第4話

42. 昼休みの教室

 母が用意してくれた、いつもと代わり映えのしない弁当を掻き込み、ごちそうさま、と僕は両手を合わせる。


 弁当箱をしまい、さて、昼休みの残り時間、どう過ごそう、と考えていると、隣の席、机を囲むように集まって、一台のスマホを覗き込んでいる女子生徒たちの姿が目に入った。


 彼女たちが発した、“攻略”、そして”王子”、といったワードが耳に入り、ピン、と来る。


「なに? もしかして、乙女ゲーってヤツ?」


 僕が話しかけると、スマホを覗き込んでいた三人が振り返った。


「悪役令嬢とか出てきたりすんの?」


 少し嘲るような言い方になってしまったかもしれない僕に、一番近いところに立っていた、セーラー服のスカートを思いっきり短くして着こなしているリリアーヌが、はっきりと嘲笑を浮かべた。


「あんた、乙女ゲーム知らないでしょ?」


 ギャル系メイクでバッチリ決めた口元を、訳知り顔に歪める。


「“はめふら”とかで知識仕入れちゃったタイプだね」


 僕はムッとした顔をする。


「いやまあ、たしかにやったことはないけど」


 リリアーヌに続き、残りの二人、ベルナデットとセリーズも、僕を見て意地悪な微笑みを浮かべている。


 戸惑い気味に見上げた僕に、リリアーヌは言った。


「いわゆる乙女ゲーム、女性向け恋愛シミュレーションゲームには、“ライバル役の悪役令嬢”なんて、普通は出てこないの」


「――えっ?」


 全く予想外のことを言われた僕の驚きに、彼女たちは頷いた。


「そりゃそうでしょ。イケメンとの都合の良い恋愛を疑似体験するってゲームなんだから。目当てのオトコが他のオンナに目移りしたりとか、そういうのいらないわけ」


 リリアーヌの言葉に、ベルナデットも頷く。


「そうそう。元カノがいる、みたいな設定だけでもイラつくんだから」


「悪役令嬢どころか、他の女性キャラクターは一切出てきませんよね」


 いつも親切に気遣ってくれるセリーズまでが、手放しに同意する。


?」


 そう口にした僕は、思わず立ち上がる。


 怪訝な顔になった三人を無視し、僕は辺りを見回す。


 高校の教室だ。よくある学校机と、セットの椅子が並ぶ。生徒の姿はまばらだが、これは昼休みだからだ。見つける顔は知っている顔で……知っている顔?


 僕は、訝しげにこちらを見る三人の女子生徒を振り返る。リリアーヌ、ベルナデット、セリーズ……いつもつるんでいる仲良しグループの顔ぶれだが――がいない。


「ちょっと……どうしちゃったの?」


 女子生徒の心配と不審が入り混じった声に、僕はその姿を探しながら、言う。


「彼女は――?」


「彼女って?」


「彼女だよ!」


 その名を口にしようとするが、出てこない。

 僕が恋した、乙女ゲームの悪役令嬢。彼女の名は――





 びっしょりと汗をかいて、目を覚ました。


 窓の外は、まだ暗い。


 ベッドから降りて、クローゼットからタオルを取る。

 額の汗は拭いたが、汗で濡れた下着が不快だった。着替える。


 それにしても妙な夢だった――僕はリリアーヌ嬢のセーラー服姿、その短いスカートから伸びる眩しい太ももを思い出す。


 ヴィルジニーの取り巻きの一人、リリアーヌ・カルヴィン嬢だ。彼女、たしかに見た目は前世の世界で言うところのギャル系美人ではあるが、この世界では伯爵令嬢。上級貴族らしい教養と振る舞いを身に着けた、立派な貴族令嬢だ。スカートは短めだけど。


 そういう彼女のギャル女子高生姿は、新鮮だったしとてもお似合いだったが……しかし、どうしてそのような夢を見たのだろうか。


 どうせなら、ヴィルジニーのセーラー服姿を見たかった。

 いや、ヴィルジニーには、セーラー服よりはブレザーの方が似合いそうだ。というかそっちの方が僕の好みだ。

 ニーハイとかセーターの萌え袖とか……夢が膨らむ。なんとか彼女に着せられないものだろうか。


 着替えた僕は、再びベッドに横になる。


 それにしても、あれは。

 セーラー服姿のリリアーヌの夢を見た、というものではないのだろう、と思いつく。


 場所はたぶん、前世で、高校生の時に通っていた学校の、教室だ。セーラー服も、その学校の制服だった。

 だからあの登場人物は、おそらくクラスメートの女子生徒で、曖昧な記憶のその顔を、知っていてイメージが近い人物の顔、つまりは今の同級生リリアーヌ嬢のもので再生してしまったのだろう。


 夢で彼女が口にした言葉を、思い出す。


 乙女ゲームにライバル役の悪役令嬢などいない、と彼女は言った。


 なぜあのような夢を見たのだろう。


 そのような思考には、何の意味もない――だってこのゲームにはヴィルジニーは……悪役令嬢は確かにいる。

 かつての世界には、ゲームなど星の数ほどあったのだ。いないゲームの方が多数かもしれないが、かといって、いるゲームが決してない、などと言い切れるものでもない。


 ただの夢だ。

 僕は寝返りを打つと、上掛けを深く被る。


 夢というのは、不合理で意味不明なものだ。

 現実と、自分が想像すらしなかった虚構が入り混じる、混沌だ。


 だから、夢の登場人物の言葉に、意味を見出そうとするのが間違いなのだ。


 でも、もしかしたら――


 僕は再度、眠りに落ちる寸前に、思いつく。


 あのやりとり自体が、前世で僕が、実際にクラスの女子と交わした、現実にあったできごと、だったのかも。

 

 彼女はなんと言っていた? 「乙女ゲームにライバル役の悪役令嬢など、普通はいない」?


 もしもヴィルジニーが、“ライバル役の悪役令嬢”ではなかったら――


 それなら、彼女はいったい、何なんだ――?

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