108. 歪みの元凶
王子の戸惑いにも、クロード=クローディア・プレスコット王女は、気にした様子もなく、再度微笑んだ。
「お元気そうで安心しました、フィリップ王子。お変わりありませんようですね……いえ、大変、背が伸びて、とても立派になられました」
「――ああ……ありがとう――クロード……様も」
フィリップ王子はどこか上の空でそう返し、クロードはくすり、と笑う。
「プレスコット王国の使者……そうか」
「はい、
フィリップ王子も、隣国の来客があることは知らされていたのだろう。
というか、正装だし、おそらくその会食とやらに同席するため、出てきたところだったのだ。
二人の様子を見れば、こちらもやはり、久方ぶりの再会なのだろう。
先ほど語ったように、五、六年のブランクがあるなら、以前に会った時はまだ成長期前だろう。とすれば、お互い、雰囲気はずいぶんと変わったはずだ。
再会を喜ぶように微笑むクロード。
対し、王子は、なんとか笑顔を浮かべたものの、わかりやすくぎこちない。
王子の態度の理由はわからないが……ここは助け舟を出しておいた方が良いだろう。
「フィリップ王子、クロード様。お時間は大丈夫でしょうか?」
「ああ、そうですね。そろそろ行かなければ、偉いおじ様方が気を揉まれましょう」
悪戯っぽい笑顔を浮かべ、クロードが言う。さすがは王女様。会食に集まるのはよりによって他国の上級貴族たちだろうに、それを憚りもせずおじ様方、などとは。
「参りましょうかフィリップ王子。ご案内、していただけますでしょう?」
そう続け、澄まし顔を作ったクロードは、遠慮する様子など一切なく、フィリップ王子の手を取った。
一瞬、身体を硬直させる王子。しかし結局はなされるがまま、彼女が腕を絡めるのに任せる。
王子が客である王女をエスコートする形だが、どちらも美男子にしか見えないのだから、絵面として、美しくあると同時に、異様だ。
クロードは最後に振り返ると、僕らに向けて微笑んだ。
「それでは、お三方、またお会いしましょう」
まるでそうなることがすでに決まっているように、隣国の王女は言うと、王子を引っ張るようにして行ってしまった。
助け舟にはならなかったようだ。王子の背中に、心中でだけ謝る。
「もしかしたら……」
マリアンヌがそう言ったのは、二人が立ち去り、その姿が見えなくなった直後。
首を傾げてそれを見送った僕は、傍らのマリアンヌに視線を向ける。
「いかがしました?」
「いえ……」
考える様子を見せていたマリアンヌは、僕の視線に気づくと何事か言いかけたが、すぐに、その存在を思い出したように、セリーズの方へ目配せした。
セリーズがいては、話せないこと、ということか。
僕はセリーズへと向き直った。
「セリーズさん。少し、マリアンヌ様と内緒話をしたいのです。外していただけますか?」
「……はいっ!?」
僕のはっきりした物言いに、セリーズばかりではなくマリアンヌも驚いたようだった。
しかし、何も遠慮することはあるまい。
「御内廷はもう少し向こうに行ってから眺めると、とても美しく見えるのですよ」
僕が指差すと、セリーズは戸惑った様子でその指差した先と、僕の人差し指を交互に見ていたが、やがて、
「わかりました……平民のわたしには、聞かせられないこと、ありますよね」
「リオネルやシルヴァンにも聞かせられない話ですよ」
言ってやると、セリーズは不満そうだった顔になんとか納得を浮かべてから、僕が指差した方へと歩いていった。
「それで?」
セリーズが十分に離れたところで、マリアンヌへ言う。
少しばかり呆気にとられた様子のマリアンヌだったが、気を取り直して、僕へと向き直った。
「殿下の様子、おかしいと思われませんでした?」
「思いました。再会を喜ぶふうでは、ありませんでしたね。仲が悪いのですか?」
言ったものの、クロードの様子を見れば、王子のほうが一方的に戸惑っている様子だった。そしてそれを、クロードの方は理解しているかのような。
やはり、マリアンヌは首を横に振った。
「そのようなことはございません。昔はお二人は、大変に仲がよろしかったのです。まるで、実のきょうだいのように」
「へぇ?」
それほどの仲とはもちろん予想しておらず、僕は驚いてしまう。
マリアンヌは続けた。
「クロード様は幼い頃、こちらにしばらく滞在したことがあったのです。フィリップ王子の二人の御令兄は、少しばかり歳が離れていらっしゃいますから。二つしか離れていないクロード様は、フィリップ王子にとって、より親しみやすかったのでしょう。まるで実の兄のように慕っておいででした」
ということは、クロードは僕らより二つ、マリアンヌよりも一つ年上、ということか。
若い女性なのに男装などしているから、見た目は実際より下に見えるが。
ん? 幼い頃?
「それってもしかして、五、六歳ぐらいの頃ですか? 王子が」
つまり僕もだが。
マリアンヌは頷いた。
「覚えてらっしゃいますか」
思い出した。
ずいぶん幼い頃のことだし、記憶は曖昧だが。王子の遊び相手として王城に出入りしていた時、他国要人の子供とも一緒に過ごすことがあった。そのころ一緒に遊んだ中に、クロードの面影のある、活発な男の子がいた気がする――男の子じゃなかったのか。
「その後も、クロード様はたびたび、我が国を訪れてらしたのです。
現王家に王女がいないから、上級貴族の令嬢であるマリアンヌが、その代役として使われたのだ。わかる話だ。同じ貴族令嬢でも、ヴィルジニーなどを起用したら国際問題になりかねない。
とにかく、それで僕とは違い、お互いによく覚えているのか。
「最後にいらっしゃったのが、六年ほど前」
そう言って、マリアンヌは試すような視線を僕へと投げかける。
彼女の意図がわからず、首を傾げる僕。
「それで?」
「クロード様の最後の訪問――王女殿下が帰国なされた、その直後だったように思います、フィリップ王子が、ヴィルジニー様を婚約者に決めたのは」
僕は眉をひそめる。
「それに……なにか関係があると?」
「
マリアンヌは、セリーズの方をちらっと見た。
彼女はゆっくりと歩きながら、内廷の建物を眺めているようだった。こちらからは、徐々に離れていく形だ。
「ステファン様は――王子殿下について、心配なされていることがあると、仰ってましたね。その……殿下は、
想像が飛躍している、と思われるかもしれませんが――先ほどの殿下の態度を見て、そしてステファン様のお話を思い出して、思いついたのです。もしかしたらフィリップ王子は……クロード様が好きだったのではないでしょうか」
「それは……恋愛的な意味で?」
「はい」
「好き、だった?」
僕の反芻に、マリアンヌは頷いた。
「王子殿下はもしかしたら、そのお気持ちをクロード様に伝えた。しかし――思ったようには、ならなかった」
クロードが告白を断った? そういうことなら、王子がクロードに会って、気まずい思いをしている、というのは、わかるが。
「それとヴィルジニー嬢との婚約と、どう繋がるのです?」
マリアンヌは僕の問いに、据わった目で答えた。
「ヴィルジニー様との早急とも言える婚約は、一種の当て付けだったのではないでしょうか。
もしも王子がクロード様を女性だとは知らず……本当に男の子だと思って、恋心を伝えられたのだとしたら? そして、そこでようやく、クロード様が本当は女性だと知らされたのだとしたら?」
「えっ? 待ってください。つまり、
あろうことか、マリアンヌは頷いた。
「同世代の女性の振る舞いに嫌悪感を抱いていた王子が、男性だと思って気を許した相手、大好きだった相手が、実は嫌っていた女性だった……そのことがもしかしたら、王子を――」
マリアンヌは、つまり。
クローディア王女こそが、王子を歪めてしまった元凶ではないか、と言っているのだ。
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