44. 似合いの二人

「おはようございます。なんのお話ですか?」


 リオネルは僕とテーブルを挟んだ向かいの席に腰を下ろし、そんな彼に、僕は頭を横に振る。


「なにってことない。雑談だよ」


 疑問符を浮かべた顔を傾げるリオネルから、僕は目を逸らす。


 そうしてしまってから、なぜいま、僕は目を逸らしてしまったのだろう、などということが気になりはじめる。


 きっと、セシルが変なことを言うからだ。


 確かにリオネルとは、最近、一緒に行動しがちだ。

 でもそれは、友人だからだ。秘密を共有している、協力者だからだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そもそも、フィリップ王子のように、リオネルが直接的に発言をしたことはない。確かに、反応として、何かおかしくないか? と思わせる瞬間が、あったことはあったが、リオネルはことあるごとに「友人として」と口にしていたではないか。


 僕のことを友達だと思ってくれているのだ、彼は。


 面倒見がいいリオネルは、交友関係は広いが、そのぶん、深く付き合うような男友達には恵まれなかった、と話したことがあった。僕とリオネルは、まだ親友と呼べる間柄ではないかもしれないが、少なくともリオネルの方は、僕に対しそのような親しみを感じているのかもしれない。


 そう考えると、申し訳ないな、という気分になる――少しは。


 僕の方は、そもそも打算と目論見があって、リオネルと親しくなろうとしたのだ。

 彼を利用したかったし、また、セリーズの攻略対象の一人である彼の動向を、監視したかった。


 リオネルは期待通りの働きをしてくれたし、今となっては、彼の異性関係イベント進行を把握しておく必要もない。


 セリーズに、フィリップ王子を攻略させる必要がなくなったからだ。

 そうであればリオネルには、もはや自由に恋愛してもらっていい。本来であれば発生したであろうセリーズとの恋愛イベントを、ことごとく潰してしまった負い目もある。償いの意味でも、彼の恋に協力してもいい――


 その、たったいまその名を思い浮かべた人物が、逸らした視界に入ってきて、僕は顔を上げる。


「おはようございます、ステファン様、リオネル様」


 朝から爽やかな笑顔のセリーズが、そこに立っていた。


 思い出すのはそれとは対称的な、昨日、彼女が見せた恥じらうような表情だ。

 あんなやりとりをしたあとで、よくもまあ何事もなかったかのように近づいて来られるものだ、と僕は呆れる。


 僕の気まずい思いなど知ったふうもなく、セリーズは言った。


「ご一緒してもよろしいですか?」


「もちろん! どうぞ」


 リオネルがさっさと許してしまい、セリーズは「ありがとうございます」と答えて、当然のように席に座った。


「そうしたい、というのなら構いませんが」


 僕は不快感を隠せなかったかもしれない。


「お友達とご一緒された方が、よろしいのでは?」


 言ってからセリーズの様子を伺うと、彼女は少し困ったような笑顔を浮かべた。


「仲良くしてくださっている方々は、朝が遅かったり、食べなかったりされるものですから……。わたしは朝は早起きして、しっかり食べたいたちなんです」


「それなら、我々と同じですね!」


 リオネルが嬉しそうに言うが、そもそもリオネルだって、元々はもっと遅い時間に食事していたはずだ。

 僕に合わせて、早く来るようになったのだ。


 それにしても……僕は隣席のセリーズを横目で伺う。


 “攻略対象”が二人いる状況でのこの配置、額面通りに解釈するなら、リオネルより僕のほうが、セリーズとの親密度は高い状態、なのだろう。

 なにせ彼女は、より身分の高い僕の隣に、躊躇なく座った。それに、昨日はなにか親密度を確かめるかのようなイベントがあった。


 もちろん、嬉しい話ではない。

 僕の本命は、あくまでもヴィルジニーなのだ。

 必要以上にセリーズと接近して、関係性を誤解されたり、その誤解が広まってしまったりするのは、絶対に避けなければならない。


 ヴィルジニーの性格を考えれば、自分に好きだと言っておきながら、ほかの女にうつつを抜かしているような、そういう態度の男は絶対に軽蔑するだろう。

 そうなってしまえば、そこからの挽回は、さすがに不可能だ。


 僕は昨夜の、失態を思い出す。


 勢い余って告白しコクってしまった。アレはどう考えても、悪手だった。


 実際、彼女はドン引きした様子だったではないか。怒ってたみたいだし、急いで帰ってしまった。去り際に残した言葉は気になるが……


 いずれにせよ、僕の気持ちを伝えてしまったいま、僕とヴィルジニーの関係が変化するのは、不可避だ。

 彼女は決して、これまでのように僕に接してはくれないだろう。


 戦略の変更が必要なのは明らかだった。

 しかしそれは、ヴィルジニーの出方を見てからでなければ、決められない。


 待つしかない――そう思うと、腹の底に冷たいものが落ちる気分だ。

 顔を合わせたら無視される、そういう事態だって、当然ありえるのだ。

 その可能性を考えたら、僕の方から確かめに行く、などということも、怖すぎてできない。


 あぁ〜! アレも昨夜見た夢のひとつだったらよかったのに!


「なかったことにしたい……」

 頭を抱えたくなる気持ちはなんとか堪えたが、しかし思わず口をついて出てしまった呟きを、聞きつけたセリーズが顔を向けてくる。

「なにか?」

「いえ、なんでもありません」

 気遣わしげなセリーズに、僕はぶっきらぼうに言う。


 訝しげにしながらも視線を戻したセリーズに、僕はこっそり、恨みがましい目を向ける。

 気遣ってくれているつもりなのかもしれないが、僕の悩みの半分は、この女のせいで発生しているのだ。

 セリーズが僕に告白じみた真似をしなければ、僕だって焦ってヴィルジニーに告白したりしなかっただろう。

 もちろん、彼女に僕を困らせる意図などないことは、わかっているのだが……


 余計なことをしやがって、という気持ちには、なってしまう。


 それにしても、隣の席、というのは、近しい感じはしても、その表情は伺いにくい。


 向かいに座るリオネルは、ニコニコしながらセリーズを見ていて、そういえば、二人はいつの間にかファーストネームで呼び合っていて、それについては未だに聞けていないが、つまりは僕の知らないところでそれなりに関係を深めているということだろう。


 セリーズとリオネル――僕は、先程のセシルの言葉を思い出す。


 肉体的にも精神的にも強く、それでいてちょっと抜けたところのあるリオネルには、可愛くて気が利く相手がピッタリだ、と彼女は言った。


 その点、セリーズは当てはまる。庇護欲をそそる仕草と外見は、たしかに可愛らしい。責任感が強く面倒見もいい。


 二人が並んでいるところを想像してみる。お似合いの二人だ、と思えた。


 これはいい“気づき”だ……

 僕は、怪訝な顔をする二人を見比べる。


 二人がくっついてくれれば、ここまで忠義を尽くしてくれたリオネルに報いることができる上、無駄に僕への好感度が上がっているセリーズを厄介払いできる。


 まさに一石二鳥だ。


「いかがなさいました?」


 リオネルの問いに、僕は知らず、ほくそ笑んでしまっていたことに気付く。


「いや――なんでもない」


 ここで「お二人はお似合いですね。どうでしょうお付き合いしてみては」と言ってしまいたくなる気持ちを、ぐっとこらえる。


 慌ててはいけない。昨日のこと、そして今日の振る舞いを見ると、おそらくセリーズの好感度は、リオネルより僕の方が高い。

 この状態での短絡的な発言は、藪をつつくような真似。不測の事態を招きかねない。


 コトは慎重に進めるべきだ。

 まずはセリーズの好感度を、僕よりリオネルの方が高い状態にする。

 その上で、セリーズのリオネル攻略を支援するのだ。


 現状打開のため、まずひとつ、方針が定まった僕は、ホッとしてカップに口を付ける。ココアはすっかり冷めてしまっていたが、いい気分だったからだろう、それでも美味しく感じられた。


「ステファン様、美味しそうですね。何をお飲みなのですか?」


 にこにこしながらたずねてくるセリーズに、不穏なものを感じた僕は、カップを彼女から遠ざけるようにする。


「セシルさんに言えば、同じものを用意してくれますよ」


 意識して冷たく、言う。

 よもや、とは思ったが、しかし万が一にも、ひとくち味見させて欲しい、などとは言わせたくなかった。


 これ以上、セリーズとの親密度が高まるようなイベントは、ごめんだ。

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