47. 男の戦い
二戦目を無事に敗北した僕は、声援をくれた女子生徒の方は見向きもせずに控え所へと急ぐ。
「ステファン様ぁ! もっとがんばりましょうよぉ!」
うるさいベルナデット。僕はいまそれどころではないのだ。
「フィリップ王子の試合は?」
「ちょうど、これからです」
教えてくれたクラスメートの示す方を見ると、ちょうど、王子とリオネルが、開始位置に付こうとしているところだった。
僕がリオネルに発破をかけたのは、ここで彼が格好いいところを見せることが、観客席にいるセリーズにアピールすることになる、と考えたからだ。僕に向いてしまっているセリーズの意識を、リオネルに向けさせるためだ。
だから、リオネルがやる気になってくれるのは、いい。相手が王子だというのは関係ない。確かに王子は手練れだが、能力を肉体技能に全振りしているリオネルの方が、戦闘力は上だろう。
一方の、王子――王子がリオネルに対しライバル心のようなものを見せるのは、なぜなのか。
王子は僕に、期待してくれ、見ていてくれ、と言った。
昨日のことがなければ、僕もその言葉の意味を、深く考えたりはしなかっただろう。
昨日のこと――王子は僕に「変な意味でずっとそばにいて欲しい(要約)」というようなことを言った。彼は忘れてくれ、とも言ったが、まさか本当に忘れられるはずがない。
あれが本当にそういう意味で――王子が本当に、友情以上の感情を僕に向けているのだとすれば、今日の言葉は、僕に対しカッコイイところを見せたい、そのつもりがあるから見ていて欲しい、というふうに解釈できる。
格好いいところを見せて、僕にアピールしようというのだ。
忘れてくれ、って言ったのに――僕はもう一度、その言葉を思う。
これでは、意識してほしいのか、それとも今までと変わらず接して欲しいのか、わからないではないか。
いや、意識って、なんだよ? 昨日も考えたが、王子はあくまでも、乙女ゲームの攻略対象なのだ。僕にアピールしたい狙いがあったとしても、その動機はなにか、もっとこう……同性の友人として、受け入れやすい類のものであるはずだ。
とにかく――動機は不明なれど、王子が張り切る理由は
ここまでの授業で、二人は幾度となく力を比べる機会があり、王子はリオネルの実力を把握しているはずだ。
そしてリオネルが、僕に協力してヴィルジニーのために、ひいては王子のために働いてくれていることも、知っている。
つまりリオネルは、味方だ。
そういうリオネル相手に、成績がかかっている、という以上のモチベーションをもって挑む、その動機がわからない。
リオネルの方はまだ、王子が約束した推薦状を狙っているから、と考えられもするが……
それにしたって、あの二人の気合いの入り方は、異常だ。
礼を終えた二人が、剣を構える仕草を見て、僕は思う。
あれではまるで、二人に同じ狙いがあって競っているような――
王子が素早く地面を蹴り、思考が中断される。
先に仕掛けたフィリップ王子は、無駄のない動きで剣を突き出す。
正面に構えた剣で、切っ先をそらすリオネル。様子見の一撃には体重がかかっておらず、素早く剣を返した王子は再度リオネルを狙って横薙ぎにするが、リオネルは落ち着いて捌いた。そのまま
ところが王子は、仕切り直す暇を与えたくないようだった。追いかけるように一気に距離を詰め、連続攻撃。素晴らしい剣さばきだが、リオネルも負けじと対応、捌き、受ける。
「すげぇ……
「あの二人、御令嬢方の前だからって張り切るようなタイプだったか?」
聞こえた会話にそちらを見ると、二人の気迫に気づいたのだろうか、他の試合がない生徒たちも、二人の戦いを見ている。
防戦一方だったリオネルが、王子の攻撃を受け、そこから
「おおっ!」
「きゃあっ!」
男子生徒たちのどよめきと、女子生徒たちの悲鳴。
下がる王子を、追撃するように追うリオネル。
スピード重視の王子とは対称的に、一撃一撃が力強いリオネル。王子は振り下ろされる剣を的確に受け止めるが、重い衝撃に、防御するのが精一杯、という様子。
ぶつかり合う木剣が、ガツン、ガツンと嫌な音を立てる。
「がんばってフィリップ王子!」
「リオネルそこだっ! いけっ!」
どうやら女子生徒に人気のある王子、男子生徒に応援されるリオネル、という構図だ。
リオネルの薙ぎ払いを、王子の剣が絡め取るように受ける。
咄嗟に剣を引こうとしたリオネルの動きに、合わせて踏み込む王子。剣の間合いより内側に飛び込まれ、驚いた様子のリオネル。その少し高い位置にある
ぶつかり、後方によろめくリオネル。なんとか踏ん張る。
王子はその胸に向かって、更に肩から体当たり。強引な追撃に、リオネルは完全に姿勢を崩してしまう。そのリオネルの、いい位置まで下がってきた側頭部に向かって、王子は両手で握り直した剣を思いっきり振りかぶった。
振り抜かれれば、いかな木剣でもただでは済まなかっただろう、剣の一撃を、王子は命中する寸前に止める。
「そこまで!」
どよめき。そして歓声。
防御側が受けに失敗していれば、寸止めは有効だ。リオネルは引き戻しかけながらも届かなかった剣を、悔しそうに下ろす。
一方の王子は、リオネルの
距離をとった二人は腰に剣を収め、終わりの礼。
観客席から飛ぶ女子生徒の歓声に、王子は応えるような仕草すら見せず、礼のあとはまっすぐ、呼吸を整えるようなゆっくりとした足取りでこちらに戻ってくる。
王子、そしてリオネルを迎える位置になってしまった僕は、どのような表情をすればいいのか、わからない。
戻った王子は僕を見たが何も言わず、自分の
「すまなかったなリオネル。だが搦め手でなければ、キミには勝てなかった」
王子は搦め手、などと表現したが――確かに頭突きや体当たりのような、形振り構わない形で勝ちを狙ってくるとは、誰もが意外に思ったはずだ。
やはり
「気にはしていません。お見事でした」
頷きを返したフィリップ王子が僕へと顔を向ける。
何か言われる前に、と、僕が先に口を開く。
「見事な勝利でした、殿下」
「――ありがとう」
僕の言葉に頷いたフィリップ王子は、それ以上、なにも言わず、視線を逸らすと、そのまま僕とすれ違って取り巻きたちのいるほうへ行ってしまう。なんだよあんなことを言っておいて、という気になるが、一瞬見えた王子の頬が、微かに赤く染まっていたのに気付く。
なんなんだよ? 照れてるのか?
そんな……女子にするような反応、やめて欲しい。
リオネルと目が合う。近づいてきたリオネルは、悔しげな表情で肩を落とした。
「ご期待に添えられず、申し訳ありません」
「いや……いい勝負だった」
確かに負けはしたが、試合内容を考えれば、責められるようなものではない。
リオネルの実力の高さは明らかにわかる内容だったし、これで見ていた女性の好感度が下がってしまう、というようなことはないだろう――と思いたい。
僕は観客席を見上げる。
セリーズの表情は、遠くて確認できない。
勝利でなければ無意味、というようなアルゴリズムではないことを祈るばかりだが……
「しかし、次は負けません! お約束します!」
次では意味がない――その時に、都合よく女子の見学などないだろう。セリーズの見ている前で勝ってほしかったんだけど……とは、拳を握りしめるリオネルには言えないわけで。
「確かに試合には負けたが、リオネルの力が劣っていた、というような内容ではない。本当に、気にするなよ」
振り返った僕は、気遣ってそう言ったのだが、リオネルは険しい顔で首を横に振る。
「いいえ! 次こそは王子に勝利し、
真っ直ぐな視線で、力強く言うリオネル。
僕に証明しても、仕方ないんだけど……
その不自然なまでの気合の入り方に、僕は戸惑う。
「あ、あぁ……がんばれよ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするリオネルに、僕は内心で首を傾げる。
それほどまでに王子と張り合って、いったい何が――
――ん?
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