46. 上位勢の事情

「なにごとです? どうして女子生徒が?」


 控え所に戻った僕は、マスクも取らずにたずねる。

 クラスメートの一人が、マスクの取り外しを手伝おうとしてくれながら答えた。


「はっきりしたことはわかりませんが、女子の授業の担当教官が急遽不在で、休講になったとか。見学ですよ」


 外から聞こえる、やはり女子生徒の歓声。次の組み合わせが始まろうとしているのだ。



 僕がそう口にしたのは、ひとつの想像が、頭をよぎったからだ。


 たったいま行われている、男子生徒による模擬戦闘――これは、ゲームのイベントにピッタリではないか。


 なにせ、その肉体的能力を、はっきりと見せられるのだ。


 普段の戦技訓練は、男子生徒のみで行われる。その力を、女子生徒に直接見せることはない。しかし、どのような運命のいたずらかゲーム進行の都合で、本日はそれを、存分に見せつける機会になってしまった。


 しかし、まさかこんなタイミングがイベントになってしまうとは。僕はてっきり、そうなるにしてももっと後、最終成績が決まる頃だろうと思っていたのだ。

 だがこうなってみると……この展開は僕のせい、正確には、僕の存在のせいかもしれない、と思いつく。運動面が苦手なステファンは、終盤に勝ち残ったりはできないわけで、攻略対象全員に見せ場を作れるのは、トーナメントの序盤だけなのだ。ちょっと考えれば分かりそうなものなのに、僕としたことが……


 嘆いている場合ではない。


 僕は、観客席にいたセリーズの姿を思い出す。

 彼女の前で勝利を収めれば、好感度は間違いなく上昇するだろう。


 今日は全員が二試合ずつ消化する予定だった。

 マスクだけを外した僕は、リオネルを探して、上位勢が使う控え所へと向かう。


 先程の敗北で、セリーズの僕への好感度は、否応なしに下がったはずだ。

 同時に、ヴィルジニーの好感度も下がってしまっただろうが……僕は先程の、こちらを冷たく見下ろすヴィルジニーの表情を思い出してしまい、思わず頭を振る。


 残念だが、このイベントでは、僕には優位性がまったくない。ここでの挽回は不可能。潔くあきらめて、ヴィルジニーのことは、後回しにするしかない。


 とにかく、今日のこの場でリオネルが勝てば、セリーズの僕とリオネルに対する好感度は、逆転させられるかもしれない。

 そこまではいかないにしても、リオネルの好感度を高められるのは間違いないのだ。


 僕が彼の勝利のために、直接的にしてやれることは、ない。すでに一戦目は終えているかも知れない。

 だがこのイベントの重要性を察した僕は、せめて二戦目の前に、一声掛けてやらなければと、そういう気持ちになっていたのだ。


「フィリップ王子ぃ!」


 女子生徒の歓声に、僕は足を止める。

 運動場では、その名を呼ばれたフィリップ王子が、勝利を誇示するように、高々と剣を掲げている。

 ガックリと地に膝を付く対戦相手は、長く国防軍に貢献する家系の子息で、本人も優秀な剣士だ。


 第三王子に配慮して故意に負けた、のでは、ない。



 春先の、実力を見るための模擬戦でのことだった。

 今と同じように、地に膝を付く対戦相手に向かって、王子は言った。


「シャルル・ロリアン殿。貴殿のお父上は、東方第一軍を預かるロリアン将軍であるな?」


 ひざまずいた姿勢を正したシャルルは、頭を垂れた。


「はっ、そのとおりでございます」


「ロリアン伯爵家には先祖代々、王国軍に貢献賜っているが……しかし、貴殿は別の道を選んだほうが良さそうだな」


「……は?」


 驚いたように顔を上げたシャルルに、フィリップ王子は残念そうに言った。


「なにせ貴殿は、わたしに負ける程度の腕前……アレオン王国の王子として、わたしより弱い者を、戦場に送るわけにはいくまい」


「えっ? あっ、それは――」


 シャルルが、王子に対し手加減をしたのは、誰の目にも明らかだった。

 いかな訓練、学校の授業とはいえ、王族に対し本気で戦うなど、できるはずがない、と、彼だけではない、その場の誰もが考えていたのだ。


「皆も聞くがいい!」


 王子はシャルルの言い訳など聞かず、推移を見守っていたほかの男子生徒たちに向かって言った。


「わたしは王家の一員として、この国を守る立場にある! わたしは、わたしより弱い者に、国防を委ねるつもりはない! 将来、その武威を持って身を立てようと思う者は、決してわたしに遠慮はするな! わたしに負け、その力ない、と判断できるようなら――」


 王子は不敵に微笑み、続けた。


「その者は、決して重用することなきよう、兄上に進言しよう」


 この場合の兄、とは、フィリップの長兄、アレオン王国軍総司令官、第一王子アントワン・ド・アレオン元帥のことを示す。


「だがわたしに勝てば、第三王子の名において、推薦状を書いてやるぞ」


 つまりは、この学校における戦技訓練で、王族に忖度し手を抜くようなことは許さない、と王子は言ったのだ。


 浮かべた笑みはそのままに、フィリップ王子は、地面を向いて身体を震わせるシャルルへと向き直った。


「やり直したいと言うなら、チャンスをやろう。どうする?」


 シャルルは、剣を握って立ち上がった。


「お願いします!」


 その真剣な表情に、フィリップ王子は、満足そうに頷いた。


「世に聞こえたロリアン家の技、見せてみよ」



 まあそういうカッコイイエピソードがあって、この戦技訓練において、“体育会系”の貴族令息は、王子相手には全力を出して挑むという不文律ができあがっていた。


 そして困ったことに、出来の良いフィリップ王子、剣の腕もたいへん優秀なのである。上位勢が本気で挑んだところで、簡単に勝たせてはくれない。それどころか、普通に負けることだってあるのだ。もちろん全力で挑んで負けた者に、意地悪を言ったりはしないのだが。


 根は真っ直ぐな人物なのだ。王子であることを理由に、手抜きをされるのが嫌だっただけなのだ、きっと。


 そういう王子だから、この期末評価でも、優勝候補の一角だった。対戦相手も当然、実力者となる。


 その強敵の一人を下したのだ。

 王族チート、とでもいうべきだろうか。とにかくただでさえ優秀な血統、その遺伝子を余すことなく受け継ぎ、更に高めようとしているのが、フィリップ王子、という人物なのだ。


 立ち上がろうとするライバルに手を貸す王子の姿を尻目に、僕は探し人を見つける。


 ちょうど、マスクを取るところだったリオネルは、近づいた僕に気づいて、微笑みを浮かべた。


「ステファン。先程は残念でしたね」


「僕のことはいい。リオネル、君の一戦目は?」

「見ての通り、終わったところです」

「勝敗だよ。勝ったか?」

「はい」

「よし、いいぞ……二戦目も必ず勝て」


 僕の言葉に、リオネルは驚いた様子を見せた。僕がそのようなことを言うとは、思わなかったのだろう。


「はい! 必ず勝ちます!」


 笑みを浮かべたリオネルは、力強く頷く。


 騎士の家系、ヴュイヤール男爵家の嫡男である。リオネルもまた剣の腕に優れる、優勝候補の一人だ。とはいっても、相手もおそらく同レベルの剣士。簡単に勝たせてはくれないだろうが。


「それで、二戦目の相手は誰だ?」


 リオネルはすぐには答えず、その視線が、僕の背後に向けられる。


 振り返ると、そこにはちょうど、控え所に戻ってきたフィリップ王子が立っていた。


 マスクを外した彼は僕を見つけると、爽やかに微笑む。


「ステファン。見てくれたか?」


 昨日の、今日だ。緊張してしまった僕は、思わず逸らしたくなる視線を、なんとか王子に留める。


「――はい。見事な勝利でした」

 なんとか平静を装ったが、しかし、やはり動揺しているようで、戦っているところは見てないにも関わらず、反射的にそう答えてしまう。


「ありがとう。次の相手にも必ず勝つ。期待していてくれ」


「はい。 ……それで、殿下の次の相手は――」


 言いかけた僕は、そこでようやく、微笑むフィリップ王子の視線が、僕ではなく、通り過ぎて後ろを見ていることに気がつく。


 振り返るとそこにいるのは、リオネル。


 リオネルもまた不敵な笑みを浮かべ、まっすぐにフィリップ王子を見返している。


 これって、まさか……もしかして。


「リオネル殿は強敵だが、勝ちはいただく。見ていてくれ、ステファン」


 そう言ったフィリップ王子に、リオネルは応えた。


「ステファン殿に、勝利を期待されております。たとえ相手が王子であろうとも、決して容赦はいたしません」


 二人の視線が交わり、火花を散らす――えっ? なんで?


 僕は思わず、二人の顔を見比べる。

 二人の間にある感情。これは――これは一体、なんだ?


 もしかして、ライバル心?


 でも、しかし――どうしてこうなった? なぜこの二人が、ライバル心など燃やしているのだ!?


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