121. 悪役令嬢の誤解
ベルトランに先導させるようにして、僕は王城の門から城内へと飛び込んだ。
彼が先導してくれなければ、王城に着いたところで、どこに行けばいいかわからなかったはずだ。
誘導された先は、西棟と呼ばれる、国王の執務室がある建物で、ちょうどその、豪奢なエントランスに、一台の馬車が寄せられているのが見えた。
見覚えがある。デジール公爵家の馬車だ。
馬車の傍らでは、従者が客車の扉を開くところだった。
そしてその、西棟の玄関から、清楚なよそ行きのドレスに身を包んだヴィルジニーが、ちょうど出てくるところだった。
ベルトランが横に来てくれて馬を引き受ける素振りをしてくれたので、僕は飛び降りる。
「ヴィルジニー様」
駆け寄った僕が、抑えて声をかけると、ゆっくりと振り返ったヴィルジニーは、相変わらず美しいその顔を、わざとらしく微笑ませた。
「あら、ステファン・ルージュリー様。このようなところで、いかがなされました?」
やはりわざとらしく言ったヴィルジニーは、僕の返事を待たずに「ああ、そういえば」と続けた。
「この度は、マリアンヌ・ドゥブレー様とのご婚約、おめでとうございます」
「!!」
こうなることは、予期しなかったわけではない。
マリアンヌがそれを匂わせた、あの歓迎会の場に、ヴィルジニーはいなかったが、その父、デジール公爵はいた。
だが、事情を理解しているデジール公爵から、あの夜のことがヴィルジニーに伝わるとは考えられない。
僕は先ほどのシルヴァンの剣幕を思い出していた。
つまり、それ以外の経路で伝わったのだ。公爵令嬢、すなわち、貴族令嬢界の頂点にいるのが、ヴィルジニーである。話を聞きつけたどこかの貴族のご令嬢が、お節介にも、この新しい噂を彼女の耳に入れたのであろう。なにせ、“最高最善の貴族令嬢”、マリアンヌ・ドゥブレーの最新ゴシップである。彼女たちにとっては、大変愉快な話の種になったことだろう。
であれば、かなりの尾ひれはひれがついた、と考えるべきだ。
その証拠に、彼女の発言によると、すでに僕とマリアンヌが婚約したことになってしまっている。
「ハハハ」
僕は笑ってみせた。おかしかったのは本当だ。
「おかしなことを仰る……そのような事実、ございませんよ」
ヴィルジニーは、その作り笑顔を変えなかった。
「隠さなくてもよろしいのですよ。クローディア・プレスコット王女殿下からのご求婚が取り下げられ、なんの障害もなくなったこと、喜ばしいことです」
ヴィルジニーは笑顔だったが、まったく笑っているようには見えなかった。
「それにしてもステファン様、見かけによらず、ずいぶんと色男でいらっしゃいましたのね」
笑顔のヴィルジニーの冷たい視線を浴びて、僕は……
正直、感動していた。
ヴィルジニーの盛大な誤解は、解く必要はある。その点、大変面倒だ。
しかし、これは、このヴィルジニーの反応は、つまりヤキモチ、嫉妬ではないか。
ここまで道は長かったが……ついに、ヴィルジニーに妬いてもらえるところまで来たのだ。感無量だ。
「本当に、最低です」
ヴィルジニーはいつの間にか笑顔を消し、わかりやすく僕を睨んでいた。
「そうやって、人を誑かして、馬鹿にして」
言われてようやく、僕は自分の顔が緩んでいたことに気づく。ヴィルジニーのヤキモチに気づき、嬉しくなってしまったのが、つい顔に出てしまったのだ。しかし笑ってしまっていては、話を認めた、馬鹿にしたと思われても仕方ないではないか。僕は慌てて、表情を引き締める。
「ヴィルジニー、それは違う」
すでに背を向け、馬車に乗り込もうとしていたヴィルジニーは、首だけ回し横目で、またもや僕を睨みつけた。
「馴れ馴れしく呼ばないで」
低い声に、僕は思わず怯んでしまう、が。
「誤解があります。説明させてください」
「説明など……もう、
そう言うと、さっさと馬車に乗り込んでしまう。
従者の手を借りずして、自分で扉を閉めてしまった。
この反応、そして、王子との婚約解消を拒否した、という事実から鑑みるに、ヴィルジニーはおそらく、最初からすべてが、ヴィルジニーに王子との婚約を解消させるために、僕が画策したものだ、とでも、思っているのだろう。
僕を拒否しているのは、僕の本命がマリアンヌだと思っているから――つまり、僕がヴィルジニーにアプローチしていたことは、彼女の気を引いて、王子との婚約を解消する気にさせるため。最初からそれが目的で近づいたのであって、僕がヴィルジニーに伝えた気持ちなど嘘だったと、考えているからだ。
それは、ヴィルジニーが、僕とのことを真剣に考えてくれていた証左に他ならないわけだが……無邪気にそれを喜んでいい状況ではない。
「早く出しなさい!」
ヴィルジニーの声に、状況に戸惑っていた従者は、慌てて御者に指示を出し、鞭の音と共に、馬車は動き出した。
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