117. 王女の憶測

 王女は、すぐには返事をしなかった。

 僕は頭を下げていたので、その表情を伺うことはできなかった。


 やがて、王女は言った。


「お顔をお上げください、ステファン・ルージュリー様」


 僕は跪いた姿勢のままだったが、言われた通りに顔を上げる。

 そんな僕に、王女は、ため息混じりに言った。


「参りました……わたしの負けです」


 僕が首を傾げてみせると、王女はもう一度、ため息をついた。


「貴方様への求婚は、撤回いたします……お願いですから、お席にお戻りください」


 言われた通り、元いた椅子に腰を下ろすと、王女は口を開いた。


「さすがは、次期宰相候補と名高いステファン様……わたしの行動の理由も、すべてお見通しなのですね」


 いやあ、いくらなんでも買いかぶりすぎだと思うけど……僕は内心でだけで思う。


 正直、こう簡単に王女がギブアップするとは、思わなかった。

 僕が求婚を受ける、と言った時に、それを予期していない、そしておそらく望んでもいないであろう王女が、どのように出るのか、確かめられればいい、そのぐらいのつもりだった。


 おそらく、頭が切れる故に、深読みしてしまったのだろう。


「お見通しもなにも……それがわからないから、こういう真似をしたのです」


 首を傾げて言ってみせると、王女は一瞬、驚いたように目を見開いた。


「では、はったりでプロポーズを?」


 僕は肩をすくめる。


「うまく行かなかった場合は、貴女あなたと結婚する覚悟はしてました」


 もっとも、そうなる可能性は低い、という目算はあったのだけれど。


 目を丸くした王女は、その後、声を出して笑った。

 女性らしい笑い方に、そういうふうに笑うと、かわいいんだな、などと思う。



 ひとしきり笑った王女は、呼吸を整えるのに多少、手間取ったが、ようやく落ち浮いた。


「失礼しました。貴方あなた様がおかしくて、笑ったのではありません。わたしと同じだ、と思い、それがおかしかったのです」

「同じ?」

「わたしも、同じ覚悟をしていました。つまりは、うまく行かなかった場合は、本当に貴方と結婚する、という、覚悟を」


 言った王女は、首を横に振る。


「覚悟……できていたつもりだったのです。しかし、やはりわたしには無理なようです。まったく気持ちのない相手と結婚する、などというのは」


 わかっていたこと、ではあったが、それでも、仮にも求婚してきた相手に「まったく気持ちがない」などと言われるのは、心に来るものがある。

 僕はそれを心中にだけ留め、顔には出さないよう努力した。


「ステファン様のおかげで、気付かされました」


 気持ちがない相手に、寝室を一緒に、などと言われたら、そりゃあキモチワルイだろう。特にこの世界の貴族は、前世のかつてのヨーロッパの貴族と同じで、たとえ結婚しても、別々に生活するのが普通だ。ベッドを共にするのはそれこそ、子作りのためのときだけだ。


 だから、政略結婚などというものを、受け入れられるのだ。


 僕が示した結婚観は、王女が打算で結婚しようというのなら、受け入れがたいだろうという目論見があった。


 だから僕自身、意識的に厭らしい感じを出そうとした演技のつもりではあったが、それでも、思い出したように、抱いた両肩をぶるっと震わせる王女を見ると、想定した以上の気味悪さを与えてしまったようで、やっぱり、ちょっと傷ついた。


「おかしなものですね。王族に生まれた以上、政略結婚は当然で、たとえ不快な方が相手でもそうできる覚悟ができていたつもりでしたが……自分の覚悟、などというものが、どれほど甘えたものだったか、思い知らされた気分です」


 そこまでか。

 王女があっさりと負けを認めたのは、僕の言動の気持ち悪さキモさが主要因だったらしい。

 結果オーライではあるが、自分の男性的魅力への不安が一層高まる。


「では……少なくとも、わたくしに求婚したそのこと自体は、本気だった、ということですか」


 僕が言うと、王女は頷いた。


「なぜ、そこまで……話して、いただけますか?」


 王女はすぐには答えず、細めた目を上目遣いにした。

 確かに今のところ、彼女の方には話すメリットがない。


「ことと次第によっては、わたくしはご協力させていただくつもりだって、あるのです」


 僕が言うと、彼女は目を光らせた。


「協力?」

「利害が一致するなら、そうしない理由はありません」

「一致……しなかったら?」


 なんとも言いようがない、仮定の話だ。


「さきほど申し上げました、クローディア王女殿下には、フィリップ王子とご婚姻いただくのが、両国のためにも、王子のためにも良いだろう、と考えているというのは、嘘偽りない、本当のことです」


 言った僕は、付け加えた。


「僕のためにも」


 聞いたクロードは、すぐには答えず、たっぷりと間を置いた。

 ティーカップを持ち上げると、冷めきっているはずの紅茶を一口含み、それから、ゆっくりとカップを置いた。

 そして更に、もう一拍おいて、ようやく口を開いた。


「ステファン様は、フィリップ王子殿下とは、いかようなご関係ですか?」


 予期していない、いや、聞くまでもなさそうな問いに、僕は思わず、微かにだが首を傾げる。


「友人です。幼い頃から、仲良くさせていただいております」

「ただのお友達?」


 視線を僅かに鋭くして、クロードは続けた。


「恋人、ではなくて?」

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