に抱かれて体は平気なのか?」
「んぶっ!?」
「ちょ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……」
紅茶が逆流しかけてゲホゲホ咳き込んでしまったので、アリソンが慌ててハンカチを渡してくれた。
今は「アリソン様と水入らずでどうぞ」と言われたので、周りに使用人たちもいないのだ。
ハンカチをありがたく借りて数度咳き込んだ後、シェリルはきっと顔を上げた。
「い、いきなり何を言ってるの!?」
「何、とは……シェリルが無理矢理抱かれていないかと、心配になっただけだ」
「う、そ、そうなのね……」
向かいの席から隣の席に移動したアリソンにポンポンと背中を叩かれるシェリルは、顔が熱くなっているのを感じた。
彼女の言う「抱かれる」がただのハグではないということくらい、シェリルは分かっている。それに、きわどい質問ではあるがアリソンはシェリルの姉代わりだ。
シェリルにはずっと前から母がいないし、近くにいる保護者はあのディーンだ。
そのためアリソンや彼女の母には子どもの頃、自分の体が大人に近づくことへの不安な気持ちを相談したし、男女交際の手順、夫婦の在り方について教えてくれた。
だから、彼女にこういう質問をされたことが嫌だとは思わなかったし、シェリルが嫌な思いをしていないか気にするのももっともだ。
「……え、えっと。実はまだ、一緒に寝ていなくて……」
「ん、そうなのか? まだ慣れないからか?」
「父様に言われたの。私は別に……その、一緒に寝るくらいなら大丈夫だと思ったんだけど、エグバート様も同意なさったから」
ゆっくりと、シェリルは説明する。
夫婦になったのだから、いずれ……まあ、そういうことになるとは思っている。
だが今すぐにあれこれしろと言われると、やはり弱気になってしまう。エグバートのことがだんだん分かってきたとはいえまだ彼にそこまで晒すのは不安だし、何よりも心の準備が整っていない。
話を聞いたアリソンはなるほど、と頷いた。
「エグバート殿もそのように言うのなら、まあそういうことなんだろうな。分かった。いきなりきわどいことを聞いて悪かったな」
「う、ううん。私も、こういうことを相談できる人はほしいと思っていたし……もし困ったことがあれば、話してもいいかな?」
「ああ、了解だ。……といっても私も、恋愛経験が豊富というわけではないからな。少なくともシェリルと同じ女として、私にできる範囲で助言しよう」
「うん、ありがとう」
アリソンが納得してくれたので、シェリルは改めてゆっくりと茶を口に含んだ。
(……それにしても。エグバート様と私が……か)
ぼんやり考えるのは、今頃城で働いているだろう夫のこと。
確かに、エグバートはかなり体が大きい。シェリルが彼と並べば胸元にすっぽり収まるくらいだろうし、両腕を張っても彼の胸を一周させることはできそうにない。
詳しいことは分からないが彼は体重もあり、本人曰く「間違いなくあなたの倍はある」とのことだ。やはり、見た目以上に筋肉は重いようだ。
そんな彼とシェリルが一緒に寝る、と――
(……確かに、気を付けないと押し潰されるかもしれない)
シェリルとて羽根のように軽いわけでもないし、多くの貴族の令嬢のように腰が細い代わりに胸が大きいわけでもない。体格が違うと、色々なところで問題が発生しそうだ。
(エグバート様……)
彼のことを考えると、シェリル、と呼ぶ深みのある優しい声が耳に蘇るようで――慌ててシェリルは茶を
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