4  結婚に向けて

 結婚式までの準備期間は、一ヶ月程度だった。


 元、が付くとはいえ王族の結婚式となれば普通、もっと時間を掛けて準備をして盛大な式にするのだろうが、今回は事情が事情だ。

 それにエグバートは派手好きではないらしいし、シェリルも「結婚式に金を掛けるくらいなら、魔道書を買う」という質なので、身内だけのささやかな式にしよう、ということで意見が一致したのだ。


 エグバートは王子だったが身分を剥奪されているため、彼の屋敷はない。そして資産も彼の同意の上で、結婚にかかる費用やシェリルへの贈り物などを負担した後、残ったものは全て国に返されることになった。


(さすが元とはいえ王子様。毎日すごいものが届く……)


 それまでは至って静かだった男爵家は結婚が決まってからというものの、毎日騒がしくなった。

 これからはエグバートが屋敷で暮らすことになるので、家具などを揃えなければならない。それらは全てエグバートが金銭負担するのでシェリルは屋敷で品々の到着を待つだけでいいのだが、これまで見たことがないほど立派なものがどんどん届き、使用人と一緒に驚いてばかりだった。


「いや、このベッド、すごい……これ、本当に木製なの?」


 本日巨大な馬車に載せられて届いたのは、夫婦用のベッドだった。

 シェリルも革命軍にいた頃に宿で泊まる際、安上がりなダブルベッドでアリソンと一緒に寝たことがあるのだが、届けられたものはシェリルが知っているダブルベッドとは全然違う。


 まず、大きい。とにかく大きい。これなら大人三人くらいでも余裕で寝られそうなほど大きいし、重くてごつい。

 エグバートが雇った家具職人たちが寝室まで運んでくれたが、がっしりした体を持つ男四人でもヒイヒイ言いながら持ち上げていた。


「あれじゃあベッドというより、ダイニングテーブルみたい……」

「エグバート様は鍛えられた体をお持ちだそうですし、あれほどのものでないと体重を支えられないのかもしれませんね」


 メイドが教えてくれたので、それもそうかと納得する。

 もしシェリルが普段使っているベッドにエグバートが寝れば間違いなく底板が破れるし、そもそも長さの点でも全然足りずに足が出てしまうだろう。今考えれば確かに、滅多に使われないディーン用のベッドもかなり大きかった。


(体が大きいとそれだけ、大変なんだね……)


 女性としては平均的な身長の自分とは、色々勝手が違うようだ。


 家具の他にも、エグバートからの贈り物は毎日届いた。彼は女王の補佐程度とはいえ政治に参加するので、結婚までの間は城の客間で寝泊まりして諸準備を進めているのだという。


 そんな彼は毎日、花やドレスを贈ってくれる。最初はどんなものが届くのだろうかと戦々恐々としていたシェリルだが、びくびくする必要はなかった。


 花束は、十輪程度の花が品よくまとめられたもので、豪華さよりも愛らしさに重きを置いていた。正直なところシェリルは薔薇などの派手な大輪の花がそれほど好きではないので、淡いピンクや黄色の小振りな花をまとめた花束は、非常に嬉しい。


 またドレスも、これまで着ていたものよりはずっと高級ではあるが、袖を通すのが躊躇われるほど派手なものではなかった。

 色も緑や青、紫などの落ち着いた寒色系のものが多く、少女と言える年齢ではなくなったシェリルが着ても浮かない、大人っぽいデザインのものばかりだった。


 もし豪奢なドレスだったらクローゼットに入れたままにしてしまっただろうが、エグバートが贈ってくれたドレスは見ているだけで楽しく、衣装部屋に飾ったそれらをしげしげと見つめていたためメイドに笑われてしまった。


「本当に、素敵な方ですね。ここまでお嬢様のことをよく考え、好みにぴったりのものばかり贈ってくださるなんて、思慮深くてセンスもよろしいようですね」

「ええ、本当に」


 間違いなく、田舎出身で魔法研究馬鹿の自覚のあるシェリルよりずっと、女性の服飾に敏感だ。こうでもないと、王子はやっていられないのかもしれない。


 結婚式には、ごく親しい者のみ呼ぶことになった。といってもシェリルの肉親は叔父にあたるディーンだけで、エグバートに至っては血縁者のほとんどは死んでおり、養母の妾妃も呼ぶことはできなかった。


 よってディーンの他に呼ぶ知人枠は幼なじみのアリソンくらいにして、結婚を取り持った王族の代表として王配テレンス、そして現在まだ十三歳だが王族としての公務の勉強として、王女カミラのみが参加することになった。


 結婚の報告をすると、アリソンは驚きつつも祝福してくれた。革命戦争で戦士として戦った彼女は戦後、カミラ付きの騎士に選ばれている。結婚式も騎士団の制服で参加するらしく、温かい気持ちのこもった手紙をくれた。


 ただディーンはずっと不機嫌そうで、エグバートからの贈り物も複雑そうな眼差しで見つめていた。


「……父様はやっぱり、私たちの結婚に大賛成ではないのね」


 珍しくディーンが帰宅した日の夕食の席で言うと、シェリルのものより三倍は大きいだろう肉にナイフを入れていた彼はぎゅっと眉を寄せた。


「……手放しで祝福できるわけではない。確かにおまえもいずれは結婚するだろうとは思っていたが……こんな形になるとは予想もしていなかった」

「それは私もそうだよ」


 それに、と小さく切った肉を口に運びながら、シェリルは思う。


 ディーンは、独身だ。今年で三十三歳の彼はやや無骨な印象のある強面の男だが、平民から騎士団長になった実力者で、既に騎士団でも慕われているという。


 彼に色恋の話が出たことはこれまで一度もないが、きら星のごとき勢いで頭角を現した彼に恋心を抱く女性がいないわけがない。やや頑固で堅苦しい雰囲気の彼だがいつか恋をし、妻にしたい女性を連れて帰ってくる可能性も十分ある。


 そういうこともあり、シェリルは養父のためにも結婚したいと思っていた。

 もしディーンが結婚して子が生まれたら、ウォルフェンデン男爵家の財産を相続をするのはシェリルではなく実子になる。そうなったら養女のシェリルとエグバートはいずれ家を出て、全くの平民として暮らさなければならない。


 とはいえ、シェリルには蓄えがあるし元々節約家だから、そこまでは心配していない。いざとなったらテレンスの推薦を受け、城の魔法研究所で働くつもりだ。

 エグバートも女王の補佐としてやっていけるなら、二人して路頭に迷うことはない。元々ウォルフェンデン男爵家はディーンの一代限りの称号だから、そこまで悩むこともないのだ。


 とにかく、いつまでもシェリルが独身でいたら、ディーンの結婚の妨げになる可能性もある。その点、婿を迎えるとはいえ結婚するなら、養父の結婚も少しは進めやすくなるはずだ、とこっそり考えていた。本人にそれを言うときっと嫌そうな顔をされるので、口にするつもりはないが。


「……エグバート殿とは、どうだ。手紙のやり取りはしているようだが」

「あ、うん。贈り物と一緒に手紙をくださるのよ」


 彼は非常に筆まめらしく、丁寧にしたためた手紙を添えてくれていた。

 やや修飾語は多い気がするが嫌味なほどではなく、「私の可憐な婚約者へ」「春の野花のように愛らしいあなたと、早く結婚したい」とロマンチックな表現を織り込んだ文面は、シェリルの乙女心をくすぐるには十分すぎるくらいだった。


(手紙をくださるのは嬉しいけれど、返事にいつも時間が掛かって申し訳ない……)


 なにしろ、シェリルにはエグバートのような語彙力がないし、字を書くのもそれほど得意ではない。

 美麗な文を書くエグバートの返事としてはお粗末すぎる文面にいつも恥ずかしくなるが、それでもエグバートは気にしていないようで、「あなたが一生懸命考えて書いてくれた返事を受け取れることが、私の幸福だ」とまで綴ってくれた。


 ……ということをディーンに報告したのだが、彼はカトラリーを置き、額に両手を当てるような格好で俯いてしまった。


「…………そうか。よかったな」

「うん。どんな方だろうって不安だったけれど、なんとかやっていけそうな感じがするわ。……あ、そうだ。父様もエグバート様からの手紙、見る? エグバート様は、父様に見せてもいいっておっしゃっているし」

「いい。大事に持っておきなさい」


 そう言うディーンは、とても疲れた様子だった。


 連続して出陣しようと徹夜で行軍しようと一切の疲労を見せなかったディーンがけだるそうにするのを見るのは、きっとこれが初めてだった。

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