35. 名前の意味
学生寮に戻った僕は、面会希望者がいると呼ばれ、出向いてみると、待っていたのはデジール公爵家の執事、ベルトラン氏だった。
よそ行きの紳士然とした出で立ちの彼は、僕の姿を見つけると帽子をとって会釈する。
「お呼び立てして申し訳ありません、ステファン殿」
「いえ、とんでもありません」
面会室、という字面をみると刑務所のようなところを思い浮かべるが、貴族の子息が通う学校である。その面会、となると、相手は多くの場合、やはり貴族で、だからその部屋も、豪奢というほどではないが、居心地のいい家具が設えられた部屋となっていた。
僕たちは向かい合って座る。
「今日は、どうされました?」
「ついでに、ではありますが、ある意味では、こちらが本命、と申しますか」
「はあ」
「お嬢様へ、首尾のご報告に。ついでに、メッセンジャー役を引き受けましてね。セリーズ嬢に、ご両親からの手紙を預かってきたのです」
セリーズの名前を聞いて、僕はついさきほどのことを思い出す。
その手紙を読んで、僕のところにきた、ということだろう。
「では、サンチュロン家に?」
「ええ、本日、正式に仕事を依頼する運びになりまして。その帰りです」
「わざわざ、ありがとうございます」
「いいえ、お約束、しましたので」
ベルトラン氏は少し間を開けてから、続けた。
「さっそくですが、お気になされていた件。調べてみましたが、サンチュロン家に連なるものに、貴族家は見つかりませんでした。先祖代々の革細工職人、だとか」
「先祖代々?」
「かなり歴史が古いようです。お話も伺いましたがね、お店には、代々伝わる数百年前の革ベルトが保管してありました」
革ベルト、という単語で、僕は思わず、あっと声を上げる。
「そうか! サンチュロンって、確かフランス語で――」
「ふらんす、ご?」
訝しげに眉をひそめるベルトランに、僕は慌てて口を閉じ首を横に振る。
フランス、なんて概念、この世界にはないのだ。
この国に住む多くの人が、フランス風の名前を持つというのに、おかしなことだが。
とにかく、僕が前世で生きた世界にあった、フランスという国。そこの言葉で、サンチュロンは確かベルトのことだ。つまりはベルト職人が、その言葉を自らの名にした……名字の発生としては、ありがちな話だ。
「ヴェルタから我が国へ移ってきたのが先々代のころで、そういう事情を見ても、貴族家とのつながりは、やはりなさそうですね」
セリーズ貴族説は、どうやらハズレだったようだ。
しかし、そうすると、
そう思った僕だったが、この思考は、もはや無意味かもしれない、とすぐに思いつく。
セリーズとの親密度を上げているのは僕の方で、彼女と王子の関係は、まったく進展している様子がない。
セリーズは王子を、
いまとなっては、僕がセリーズと王子をくっつけるような、そういう工作をしても、効果があるとは思えない。
「ステファン殿?」
呼びかけられ、我に返る。
「ああ、いえ……わざわざありがとうございました」
「いいえ、結果的に、デジール公爵家は、良質な革細工職人を手に入れることができました」
話は終わりだった。
立ち上がると、ベルトランは深々と頭を下げた。
「どうぞ、お嬢様を、今後ともよろしくお願いします」
そのように言われてしまうと、僕としては複雑だ。
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