107. 五番目の攻略対象……?
「クロード様……いえ、クローディア・プレスコット王女殿下ではございませんか」
そう、クロード王子。確かそういう名前だった。
では、これはセリーズと、五番目の攻略対象、クロードとの出会いイベント、というわけか。
だがそうすると――
……ん?
僕はマリアンヌを振り返った。
いま、彼女は王女と呼んだような気がするが……聞き間違えか?
“美少年”は僕の戸惑いに気づくことなく、セリーズを立たせてから手を離すと、マリアンヌへと向き直った。
そして、しばし侯爵令嬢の顔を眺めた後、その美しい顔に笑顔を浮かべる。
「やはり、マリアンヌ・ドゥブレー嬢! ――あまりに久しぶりなので、すぐにはわかりませんでした。ずいぶんと――ご立派になられましたね」
そう言った一瞬、その視線はマリアンヌのふくよかな胸に向かったように見えたが。
「クロード様は……お変わりないようですね」
マリアンヌの声音には皮肉っぽい響きがあったが、その理由は僕にはわからない。
クロードには伝わったようで、彼は口元を笑みの形に歪めた。
「お二人にご紹介いたします。こちらはプレスコット王国、クローディア第一王女殿下でございます」
「おっ、王女……殿下?」
思わず反芻したセリーズ。僕が同じようにせずに済んだのは、ただ、貴族の子息として教育されていたからというだけだ。驚いたのは、同じだ。
王女、と紹介された“美少年”は、セリーズの失礼な反応にも笑顔を崩さなかった。
では……本当に女性なのか? この、どこからどう見ても美少年にしか見えない――
いや、しかし、そういう目で見てみれば、確かに女性的ではある。肩のラインも華奢だし、よく見れば胸の膨らみも認められる。しかし、身に付けた乗馬服めいたパンツスーツや、女性にしては短めのショートボブなどは、明らかに男装を意識していると思えた。女性としてなら長身の部類に入る背丈も、そういう印象に拍車をかけている。
意識して、男性に誤認されることを狙ったスタイルだ。
「失礼いたしました。
頭を下げた僕を見て、セリーズも我に返ったらしい。
「せっ、セリーズ・サンチュロンです」
「ステファン様は、我が国の宰相、ルージュリー閣下のご子息でいらっしゃいます」
マリアンヌの補足に、男装の麗人は僕の顔を見て、頷いた。
「なるほど、そう言われてみると、よく似ていらっしゃいますね」
それから、僕の方へとニッコリと微笑んだ。
「お父様には、お世話になっております。ステファン殿におかれましても、どうぞよろしくお願いいたします」
なんという――男前な笑顔。
思わず、ドキッとしてしまう。
フィリップ王子も相当な美男だが、こちらはそれに負けずとも劣らないだろう――って、こっちは女性だった。
女性であるためか、美しさが際立つのだ。
「セリーズさんは……
マリアンヌの曖昧な紹介で、クローディア姫は察したのかわからない。
とにかく彼女は、セリーズににこやかに微笑みかけた。
「よろしくお願いします。可愛らしいお嬢さん」
「かっ……こっ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
顔を真っ赤にして、慌てた様子で深々と頭を下げるセリーズ。
「そんなにかしこまることはありません。マリアンヌ様のお友達なら、わたしともお友達のようなものです」
「こっ、光栄ですっ!」
順調に出会いイベントをこなしている様子の二人。
クローディア姫の笑顔から内心を読み取ることはできないが、セリーズの反応を見る限りでは、主人公の方はかなり強烈な印象を受けたようだ。
それにしても、これはいったい、どういうことなのだろう。
再三に渡り繰り返しているが、僕はこのゲームをプレイしてはいない。
知識は、発売前に公表された公式サイトの情報だけだ。
それに、女性キャラクターのキャラデザに惚れただけで、男性キャラクターについては設定を流し見ただけ。五番目の攻略対象については、その立ち絵、そしてクロードという名前と、隣国の王子という、キャラ紹介に書かれていた簡単なプロフィールしか覚えていない。
そう、キャラ紹介には、確かに“クロード王子”と書かれていたのだ。
しかし、目の前にいる人物は……姿形は、知っているイラストの通り。マリアンヌはクロードとも呼んだが、本名はどうやらクローディアで、隣国の王女。
メタ的なことを言わせてもらえば、そのキャラクターデザインは他の男性キャラクターと同一の
クロードが実は女性だった、というのは、ゲームどおりの展開なのだろうか。
それとも、
現状、判断できる情報はない。
しかし、五番目の“美少年”キャラが、実は美少女で、女性主人公との百合展開ルートだった、というのは、果たして、乙女ゲームでやって、許されるのだろうか。
美少年キャラが他にいないなら、サプライズでこれだと、美少年狙いのプレイヤーを激怒させるのではないか。
今回は、彼女のことを知っているマリアンヌがいたから良かったものの、説明がなければ、第一印象で普通に男性だと思ったかもしれないのだ。関係を発展させてから事実を知るようなことがあれば、それはマズイのではないか、と思える。
そういう考えは、僕の、“ただの乙女ゲームではない”という仮説を、補強するのだが。
まあ、それはともかく。
疑問点は他にもある。
すでにゲーム開始から四ヶ月近く経過したこのタイミングでの、新キャラ投入。ゲーム的にはまだ序盤なのか、それともある程度進めなければ出てこない、隠しキャラ的な扱いなのか。
いや、シナリオが順序よく進行している、と考えるのが、そもそも間違いかもしれない。
僕という存在が、決められた展開を滅茶苦茶にしている可能性は、十分にあるのだ。
それに、マルチシナリオのゲームでは、行動によってイベントの発生順序が変わることがある。それは時に、唐突な展開と感じることすらある。
この“出会いイベント”だって、そうしたものの積み重ねの結果かもしれない。
そもそも、展開が唐突、と思えるのは、あくまでも僕の視点からであって、他の、例えば主人公であるはずのセリーズから見れば、そんなことはないのかもしれない。
僕は、僕の観測範囲の外で起こっていることは、当然、知り得ないのだ。
また、考えたって、答えが出ないことを、考えてしまっている。
でも……僕はセリーズ、そしてクロード=クローディアを見る。
すでにジャックとの関係を深めているように思えたセリーズだが……この段階で発生した出会いイベント、もしかして、ここからまだ、逆転の展開があるのか?
であれば、あらためて、セリーズとフィリップ王子をくっつけることだって?
「どうぞ、わたしのことはクロードとお呼びください。親しい友人は、皆、そう呼びます」
クローディア、もとい、クロードはセリーズに向かって言った。
「わたしが幼少期より、まるで男の子のようだということで、そのように呼ばれるようになったのですよ」
そう言って、クロードは僕の方を振り向いた。
「もちろん、ステファン殿も」
「他国の王族の方を、いきなり愛称で呼ぶのは、さすがに気が引けます」
クロードの笑顔に向かって、一応は言ってみせる。
すると、彼――彼女はその笑顔を、苦笑へと変えた。
「実は、クローディアと呼ばれるのが、少々気恥ずかしいのです。公的な場面では、我慢しなければとは思うのですが」
ふむ。王族にしては、ずいぶんとざっくばらんな様子だが。
それにしても、本名で呼ばれるのが恥ずかしい、とは。常日頃から男の子扱いされてしまっている、というところだろうか。
「本当にお久しぶりですね。何年ぶりでしょうか」
マリアンヌも言葉遣いこそ丁寧だが、ずいぶんと砕けた雰囲気で話しかける。
「五年……いや、六年かな」
「もう、そんなになりますか」
「久しぶりに会えるのではと、今回の訪問を楽しみにしていました。早速会えるとは、思いませんでしたが」
「まあ……クロード様は、いつこちらに?」
「王都には、今朝方、着いたばかりです」
「お仕事で?」
「ええ、まあ」
クロードは、肩をすくめた。
「公式なお忍び訪問、というやつです」
他国の王族が公式に訪れる、となると、それは普通、国を上げての歓迎ごとになる。
そうなれば、上級貴族であるマリアンヌや僕が事前に知らないわけはなく、つまりは今回の訪問は、訪問自体、お互いの国家首脳間で了解しているが、その目的は対外的には秘密である、ということだ。
そのような回りくどいことをする理由は、あまり多くない。例えば、他国に察せられぬように協定を話し合う、などだ。
王女が来たのは、プレスコット王国は小国なので、王族を寄越してこちらの国に誠意を示すとか、この会合を国として重要視していることを伝えるためとか、そういう役割だろう。
「これから、偉い人たちと
父が言っていたのは、その会食か。
取り急ぎの歓迎の昼食会、というところだろう。
「一人で抜け出してきた、というところですか?」
マリアンヌの指摘に、クロードは苦笑した。
「あまりにも久しぶりなので、道に迷ったところです。マリアンヌ様に会えて本当によかった」
マリアンヌは、くすりと微笑む。
「ちょうど、内廷へ伺うところだったのです。ご一緒しましょう」
「助かります」
そうして、四人で歩を進めることになる。
それにしても第一王女。若いが、立場を考えると、おそらく今回のプレスコット王国訪問団では、責任者というか最重要クラスの人物であろう。そのくせこっそり抜け出す、などと、身分立場に比べて、ずいぶん自由奔放な性格のようだ。
そういうやんちゃさが、幼少期から少年的に見られたのだろうか、と想像できる。
御内廷の絢爛豪華な建物が見えてきた。
そこへと伸びる、鮮やかな模様の石畳を歩いているところで、正面、つまり御内廷方面から、こちらに向かってくる人物があった。
フィリップ王子だ。
はじめ、どこか浮かない様子の表情を浮かべた彼だったが、僕たちの姿を見つけると、笑顔を浮かべた。
親しげに片手を上げ、近づいてくる王子。
「ごきげんよう、王子殿下」
「ああ。どうしたこんなところに――そちらの御仁は……?」
クロードをまじまじと見るようにした王子は、ほどなく、あっと驚いたような顔をして、一歩後ずさりすらした。
「まさか……」
クロードはそんな王子にも、完璧な笑顔を浮かべて見せた。
「お久しゅうございます、フィリップ王子殿下」
「――クロード……」
その王子の顔は、まったく、久しぶりの再会を喜んでいるようには、見えない。
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