57. 二番目の男
「こうでもしなきゃ、おまえに会えないからな」
平民であるセリーズのはっきりした拒絶をものともせず、男子生徒は格好を付けて髪をかき上げた。
そのわざとらしい仕草に、僕は色々と思い出す。
男子生徒、ジャック・フェルテは、フェルテ子爵家の長男。リオネルほどではないが背が高く、引き締まった体つきをしている。整った顔立ちに軽薄な笑みを浮かべた、まあ一言で言えばイケメンチャラ男だ。
上級生、ということで学内では接点がなかったし、久しぶりに顔を見るまで気付かなかったが……その
抜群の美男子で、いまも通り過ぎる貴族令嬢の注目を集めている。
だが彼自身は、そのような視線など一顧だにすることもなく、セリーズに迫った。
「いいだろ? 少しぐらい付き合ってくれても。一緒に踊った仲、なんだし」
顔を近づけ、馴れ馴れしく言うジャックに、セリーズは露骨に顔をそむける。
「ダンス練習のお相手をしていただいたことは、感謝しております。 ……用事がありますので失礼します」
踵を返そうとしたセリーズだが、素早く回り込んだ男は、その行く手を阻むように立ちふさがった。
「用事って? 俺も一緒に行くよ」
「女子寮ですから」
「それって、帰るってこと?」
「そうとも言います」
「美味いケーキを出す店を知ってるんだ。学校のすぐそばだから、そう時間はかからない。もちろん俺の奢りだ」
「結構です」
しかしセリーズも、貴族の子息、それも先輩相手に、よくもああずけずけと言えるようになったものだ、と感心する。
その一方で、平民の子にあれだけ言われても気にした様子のないジャックは、軽薄な態度とは裏腹に、ずいぶん度量の大きい男のようだ。つれない相手とのやり取りを、楽しんでいるようですらある。
それにしても、乙女ゲームの主人公と攻略対象のやりとりにしては、どこか違和感が――
二人に向かっていこうとしたリオネルを、僕は慌てて、肩を掴んで止める。
「待て、なにするつもりだ?」
リオネルは怪訝顔で振り返る。
「なに、って……困ってらっしゃるじゃないですか」
「仲良さそうじゃないか」
「えっ? ……どこが?」
「もう少し様子を見よう」
二人のやり取りは、まだ続いていた。
「俺が女に奢るなんて、滅多にないんだ。それを断ろうって言うの?」
「……ごちそうしていただく理由など、ありませんから」
「ククッ……ホントにおもしれー女だな。俺に誘われて、断る
僕は、ジャック・フェルテのセリフに感動すら覚える。
これは、アレだ、このテンプレに名前が付いているのかは知らないが……高嶺の花系攻略対象が、主人公によって自らの価値観を破壊され、そのせいで強力に興味を示してしまうタイプのヤツ。
ジャック・フェルテは連れてる女性が常に違う、というような、典型的な女たらしだ。数々の貴族令嬢を泣かせてきた汚名があっても、顔は良いし女性の扱いも上手いからだろう、恋人が途絶えたことはないという。
そんな彼が、平民の娘であるセリーズに興味を示す……おそらく、どこか知らないところで出会いイベントを済ませているのだ。セリーズがこれだけわかりやすく拒否の姿勢を示しているにも関わらず、諦めようとしないところをみると、かなりしっかりとフラグが立っているのだろう。
まさにこれこそが恋愛シミュレーションゲームだよな――僕は前世で見たゲーム画面を、いま、横から眺めるという、かつてであれば考えられなかった体験をしているのだと気付き、しみじみと感じ入ってしまう。
それにしても、これは攻略ルートに乗ってるのかな? どうなのだろう。
僕は腕組みをして、二人の様子をよく観察する。
ジャックの方は、セリーズに興味津々の様子。だがセリーズの方は、わかりやすく迷惑そうだ。
気遣いのできるコであるセリーズが、あのように不快げな表情をはっきりと浮かべるところを、僕は見たことがなかった。いつもの彼女なら、愛想笑いで切り抜けようとするはずだ。
しかしジャックの性格を考えれば、セリーズが素直に従う女性であれば、興味を持たなかっただろう。思い通りにならない、いままで接したことがないタイプだからこそ、このように食い下がるのだ。とすれば、いまのセリーズの行動は、ジャック攻略を考えれば正解なのかもしれない。
彼女はそれをわかってやっているのか。どうだろうか。
「我慢できません。行きます」
「待て、リオネル」
一歩を踏み出そうとした友人を、やはり僕は止める。
「なぜです?」
険しい顔で振り返ったリオネル。僕は言った。
「
「しっ、しかし……セリーズ殿は嫌がってらっしゃるではないですか」
「そうだろうか」
「えっ?」
「子爵家の長男に見初められる、というのは、平民のセリーズには、望むべくもない幸運だぞ」
「ですが……相手はあの、ジャック・フェルテ殿です」
「そうだ。あの女たらしのジャック殿が、あれほど一生懸命なんだ。今までとは明らかに違う。そうだろ?」
「…………」
「それに、どうであろうと、リオネル、あそこに行くなら、君にも、自分がセリーズを幸せにする、という覚悟が必要だぞ」
「……えっ?」
目を丸くするリオネルに、僕は続けた。
「君がセリーズを狙っている、というのであれば、介入する資格は十分にある。どうなんだ?」
リオネルは目を泳がせる。
「狙う、だなどとそのような……考えたこともありません。
僕は、リオネルから聞きたかったことを聞き出せて、やっぱりな、と目を細める。
彼はセリーズを異性として意識していない。二人はそれなりに親密になっているようにも見えたが、あくまでも友人としての関係にとどまっているようだ。
であれば僕としては、セリーズがジャックとくっついてくれるのは、僕への好感度が無駄に上がっているセリーズの厄介払いにちょうどいい。リオネルが僕を向いている、という疑惑が残っているが、
「であれば、余計なお世話だよ。ジャック殿だって、人目をはばからずああいうことをしているんだ。それなりの覚悟があってのこと。“ただの友達”が間に入ったところで、引いたりはしないだろ」
「……しかし――」
「それにセリーズ殿は、自分の気持ちをはっきりと伝えられる、強いお方だ。見ての通り、貴族のジャック殿に対して気後れした様子はない。ホントに嫌なら、自分で断れるさ」
それを聞いて、リオネルはようやく黙った。その表情をみれば、まだ不満があるのはわかったが、彼が何も言わないなら、僕も言わない。
「あんたは俺を誤解してる。それを解きたいだけなんだ。チャンスをくれよ。一度でいい。この俺がここまで言ってんだぞ?」
困った様子で視線を巡らせたセリーズは、そこでついに、離れて観察している僕とリオネルを見つけたようだった。
目と目が合う。リオネルは顔を逸らしたが、僕はにっこりと微笑んでやる。
それを見たセリーズは微かに頬を膨らませたが、それも一瞬のこと。すぐにジャックに向き直っていた。
「そこまでおっしゃられるなら……わかりました。では、お茶、だけ」
腰に手を回そうとしたジャックの手をそっけなく振り払い、二人は通用門の方へと向かう。
セリーズは一度だけ、こちらに目をやったが、ふいっと顔を背けた。
「本当に大丈夫でしょうか」
リオネルの言葉に、僕は肩をすくめる。
まあ、乙女ゲームの主人公なのだ。そう困った目には合わないだろう――
そう思ったところで僕は、ここがただの乙女ゲームではないのかも、と考えたことを思い出す。
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