13 シェリルの魔法研究②
魔法石には、魔力を溜め込むことができる。
たとえば「光」の形に加工した魔力を注いでおけば、魔力がない者でも魔法石を使うことで夜道を照らすことができる。「炎」の形に加工したものを竈に入れておけば、料理を温めることができる。
とはいえ、魔法石に関する研究はまだまだ開発途中で、誰もが便利に魔法石を扱えるようになるまでは、長い年月が必要だろう。
(でも、研究職に向いているという私の力を、何かに役立てられるのなら)
その思いは、昔から持っていた。
シェリルが生まれ育った村で魔法がまともに使えたのは、シェリルと母くらいだった。その母も若くして亡くなったので、近隣の町と比べると何かと不便なことが多かった。
多くの魔道士がいる大都会ならば少し困ったときにすぐに魔道士を呼べるが、村だと隣町の魔道士を呼ぶのに時間も金も掛かってしまう。
(それに……エグバート様のことを聞いたらなおさら、何かしたいと思うようになった)
生まれながらに魔力を持たなかったことが原因で冷遇されてきた、エグバート。
魔法石を嵌めた杖を彼に持たせれば魔力を放出させることはできるが、それはあくまで魔道士の真似っこにすぎず、下手すると彼のプライドを傷つけてしまうかもしれない。
だから、シェリルが研究したからといって全てがエグバートのためになるわけでもないのだ。
だが、「魔力を持っているから偉い」「持たない者は虐げられてもいい」という観念をひっくり返すことは、できるかもしれない。
(あの方が、笑顔になれるのなら……)
不特定多数の人々より、身近にいる人のために頑張りたい、と思えるようになったら俄然、やる気も湧いてくる。
(それにしても……魔力の有無で王城での立場が変わる、か)
魔法石に「衝撃波」の形に加工した魔力を込め、透明だった石が淡い黄色に染まっていく過程を観察しながら、シェリルは考える。
魔力が高ければ妾妃の子でも寵愛を受け、魔力がなければ王妃の子でも冷遇される。
それはエグバートからすると辛いことだろうが、「王は有事に、魔法で民を守る」という点からすると、合理的だ。下手すると、妾妃の子より王妃の子の方が偉い、という身分による差別よりずっと理に適っているし公正だとも言えるだろう。
(でも、もしそうだとしても……皆でよってたかってエグバート様を貶す必要はある?)
現に彼は魔力がない分、体を鍛えて騎士として活躍しようとした。性格も実直だし、使用人からも慕われるということは目下の者にも丁寧に接し、真心を尽くしてきたということだろう。
それならばその点で、彼を評価すればよかったのではないか。たとえ王にはなれなくても、先代国王たちのエグバートに対する接し方が違えば、王になる異母兄を騎士として支える王弟になれたはずだ。
(……まあ、そういう王家ではないからこそ、革命が起きたんだろうけどね)
もしエグバートを正しく評価できる王族であれば、マリーアンナが革命を起こすことはなかったし――そもそも、マリーアンナが地方都市で育つこともなかっただろう。
彼女の母は先代国王の姉だったが弟より優秀で、姉に王位を奪われると思った先代国王の謀略によってアディンセル公爵家に降嫁させられた。
公爵家は間もなくありもせぬ罪を着せられ、王姉夫妻は処刑、娘のマリーアンナは命からがら逃げることになったのだ。
そんなマリーアンナは魔道士ではないが、だからこそ魔力の有無で人を決めようとはしない。
優秀な者なら登用し、身分だけを振りかざす無能な者はどんどん追放している。
彼女によって追放された旧王国軍と呼ばれる者たちは、マリーアンナのやり方に反発している。
現在女王は、反対勢力を抑え込むために努力しており――元王族であるエグバートを、うまく使おうとしているのだ。
(難しい話だな。でも、女王陛下の施策で少しでも、この国で苦しい思いをする人が減ればいいな)
旧王国軍としていちゃもんを付ける連中は皆、元貴族だ。これまで先代国王たちにごまを擦って甘い汁を啜り、シェリルたちのような平民から税金を巻き上げて圧政を敷いていた者たちなのだから、因果応報だと思っている。
そんなことを考えている間に、魔法石が完全な黄色に染まった。
淡い黄色の石は、削って食べたらおいしそうな色合いをしている。
(よし、それじゃあこれを――)
親指の先に乗るくらいの小さな魔法石をピンセットで摘んで、狭い作業室へ移動させる。
そしてシェリルは金属製の作業版に魔法石を置くとハンマーを持ち――容赦なく、叩き潰した。
魔法石は魔法への耐性は強いのだが、物理的な衝撃にはあまり強くない。魔法石はあっけなく割れ――溢れ出た衝撃波が雑にまとめたシェリルの髪をぶわっと舞い上がらせ、近くの棚をガタガタと鳴らせる。
だがシェリルが注目したのはそこではなく、少し離れたところに並べている木製のコップだ。
作業版から一直線に十個並べたコップが、衝撃波を受けてぱたぱたと倒れていき――十個中八個が、転がり落ちた。
(ふーん……この入れ方だと、前よりも効果範囲が広くなった。その分、個々にかける威力は弱くなっている……)
倒れたコップの数と転がり具合、そしてその他室内にある置物の変化を確認し、さらさらとノートに結果を記す。
同じ魔力でも、魔法石への注ぎ方によって発揮される効果が変わる。そういったものを研究し、どのような形で日常生活に役立てられるかをまとめたものをテレンスに提出するのが、シェリルの趣味であり仕事でもあった。
(魔法石はまだまだいっぱいあるし、どんどん研究ができそう。エグバート様にも、いい報告ができるかも)
にんまりと笑ったシェリルは――ふと、優しい微笑みを浮かべてこちらを見るエグバートが脳裏を掠めたため自分の頬をパンッと叩き、誤魔化すようにいそいそと部屋に戻ったのだった。
午前中は部屋に籠もって誰にも会わずに研究をしていたので、昼食のためにリビングに出てきたシェリルを見、使用人たちが悲鳴を上げた。
「まあっ! お嬢様、頭が爆発していますよ!」
「えっ、そんなに?」
指摘されて頭に手をやると確かに、作業中に邪魔にならないよう髪をくくったのはいいものの、ふわふわと膨らんで変なことになっていた。
作業室には鏡を置いていないので、ここまでの有様になっているとは気付かなかった。
「ええ、このままだと鳥たちがお嬢様の頭の上に卵を生めそうなくらいです」
「やだ、私、このまま鳥の巣になってしまうの!?」
「卵を生まれたら、そうっと移動するようにしないといけませんねぇ。孵化した後に雛が落ちてしまいますよ」
使用人に言われ、シェリルはぷっと噴き出した。
ウォルフェンデン男爵家の使用人たちは皆気さくで、一応お嬢様であるシェリルとも気兼ねなく会話をしてくれるし、冗談も言い合っている。
これは彼らを雇った際にディーンが、「俺もシェリルも平民の出だ。だから、普段は気さくに接するように」と言ったからなのだが、お嬢様と使用人とはいえ軽口をたたきあえるこの環境が、シェリルはとても好きだった。
そんな彼らも若旦那様になったばかりのエグバートの前では粛々と仕事をするし、来客時は普段の明るさを引っ込め、物言わぬ置物となって接客補助や給仕をしてくれる。
ウォルフェンデン男爵家に仕える者は、有能なだけでなくユーモアがあり、なおかつそれらの切り替えができるのが特徴なのだ。
「お腹が空いたわ。……あ、いいのよ、リンジー。今日は来客予定もないし、午後も研究室に籠もる予定だから、髪はこのままにするわ」
「まっ、そんなのだめですよ、お嬢様」
髪に触れられる感触がしたので振り返ると、メイドのリンジーがむっと唇を尖らせた。
彼女はシェリルより三つ年上で、シェリルの着替えや髪のセット、外出時のお付きなどは彼女が担当している。
「突然お客様がいらっしゃるかもしれないのですから、男爵令嬢ともあろう方ならば、いつでも身だしなみを整えていませんと」
「……いきなり突撃するような人なんているのかな」
由緒正しい貴族ならば積極的にお茶会に出たりするが、成り上がりの一代貴族にすぎないウォルフェンデン男爵家にいきなり突撃する者はそうそういない。現にこれまでの一年間、わざわざ男爵家に突撃訪問して茶を飲んでいくような者はいなかった。
「いえ、分かりませんよ。なんと言いましても、これまでと違って今は若旦那様がいらっしゃいますから。若旦那様の信奉者ならともかく、旧王国軍派の者などであれば、少々無礼な真似をしてでも突撃し、お嬢様の揚げ足を取ろうとするかもしれません」
「……確かに」
嫌がらせのために突撃し、準備不十分のまま現れたシェリルを馬鹿にし、あることないことを噂として広める。
いくら英雄扱いされているディーンや元王子のエグバートとはいえ、敵がいないわけではない。むしろ、旧王国軍のように彼らを蹴落としてやりたいと思う者は一定数いるはずだ。
リンジーに言われるまで気付かなかった己の浅慮を悔やみ、シェリルは素直に彼女に髪のセットを頼んでから、昼食を摂ることにした。
……奇しくもこのときのリンジーの忠言が、シェリルを助けることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます