3 元王子様との出会い②
先代国王には王妃・フィオレッラがいたが、彼女は長らく子に恵まれなかった。そんな中、下級魔道士だった娘が王のお手つきになり、男子を産んだことで妾妃の座に召された。
妾妃・マーガレットの子は第一王子として育てられ、しかも母親譲りの魔法の才能があったことから、未来の王太子として期待されてきた。
五年遅れでやっと王子を産めた王妃だが、息子であるエグバートは残念ながら魔法の才能がなく、国王から愛されることもなかった。
元々体の弱かった王妃は間もなく没し、エグバートは妾妃に引き取られて形式上の養子になった。そうして彼は先ほど自分でも言ったように魔法ではなく武術を鍛えたのだが――父王と兄王子に牛耳られたこの国を変えることはできなかった。
ちなみに妾妃は戦争には一切関わらなかったので生かされ、王都の隅で慎ましく暮らしているという。だが彼女が産んだ第一王子は討ち取られ、エグバートも婿入りする予定なので、ストックデイル家は間もなく断絶となり、マリーアンナたちアディンセル家の天下となる。妾妃の権力も、もうほとんどないも同然だ。
しんと黙ってしまったシェリルとエグバートの間を持つように、ディーンが切り出した。
「……では、女王陛下の提示なさった諸条件の確認をしたい」
この結婚に関して、女王はいくつかの細かな条件を立てた。
まず、婿入りしたとしてもエグバートはウォルフェンデン男爵家に関して一切の権限を持たない。身分は平民同然であるし、立場としては「男爵令嬢であるシェリルのおまけ」程度で、彼がディーンやシェリルのやり方に口を出すことはできないのだ。
そして相続に関して。
ディーンが未婚のまま没した場合、その財産は全てシェリルに受け継がれ、エグバートに財産分与されることはない。またシェリルとエグバートの間に子が生まれた場合、当然その子は王位継承権を持たない。
ディーンとシェリルの死後、男爵家の遺産は子に継がれる。子が生まれないままエグバートよりも先にディーンとシェリルが没した場合、男爵家の財産は全て国に返上されてエグバートは財産ゼロで放り出されることになる。
(……エグバート様に権力を持たせず、なおかつ遺産目当てで私を殺させないための工夫だとは分かっている。でも……かなり、きついよね)
エグバートとしては、ただ処刑されるよりはこれまで培ってきた人脈や知識を国のために捧げたい。その過程の一つとしてシェリルと結婚することに、異論は全くない様子だ。
だが……これでは完全な搾取である。これにはエグバートへの罰と脅しの意味合いもあるだろうし、エグバート本人が望んでいるのだから、法に触れているわけでもない。
(私の仕事が、エグバート様の監視係だというのも分かっている。でも……)
シェリルが迷っているからか、黙ってディーンの話を聞いていたエグバートが心配そうにシェリルの方を見てきた。
「……私としては女王陛下のご指示に不満はないが……シェリル嬢は、気に掛かることがおありなのだろうか」
「えっ」
「もしあなたさえ同意してくれるのならば、私はあなたの婿となる。となれば、私があなたのために身を尽くし、命令に従うのも当然のこと。あなたが私に何か要求したいことがあるのなら、遠慮なく言ってほしい」
……まさか、「元王子様に命令するのが当然」となるとは。もし彼が高慢ちきな王子だったら、このような発言は出てこなかっただろう。
(でも、元村娘の私ごときがエグバート様に命令だなんて!)
「そ、そんなことございません! 要求なんて……」
「要求……というと堅苦しいかもしれないな。結婚する上で私に頼みたいことや、逆にしてほしくないことなど、何でも言ってほしい。……恥ずかしながら私は女性への扱いに慣れていなくて、あなたに不快な思いをさせるかもしれないと思うと、不安になるのだ」
そう言うエグバートは少しだけ気まずそうで、これまた意外だ。
いくら冷遇されている王子とはいえ、美術品のような肉体と清廉な美貌を持つ実直な騎士となれば、恋心を抱く女性もいたはずだ。もしかすると彼は境遇もあるがその真面目さゆえ、恋愛からも離れた生活を送ってきたのかもしれない。
(……あっ。もし、そうなら)
「あの、でしたら一つ、ご相談がありまして」
「ああ、何だろうか」
「実は私も、恋愛経験がほとんどないのです。お恥ずかしながら恋人の一人ができたこともなく、男友だちと呼べるような存在もおりません」
……シェリルは自分の恋愛遍歴を素直に打ち明けたつもりなのだが、なぜかエグバートはさっとディーンの方を見、慌ててシェリルへ視線を戻した。今はディーンの話をしているわけではないはずだが。
「……ということで。まずは、恋愛から始めませんか?」
「……恋愛、から?」
「はい。女王陛下のご命令が始まりとはいえ、ぎくしゃくした夫婦関係を送るのは寂しいことです。ですので、エグバート様さえよろしければ、お互いのことを理解しあうことから始められたらと思うのです」
既にエグバートの美貌やその性格に関心を抱いているシェリルはともかく、エグバートが地方産の芋娘に恋をするというのは、まあ無理なお願いだろうと分かっている。
それならば「恋愛」まではいかずとも、「いい人だな」と思ってくれるだけでも十分だ。何にしても、女王に命じられたから結婚しただけの仮面夫婦になるよりは、相手に何らかの形で「愛」を感じられる関係になりたかった。
そうすればシェリルも嬉しいし……エグバートにも、「案外結婚も悪くなかった」くらいのことは思ってもらえるのではないか。
……というシェリルの提案に、エグバートだけでなく隣のディーンも動揺したのが気配で分かる。だがあえてシェリルはディーンではなくエグバートだけをじっと見つめ、その反応を待った。
エグバートは端整な顔をしかめ、しばし考え込んでいるようだった。
だがやがて、「……なるほど」と生真面目に頷いた。
「何らかの形で『愛』を感じる……か。あなたの言うことは、道理に適っている。私としても、あなたに少しでも私のことを好意的に捉えてほしいと考えている」
「それは……ええと、ありがたいことです」
「では、この婚姻について、前向きに話を進めていってもいいだろうか?」
少し遠回しな問い方だがつまり、「結婚するか」と問うているのだ。
(……国のために役に立つことはしたいし、もちろん研究資金だって、もらえるものならもらっておきたい)
だが、それだけではない。
これまでは噂に聞くのみだったエグバートと実際に話をして、彼の胸の内を聞いて――彼のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
小説で描かれているようなロマンチックな物語には、ほど遠いだろう。それに、必ずしもハッピーエンドで終われると決まったわけでもない。
(でも……この方となら、冒険したいと思える)
それは人生二十年で、初めて抱いた感情、初めての大きな決断だろう。
「……はい。ぜひとも、進めさせてください」
生粋の令嬢たちにはとうてい及ばないと分かっていても、シェリルには今自分ができる最高に素敵な笑顔を浮かべ、エグバートを見つめたのだった。
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