97. 男の夢
僕はまず、シルヴァンに目を向けた。
「さっきは、なんて言ってましたっけね。リリアーヌ嬢の脚が、なんとか」
それからリオネルを見る。
「ベルナデット嬢の、胸?」
それから、わかっていないとばかりに、大げさに首を振ってみせる。
「そういう意味では、ヴィルジニー嬢が一番でしょう」
言い切った僕は、中指でメガネのブリッジを押し上げ、そして、四人の顔を見回すようにしてから、続けた。
「確かにリリアーヌ嬢のお御足は健康的でとても眩しい。ですが、男の理想の脚線美には、程よい肉付きが不可欠です。ヴィルジニー嬢はその点、文句のつけようがありません。きゅっと絞った足首から、張りと弾力を感じさせるふくらはぎ、そして肉感的な太ももから豊かなヒップへのラインが――」
ここまで言っておいてなんだが、真面目な顔をしてフェチを口頭で言語化するのは流石に恥ずかしい。
僕は王子に目をやる。
「続けますか?」
友人は頷いた。
「いいね。ぜひ聞きたい」
クソッ!
「あー……完璧じゃないですか、あのお尻」
両手で、それを撫で回すような仕草で、空中に輪郭を描いてみせる。
どこか悔しげな表情ながら、頷く様子を見せるシルヴァン。
「んで、こう、引き締まったウエストですよ」
またもや両手を使い、その細い腰を表現する僕。
「それでその上の、おっぱい」
「おっぱい?」
笑いを堪えながら反芻した王子に、僕は真剣な顔で鋭い視線を返した。
「おっぱいです」
「ああ、まあ、なあ……」
遠くを見るようにするジャック。
「確かに、あれは……見事だ」
力強く頷きを返す僕。
「パツンパツンと、こう、しっかりと詰まって、張りがあって」
僕は両手を、今度はそれを持ち上げるような形にした。
「詰まってるんですよ、男の夢が」
「ベルナデット嬢も、負けてはいないと思いますが?」
リオネルの反論。真面目な彼らしくもない――と一瞬は思うが、部屋が薄暗いので気付かなかっただけで、よくみると彼の顔も酒でだいぶ赤く染まっている。
「確かに、ボリュームだけなら。しかし、重要なのはバランスです。ヴィルジニー嬢のバランスは、全身において完璧ですよ」
「ベルナデット嬢は、アンバランスさが魅力だとも言える」
「まあ、ね、それは否定しませんが」
「好みの問題だな」
「そして、あの美しいお顔ですよ」
言ってから、僕は少しばかり首を傾げてみせる。
「まあ、その……キツめの目元などは、好みの別れるところではございましょうが、しかし、大変整ったとても美しいお顔立ちであることに、異論はないかと」
異論が出ないことを確認して、僕は言った。
「そのような御令嬢がそばにいる、となれば、舞い上がります、それは。仕方ないですよ。デレデレも、します」
僕は同意を求めるように、リオネル、そしてシルヴァンを見た。反論はない。それもそうだろう。彼らも御令嬢の、性的魅力にヤラれてしまった口だ。
僕の方は、内心でホッとしていた。
もう開き直って正直になるしかない、と思って話を初めたのだが……思いの外、上手く運べた。
最初に考えていた時よりも、無難なところに着地できた。
年頃の男であれば、誰でも当然興味を抱くことだ……そういう話、一般論に、持っていけたと思う。ある程度、好きになってしまうのは誰にでもありえる、当然のことで、そういう範疇だ、という印象が、与えられたはず。
このまま、ダメ押ししてしまおう。
「ここだけの話ですが……
「それは聞き捨てならないな」
そう言って、立ち上がったのはシルヴァンだった。
「一番は、我が姉上だ」
「出たよ、このシスコンが」
「なんだと?」
説明せず、僕は苦笑を返す。
「いや、まあ確かに、マリアンヌ様はとてもお美しい。その点、甲乙つけがたい。これ以上はもはや、趣味……好みの問題でしょう。どちらが上かでシルヴァン殿と争うつもりはありません。それに……」
僕はわざとらしく笑みを浮かべた。
「もしも肝試しの
ここまで言えれば、十分だろう。僕は握ったままだったグラスに口をつける。酒は僕の体温でだいぶ温くなっていた。
「しかし、ヴィルジニー嬢は、キツイのは目元だけじゃないんだよな」
そう口にして、注目を集めたのはジャック。
「いくら美人でも、あの性格はちょっとな。いくらなんでも高慢に過ぎる」
「ジャック殿――」
もはや無駄であろうに、小声で声を掛けるリオネル。
「フィリップ王子の婚約者ですよ」
「そういう話じゃないって、王子自身が仰ったじゃないか」
ジャックは悪びれもせずそう言った。
「どちらが好みか、という話だろう。そうであれば、俺は断然、マリアンヌ様を推すね。もちろん高嶺の花すぎて、俺がどうこうできる相手だとは思わないが……リオネル殿だって、そうだろう?」
「それは……まあ」
曖昧に頷くリオネル。
「今の言い方だと、妥協の結果、セリーズ殿を選んだようにも聞こえますが?」
意地悪く聞こえるように言ってみせる僕。
ジャックは余裕の笑みで首を横に振る。
「セリーズは、見ようによっては、それ以上の女だよ」
「それは聞き捨て――」
「もう、わかったから」
苦笑混じりに遮ってやると、椅子に戻っていたシルヴァンは不満そうに口をとがらせた。
そしてその目を、王子へと向ける。
「王子は、どうなんですか!?」
なぜか矛先を変え、王子に食って掛かるシルヴァン。目が据わっているが、その顔をみれば酔っていることはあきらかだ。
「どう、とは?」
苦笑しながら応じる王子。
「ステファンの言うように、王子もヴィルジニー嬢の方が好みなのですか? それで、彼女を選ばれた?」
「まあ待てよシルヴァン」
可笑しそうに首を傾げた王子が口を開くより前に、割り込むように言う僕。
酔った王子が、ヴィルジニーを婚約者にした本当の理由などを語り始めたら、より面倒なことになりかねない。
「まだ、王子には語ってもらってないだろ。マリアンヌ様と、どうだったのかを、さ」
目を丸くしたシルヴァンだったが、すぐに頷いた。
「確かに、そうだ」
それから王子に向き直って、真剣な顔で言った。
「どうかお聞かせください」
苦笑を返す王子。
「ちょっと……それじゃ言いにくいだろ。それに、弟の前では、な」
「
「するよ」
「全員が順番に話したのですから、ここは、王子にも是非」
僕が言うと、王子はその苦笑をこちらへと向けた。
シルヴァンだけではない。このバカンスで、王子とマリアンヌの関係が変化したか否かは、僕だって確認しておきたいところなのだ。
フィリップ王子は全員の顔を見回したが、諦めたように首を横に振った。
「そうだな、平等にやるべきだな。仕方ない。ご要望にお答えするとしよう」
僕が酒のボトルに手を伸ばし、それを持ち上げて見せると、意図を察した王子は、手の中のグラスを一息に煽った。
グラスに酒が注がれるのを待ってから、王子は口を開いた。
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