17 女騎士の言い分

 アリソン・ラトリッジは、王女カミラ付きの騎士の一人である。


 元々はエンフィールド王国の地方出身で、幼なじみとその叔父が革命軍に参加すると聞き、剣術の心得のあった彼女も同行した。

 シェリルのような魔道士ならともかく、アリソンが戦士として参加したいと告げると、「そんな細い腕の嬢ちゃんに何ができるんだ」と馬鹿にされた。だからその場で剣術の勝負をし、ディーン譲りの剣技で、同じ年頃の男三人を地に沈めた。


 負けてはいられない。

 女だから、田舎ものだから、と馬鹿にする者は、皆蹴散らしてきた。

 それこそ敵対した王国軍も、アリソンが小娘だからと舐めてかかってきたため、容赦なく叩ききってやった。


 その勇猛さを評価され、革命後にアリソンは王女の護衛の役目を与えられた。

 自分のような粗忽者でいいのだろうか、と不安になったが、カミラ王女は素直に自分を慕ってくれるし、同じ王女付きの女性使用人たちともうまくやっていけているしで、こういう日々もいいものだ、と満足していた。


 だがそんな彼女には一つ、気になっていることがある。

 それは件の幼なじみである魔道士・シェリルのことだ。


 彼女は王配テレンスから城仕えの職に誘われたがそれを断り、自邸で魔法の研究をして過ごしている。それはまあそれでいいし彼女の研究はなかなか役に立っているようだから、アリソンから言うことはない。

 気になっているのは、彼女の夫についてだ。


 シェリルは女王マリーアンナの命により、元王子・エグバートと結婚することになった。

 エグバートといえば、先の革命では国王命令により城門前の迎撃隊指揮官になっていて、ディーンとの一騎打ちの末に破れた男だ。


 戦時中はごつい鎧とヘルメットを装着していたので顔は見えなかったが、なかなかの筋肉を持つ色男だったようだ。ただし城内での立ち位置は非常に不安定で、「廃品王子のエグバート」「あの不良品が」と囁かれているのは、アリソンも耳にしたことがあった。


 そう、シェリルは王命とはいえ、そのような噂のある男と結婚したのだ。

 シェリル本人も承諾しているので一応アリソンも祝福はしたが、これで本当に大丈夫なのだろうかという心配もいまだある。


 アリソンはシェリルの一つ年上で、幼なじみを越えた姉妹のように一緒に育ってきた。

 頭はいいのだがどこか抜けており、何事にも一生懸命になるので体力切れになりがちなところのあるシェリルを見守るのも、自分の役目だと思っている。


 ……ということで。


「失礼、エグバート・ウォルフェンデン殿」


 アリソンが朗々とした声で呼びかけると、彼女の前方を歩いていた男はすぐに振り返り、澄んだ青の目でじっとこちらを見てきた。


 結婚式に参加したときにも思ったが、なるほどやはり、なかなかの美丈夫だ。筋肉マニアの自覚のあるアリソンでも唸るほどの美筋肉持ちで、それでいて王族らしく優美なかんばせを持っている。


 彼のことを「不良品」と嘲笑いながらも、その美貌にはぐうの音も出ない令嬢もいる、というのは聞いていたが、確かにこれは難癖の付けようがないとアリソンは思った。


 文官服姿のエグバートはアリソンを見てしばし考え込んだようだが、「もしや」と低く艶やかな声を上げる。


「あなたは、アリソン・ラトリッジ嬢か。妻の幼なじみの」

「ええ、そうです。結婚式のとき以来ですね。ご無沙汰しております」

「こちらこそ。あのときはご多忙の中、私たちの式に参加してくれたこと、感謝する」


 エグバートは滑らかに言い、軽く会釈した。

 元王族だというのにその口調や態度には傲ったところもアリソンを馬鹿にした様子もなく、彼の性格がよく分かった。


「私を呼び止められたようだが……何かご用事が?」

「ええ、シェリルのことで少しお話ができたらと思ったのですが……お忙しいようでしたら、また日を改めてお声を掛けさせてくだされば」

「いや、今はちょうど一仕事終えたところだ。ぜひ、話を伺おう」


 エグバートはシェリルの名を聞いて一気に肩の力を抜いたようで、「こちらへ」とアリソンを王城の廊下の隅に呼んだ。


 ここは使用人たちが普段使う廊下で、人通りも多い。エグバートはわざと誰もが目にし、二人の会話が皆にもよく聞こえる場所で話をすることで、アリソンにあらぬ疑いが掛からないようにしてくれたのだろう。


 アリソンは頷くと、「シェリルのことですが」と早速切り出した。


「単刀直入にお伺いします。……貴殿はシェリルに対し、どのように思ってらっしゃるのですか」


 本当はもっと質問攻めにしたかったのだが、ひとまずアリソンが一番気になっているのは、そこだ。


 昨日、アリソンはウォルフェンデン男爵家に遊びに行き、シェリルと話をした。

 そうして色々聞いたところ、まだエグバートとシェリルは同衾していない清らかな関係らしいのだが、シェリルは夫のことをとてもいい人だと認識している様子だった。


 とはいえ一応、夫の方にも確認を取りたかったのだ。


 エグバートは数度まばたきすると、ふっと柔らかく微笑んだ。

 まさかここで笑われるとは思っていなくてアリソンが眉根を寄せると、エグバートは壁に寄り掛かって軽く目を閉ざした。


「私がシェリルについてどう思っているか……だな。申し訳ないが、それを一言で答えることはできそうにない」

「……というのは?」

「シェリルは……春の野が似合う女性だ。降り注ぐ日差しは暖かく、優しい香りで私を包み、かと思えば春風のように気まぐれに私の心をくすぐっていく」

「……あ、ああ」


 思わず普段の男口調で相槌を打ってしまったが、エグバートは気にした様子もなく、ふと何か考え込むように眉根を寄せた。


「……これまでシェリルは悠々自適な生活を送れていたというのに、私という厄介者を受け入れたせいで、心労を与えてしまった。それについてはアリソン殿の不興を買っても仕方ないし、日記で『これはどういうことだ』と叱られてしまったのも、道理だと分かっている」

「……日記?」

「すまない、今のは忘れてくれ。……とにかく、私は妻のことを愛おしく思っているし、これからも彼女とは穏やかな関係を築いていきたいと考えている」

「……分かりました。それを聞けて、安心しました」

「あなたは、シェリルの姉のような存在だと聞いている。……彼女は頑張り屋だが、少々抱え込みがちになりそうなところがある。だが、あなたのような人に友として接してもらえるのなら、妻もきっと安心できるだろう」


 滑らかなエグバートの言葉に、アリソンは内心感心してしまった。

 この男、女王の補佐として拾い上げられるだけの才覚と人間観察能力はあるようだ。


 アリソンは微笑むと頷き、お辞儀をした。


「お話を聞けて、よかったです。……お時間を取っていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、忌憚のない質問をしてくれて助かった。今後ともよろしく頼む、アリソン嬢」

「私は貴族の娘ではないし、騎士です。ですので、私のことを嬢とは呼ばないでください」

「了解した、アリソン殿」


 きりっとして言うところはまさに、素直で真面目な王子様である。


 彼が堂々と歩き去っていくのを見守り、アリソンは目を細めた。

 ……どうやら、自分は必要以上に「姉」でいなくてもよさそうだ。

 とはいえ。


「……まだ、面倒事は残っている。シェリルに、エグバート殿に纏い付く闇が寄ってこなければいいが……」


 ぼそっと呟いた後、アリソンも歩きだした。

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