49. 重大な勘違い
いや……いや、待て。そんなはずはない。
確かに、僕の持つ前世の記憶には、多少曖昧なところがあるが、僕はヴィルジニーに惚れて、このゲームについてはよく調べたんだ。プレイしたことこそないが――
自ら思い浮かべた、その言葉に、僕は愕然とする。
そう、プレイしたことはないのだ。
僕が知っているのは、開発側が発売前に流した、意図的に選別された一部の情報だけだ。
プレイしていない僕には、現実に実装されていたシステムについては、わからない。プレイするつもりがなかったから、システム周りについては調べてもいないのだ。
ただの乙女ゲームではない、そう考えるべきかもしれない。
何か、僕が把握していない要素が、あるのだ。おそらく。
「ご心配には及びませんわ」
リリアーヌが言った。
「男性同士であっても、何の問題もありません」
よりにもよって、何の問題もない、ときた。
盛大に眉をひそめた僕に、彼女はこともなげに続けた。
「親戚には、女性と結婚していながら、若い男性の愛人を囲っているおじ様もおりますわ」
「その話の……どこが参考になります?」
僕は呆れ顔でそう言ったが……とはいえ貴族社会では、愛人がいること自体は珍しくないというのも事実。
そのおじ様とやらは、公にできない性的欲求不満を、そのような形で解消している、ということだろう。
まあリリアーヌのおじさんのことはどうでもいい。
リリアーヌ、そしてベルナデットの表情を伺えば、彼女たちがこのBL展開を楽しんでいることは明らかだ。
仕返しがしたくなった僕は、リリアーヌに向かって身を乗り出す。
「リリアーヌ嬢、
更に顔を近づけると、パーソナルスペースを侵害されたリリアーヌは、緊張した様子で身を引いた。
構わず続ける。
「あれ、実は本当なんです。それこそ、ずっと以前から貴女のことをお慕いしていたのですよ。どうでしょうか、
リリアーヌの顔が引きつったのを確かめ、僕はしてやったり、と微笑む。
「というのは、もちろん冗談ですが――異性だろうと同性だろうと、まったくそのようなつもりのなかった相手に、好意を向けられている、と知らされたら、どのように思われます?」
リリアーヌは引きつった顔のまま、答えた。
「……キモチワルイです」
そ、そこまでか……脈がないのはわかっていたがさすがに傷付く。
両腕を抱くようにして身体を震わせたリリアーヌの様子に追撃ダメージを受けながら、僕は口を開く。
「
言ってから、これは僕がヴィルジニーにしてしまったことと同じだな、と今更ながらに気付く。
僕の告白を聞いて、ヴィルジニーはどう思っただろうか。彼女だって、まったくの想定外だったはず。僕のことを異性として見たことなど、過去に一度もなかったはずだ。当然、戸惑っただろう。リリアーヌのように、キモチワルイとまで思っただろうか。
思っただろうなあ……
今頃になって、強烈な“やらかしてしまった感”に襲われる。
もう本当に、今更嘆いたって仕方ないのだけれど。
「それに……それ以前に、そもそも、本人から聞いた話でもありませんからね。言ってみれば、お二人が憶測で勝手に言っているだけ」
僕は二人を、順番に軽く睨む。
「お二人は先程、
僕が嘆かわしげに首を振ってみせると、ベルナデットは不満そうに頬を膨らませ、リリアーヌは不機嫌そうにそっぽを向いた。
そう――“把握していない要素がある”などと、難しく考える必要はない。
僕や、この二人が勝手に思い込んでいるだけ……王子とリオネルには別に本意があって、それを勝手に取り違えてるだけ、と考えるのが、一番自然だ。
そもそも、いくら恋愛シミュレーションゲームの攻略対象としてデザインされているとはいえ、特別に秀でたところがあるわけではないこの僕が、王子やリオネルのような立派な人間に、そのようにモテるはずがないのだ。
とはいえ……僕は二人の洞察力をけなしてみせはしたが、リリアーヌとベルナデットが、僕のヴィルジニーへの気持ちに気づいた部分については、本物だ。
そのことから目をそらすことは、危険だと思えた。
「じゃあ、もしもリオネル様に告白されたらぁ、どうされます?」
ベルナデットの馬鹿らしい質問に、僕は溜息をつく。
「そのようなこと、絶対にないとは思いますが……その時はもちろん、潔く、お二人に謝罪いたします」
「……えっ?」
「お二人の洞察力を、けなすようなことを申し上げましたので」
まあ絶対ないと思うけど。
「えっ、いや、そういうことじゃなくて……リオネル様へのお返事ですよ」
僕は思わず眉をひそめる。
そんな事態、想像だってしたくなかったが、断る以外の選択肢があるのか?
「“いいお友達でいましょう”……ですかね」
馬鹿正直に答えてしまったが、他に言い様がないではないか。
頼むから、そのような気まずい状態にはならないことを祈るが……
ただの友達だと思っていた男に告白される女子の気分が、ちょっとわかった気がして、なぜか胸が痛む。
「もっと正直になられてもぉ、構いませんのよ? ステファン様とリオネル様がお付き合いなされるならぁ、
などと言い出したのはベルナデットで、食事に戻っていた僕は、横目で彼女を睨みつける。スープはすっかり冷めていた。
「面白くもないご冗談を」
「あら……あながち冗談でもぉ、ございませんのよ? ステファン殿は将来有望株。狙ってる令嬢はぁ、まあまあいらっしゃるんですよ?」
そうかもしれない。僕の生まれ、立場、現状を考えたら、お見合いでもすれば引く手あまただろう。自分で言うのもなんだが。
「ステファン様は、条件だけはいいですからねぇ」
リリアーヌが悪意あるイントネーションで、言う。
「でも、今日のアレで、評価は一変したかも」
「今日のアレはぁ、かっこ悪かったですもんねぇ」
そう言って、こちらの方を伺うようにするが、僕は無視。
ベルナデットは構わず続けた。
「
さすがに、僕は苦笑を浮かべてしまう。
「それは、どうも」
ベルナデットは頬を膨らませた。
「冗談だとぉ、思ってらっしゃいます?」
「そりゃあね」
同じ伯爵家、とはいえ、ベルナデットのオベール家、そしてリリアーヌのカルヴィン家は、歴史ある由緒正しい家系だ。国政への貢献を評価され爵位を賜った比較的新参の我がルージュリー家と比べれば、家柄的には上。“宰相ブースト”があるから尊重してくれている、というだけだ。
つまり、本来であれば、二人より僕のほうが、身分的に格下だ。
上級貴族の御令嬢であれば、嫁ぎ先は同等、もしくはより格上の貴族家になるのが、普通だ。
冗談だと思うのも、当然だろう。
ベルナデットの憤慨した表情を見ると、割とマジで言っている、ということだろうか。
おそらく彼女は、僕が将来の宰相候補だという点を重視して、先にツバをつけとこう、とでも思ったのだ。僕に本命が別にいて、その相手と結婚できないとなれば、付け入る隙がある――宰相夫人という立場だけ得て、自分は公的な妻としての役割を最低限果たせばそれだけでいい、イージーな人生が送れるというわけだ。自分の方も愛人を囲うことすら考えているかもしれない。
かわいい顔をして、えげつないことを考える女だ。
「偽装結婚の必要などありません。お申し出はありがたく存じますが、お断りさせていただきます。
言ってやると、ベルナデットはつまらなさそうな顔をしてそっぽを向く。
「なーんだ、つまんない」
「そうすると、ステファン様は」
リリアーヌが口を開き、僕はそちらに視線を送る。
「やはり、女性がお好き、なのですね?」
「……ずっとそう言ってますが?」
僕は視線を彼女の足元に送る素振りをするが。
「冗談かと」
冗談なものか。
「そのいやらしい目も、演技じゃなかったんですね。最悪」
リリアーヌの蔑んだ視線に、冷めた食事が一気に美味しくなくなった。
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