60. たどりついた仮説

 リオネルにとって、僕は利用価値がある人間だ。


 騎士職であるヴュイヤール男爵家は、その嫡男もやはり、王国に騎士として仕えることを求められる。リオネルほどの腕があれば、王国騎士になることなど容易いが、しかし、その中で貴族に相応しい立身出世を目論むとなれば、腕があるというだけでは不十分だ。


 重用されるためには、コネが必要なのだ。


 実力主義の国王が治めている、とはいっても、その実力とやらを客観的に測る方法などがあるわけではない。


 実力があった上で、それが誰かの目に止まる、推薦される、というのが必要になるのなら、最初から偉い人にコネがあった方が、ずっと有利なのは、当然のことだ。


 僕たちの世代で、その点、もっとも強力なのは、言うまでもなくフィリップ・ド・アレオン第三王子だ。王子、王族の一員であり、最高指導者である国王はもちろん、すでに政府の要職に就いている二人の兄にも口が利く。同時に、ご本人もまた次期国王最有力候補だ。フィリップ王子に気に入られることは、すなわち貴族人生の成功を意味する、といっても過言ではない。


 彼の周囲にいる取り巻きの上級貴族たちも、有力だ。フィリップ王子に口が利くのはもちろん、各々の実家も王国政府の中枢に食い込んでいる。とはいえ、これから彼らに取り入るというのは、難しい。先祖代々からすでに各種利権が絡む関係性が出来上がっており、彼ら自身もそれに縛られ、自由に身動きできる状態ではないのだ。


 そして僕。宰相の息子、という立場を利用する形で、幼少期からフィリップ王子と信頼関係を築き、取り巻き連中とは違う形の縁故を持つことになった。父親は政府の中枢にいながら、その職は世襲ではないため、他の上級貴族とのしがらみも薄い。遺伝と教育(そしておそらく転生)のおかげで学業成績も良く、フィリップ王子が国王になればという条件付きではあるが、未来の宰相候補最右翼だ。


 リオネルのように、上級貴族にコネがない下級貴族にとっては、取り入るのに大変都合がいいのが、僕という人物なのだ。


 だからリオネルが、僕に近づく動機は、ある。

 そういうリオネルの事情がわかっていれば、彼がなにかと僕といっしょに行動しようとするのは、特に不自然ではないのだ。フィリップ王子やヴィルジニーがいつも取り巻きを引き連れているのと同じ。最近では、僕がリオネルを従えている、と理解している者までいるようだが、状況、立場、望むであろう将来を考えれば、当然に至る結論なのだ。


 だが――僕は、俯いたリオネルの表情が、恥ずかしげに見えることに気づき、思う。


 彼の行動が、僕がヴィルジニーにしていることと同じ、だったら。

 すなわち、行動を共にすることで、恋愛的な意味での親密度を、高めようとしているのだったら。



「……まあ、男二人で放課後にケーキ食いに行く、とか、普通はしないからね」


 フォークの先に刺さったままだった、ケーキのかけらを口に放り込んだ。動揺を落ち着かせるため、ゆっくりと味わう。

 確かに美味しいケーキだった。


「次はちゃんと、好きな女の子でも連れて来たいものだな」


 独り言のように、言う。

 リオネルは何も答えず、フォークの先端をケーキに突き刺した。



 普通に考えたら。

 異性愛者の、同性に対する恋愛感情の醸成は、常識が邪魔をする。


 好ましいと思う人物であっても、相手が同性であれば、恋愛感情には発展しないのだ。


 これが僕が今、おかれている状況だ。リオネルはいいヤツだし、もしも僕が女性なら、こういう誠実な男性であれば付き合ってもよい、などと思えるが、僕は男性で、異性愛者だ。


 リオネル側からも、同じことが言えはずだ。

 乙女ゲームの攻略対象として設定されているリオネルもまた、本来の性的指向は女性のはず。だからもし僕との親密度が上がるとしても、友人、以上の関係になるはずがないのだ。


 しかし、僕がなんらかのフラグを立てていて、本当にリオネルと僕の恋愛的親密度が上がっているのだとすれば、思い付く仮説があった。


 このゲームでは、性別は、親密度上昇に影響をしないのだ。

 そうであれば、リオネルやフィリップ王子の言動に、説明が付く。


 男性キャラクターの僕であっても、主人公と同じ条件を満たせば、つまりフラグを立てれば、恋愛対象としてイベント進行してしまうのだ。


 登場キャラクター、それも攻略対象である僕と、それ以外の攻略対象のあいだに、そのようなステータスが存在する、設定されている、というのは奇妙だが――たとえば、主人公の行動で、登場人物の関係性が変化するとか、そういう要素があるのだとすれば。


 ただの乙女ゲームではない――僕は、幾度となく思い浮かべたその言葉を、再度思い出していた。


 主人公、すなわち、プレイヤーの分身の恋愛を疑似体験する、だけではない。

 その他の登場人物、周囲の人間の恋愛もまた、体験するゲームだったとしたら。


 そしてゲームとして、男女を分け隔てなく設定していたのだとすれば――


 僕はこのゲームが、乙女ゲームであれば脇役に過ぎないはずの女性キャラクターのために、わざわざ二人目の神絵師イラストレーターを起用していた事実を思い出す。


 あれは、主人公とは同性であるはずの、女性キャラクターですらも攻略対象になりえることを、示しているのかも。


 つまり、単純に恋愛対象が男性である女性向けの、いわゆる“乙女ゲーム”ではない。BLや百合などといった、まで網羅しようとした、いうならば“総合的恋愛シミュレーションゲーム”として実装されているのだとすれば。



 フォークを置いた僕は、思わず、両手で顔を擦る。


「プレイしとけばよかった……」


「えっ?」


 リオネルの疑問に満ちた顔を、返事もせずに、僕は見返す。


 このゲームが、腐女子向けのBLゲームのようだ、と考えたことは、あった。


 そういう印象と合わせて考えれば、いま思いついた仮説は、かなり正しいように思える。


 ただし、確かめるすべはない。

 正しいか間違っているかはわからない。ただ、現状に説明を付けるために、無理やりこじつけようとしているだけかもしれない。


 しかしいずれにせよ、乙女ゲームゆえに、男性キャラクター同士が恋愛関係に発展する展開などあり得ない、などとは、もう考えるべきでないだろう。



 もしも恐れている通り、これがリオネル×ステファンのデートイベント、なのだとすれば。

 あくまでもヴィルジニー攻略を主目的とする僕の立場では、親密度が上がらないように振る舞うべきだ。


 リオネルと僕には、利害関係がある。リオネルが将来のために僕を利用したいと少しでも考えているなら、僕との恋愛が成就しないにしても、信頼関係は維持しておきたいと考えるはず。僕にその気がないとわかれば、関係を発展させるために強引に行動するというようなことは、できなくなるだろう。


 相手に利用価値がある、と考えているのは、僕も同じだ。リオネルは将来、王国政府の軍事方面において頭角を現す可能性は高い。そういうコネクションは、維持しておきたい。つまり、リオネルを手ひどくフる、というような事態は、避けたいのだ。


 穏便に進めるためには、彼にクリティカルな行動をされてしまう前に、僕の性的指向をはっきりと知らせておくべきだ。うかうかしてはいられない。行くなら、いまだ。


「リオネルは、どういう女性が好み?」

「えっ?」

「あるでしょ。小柄なコがいい、とか、細いのが好み、とか。僕は脚が綺麗なコが好きだなあ。太すぎず細すぎず、いい感じに肉感的な」


 ケーキを切りながら、何の気なし、という感じで、言う。


「……リリアーヌ嬢、みたいな?」


 ケーキをつつきながら言うリオネルに、僕は頷く。


「ああ、彼女な。脚だけはいい線いってる。脚だけは」

「お綺麗な方ですが」

「性格が最悪だよ」


 冗談めかして言うと、リオネルは苦笑した。


「スタイルが良いってのは、自分でもわかってるんでしょ。だからスカートあんなに短くしてる。目の保養にはなるから嬉しいけど」

「そう、ですね。目のやり場には、困りますが」

「見られたくないならあんな格好しなければいい。見せてくれてるんだから、遠慮なく眺めればいい」


 多少、品がない感じになってしまったが、主目的は、僕が女の子をエッチな目で見ている、とリオネルに知らせることだ。十分なアピールになっただろう。


 もうひと押ししておこう。

 紅茶を一口飲み、僕は聞いた。


「それで、リオネルは?」


 リオネルは、まったく考えたこともなかった、という表情を見せた。

 それから、どう答えるか考え込む。

 急かす必要など微塵もない。これはリオネルに、女性の性的魅力を思い出してもらうための儀式だ。


 それに、今の話の流れで、僕のことを言い出したりはしないだろう。


 僕はそれをやってくれたフィリップ王子の恥ずかしげな顔を思考の外に追いやりつつ、再びケーキを一口、切り取った。


「こだわりがあるというわけではないのですが」


 長考の末、リオネルは言った。


「どちらかといえば、可憐で、お淑やかな方がいいですね。マリアンヌ様のような」


「ああ」

 僕は頷いた。

「マリアンヌ様ね。わかるよ」


 我々の世代では、一番人気のアイドルだ。おまけに身分が高すぎて、リオネルの立場では高嶺の花に過ぎる。こういう時に名を挙げるのは、ある意味、無難とも言えるが。


 前世でいうところの、好きなタイプを聞かれて、芸能人の名を挙げるようなものだ。


「それにしても、上級生は難しい。異性は特に、学校ではあまり、接点がない」

「そう考えると」


 リオネルが動かした視線を追う。先にはジャック・フェルテがいた。


「ジャック殿の行動は、見習うべきなのでしょうね」

「本気で欲しいのなら、ああいうふうに形振り構わないやり方も、必要なのかもね」


 二人の会話は意外にも盛り上がっているようだ。セリーズは笑みを見せている。


 リオネルに向き直ると、彼は頬に手を当て、考え込むようにしていた。


 マリアンヌの攻略法を真剣に検討してくれているとかならいいな、などと思いながら、僕はカップの中身を飲み干す。

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