67. B計画
少し考えるようにしていた王子だったが、やがて、確信を持った様子で顔を上げた。
「いや、違う」
鋭くした目を、僕に向ける。
「ヴィルジニーを悪者にしようとは考えていたが、いくらなんでも何の落ち度もない彼女を、そのように仕立て上げようというつもりはない。ボクはあくまでも、彼女の我儘で自己中心的な振る舞いを利用するつもりだった。傲慢な彼女が当然にするであろう悪行を、口実にするつもりだった。ヴィルジニーの破滅は、彼女の自業自得の先になければならない。
しかし、いまのステファンの計画では、ヴィルジーを陥れて……しかもそれだけじゃない。ボクが、彼女の功績や、努力、そして誠意を、すべて横取りするということではないか」
僕は真顔を作ると、首を傾げた。
「それでは、心が痛む?」
「当然だ!」
その返事を聞いて、僕は頷いた。
フィリップ王子なら、そのように言うだろうと思っていたのだ。
一度は僕も、フィリップ王子が、ヴィルジニーを陰謀によって追放するとか、謀殺するなどといった可能性を、心配した。
しかし、彼の発言をよく吟味すれば、その可能性が低いことは、十分に読み取れた。
かつて、なぜ婚約者にヴィルジニーを選んだのかと訊ねたとき、彼は言ったのだ。
婚約解消の理由を、素行不良の彼女に求めることができる、と。
陰謀により婚約を解消するなら、相手は本当に、誰でも良かったはずだ。
しかし、あえて彼は、ヴィルジニーを選んだ。評判の悪い彼女なら、彼女本人の行いを理由にできるし、そういう悪人なら、ばっさりと切り捨てても、心が痛まないから。
結局のところ、フィリップ王子には、目的のために悪に徹する覚悟は、ないのだ。
「しかし、殿下」
僕は反対方向に首を傾げた。
「ヴィルジニー様が今後、王子の期待されているような失態を犯すことは、おそらくないと思いますよ」
「……なんだと?」
王子の訝しげな表情に、僕は続けた。
「ヴィルジニー様は、殿下の婚約者、将来の王族の一員として、自らがするべき振る舞いを学習されました。彼女の性根が変わったわけではありません。が、従前のような傲慢な行いを、短絡的に行うことは、もはや期待できないかと」
王子は目を見開いた。
「何? ……なぜ、そのようなことに……?」
「王子に褒められたことが、相当に“効いた”ようですね。どうすれば他人が喜ぶのか、ということを、意識し始めています。井戸のことを思いついたのだって、それです。彼女の一番の動機は、王子が感心しそうなことを行いたい、ということですから。少なくとも貴方の顰蹙を買うような真似は、もうしないでしょう」
目を泳がせた王子は、再び俯いてしまう。
「では……他に、手はないというのか? 何の関係もない庶民を犠牲にして、何の落ち度もない彼女を陥れる、以外に」
「そうでもありません」
僕が即答すると、王子は顔を上げる。
その顔に向かって、僕は言った。
「B
「本当か?」
王子は、すがるような顔で言った。
「教えてくれ」
僕は、それまでの微笑みを消し、真顔を作った。
「しかし、殿下。このプランはとても単純で手っ取り早いという利点がある、その一方で、別の問題があります。ヴィルジニーを悪者にしない、その代わりに、悪者になるのは、王子、貴方です」
それを聞いた王子は、すぐには何も言わず、目をそらす。
「ですがそもそも、王子が御令嬢方のアプローチを嫌って、ヴィルジニー様を防波堤にした上で、使い捨てようと考えたことが発端……その責任を取るのは、順当、なのかもしれません」
王子は唇を悔しそうに歪ませたが、それも数瞬のことだった。
「わかった。聞かせてくれ、そのB
僕は頷いた。
「先程も申し上げましたが、話はとても単純です。王子が、ヴィルジニーのことを、ちゃんと振ってあげるんです」
「振る?」
僕は力強く頷く。
「はっきりと、愛していないことを伝えるんです。他の令嬢が言い寄ってくるのを防ぐための防波堤にしたかったことを伝えてもいい。とにかく、結婚する気はない、早急に婚約を解消して、お互いに本当に愛し合える人を見つけ合おう、などと伝えるんです」
提案を聞きながら、力なく椅子に座り込み、ガックリと俯いてしまった王子に、僕は続けた。
「実際に婚約を解消するためには、まだハードルが残っていますが、当の本人達にその気がなく、その二人が強く主張すれば、国王もデジール公爵も、最後には解消を認めないわけにはいかなくなりましょう。そのためにも、ヴィルジニー様は早い段階で説得しておかなければなりません。――あれで、なかなかに聡明なお方だ。殿下にまったく気持ちがないとわかれば、食い下がったりはいたしますまい」
最後の部分は、希望でもある。
ヴィルジニーがどれほどフィリップ王子に執着するか、それは、わからない。
自分がフラれるなどとは、夢にも思ってないだろうし。
フィリップ王子が考え込んだ時間は、そう長くなかった。
「それが一番いいと、ステファンは思うんだな?」
「いいかどうかは、わかりません。ただ、人が死んだ井戸の水は、みんな飲みたくはないでしょうね」
僕が言うと、王子は呆れ顔になり、それから苦笑した。
「まったく、キミは……よくもまあ、そんなことが言えるものだな」
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