36. 王子の本音
ベルトラン氏からヴィルジニーへの報告がなされた、ということは、ヴィルジニーにも、フィリップ王子へ報告する材料が揃った、ということだった。
ヴィルジニーのことだから、王子への報告は即座に成されるだろう。
そう考えていたから、夜、部屋の扉がノックされた時、訪問者はヴィルジニーだろうと思った。結局のところ、王子に褒められた喜びを慢ずる相手など、彼女には僕しかいないのだから。
だから、ノックに続いて部屋に入ってきたのがフィリップ王子だったことは、僕を驚かせた。
「ヴィルジニーなら、今夜は来ないよ」
僕の反応を伺うように言って、第三王子は微笑む。
「先に、ボクがキミと話したかったのでね。遠慮してもらった」
王子は椅子に腰掛け、脚を組んだ。
僕が引っ張ってきた椅子に座るのを待って、王子は言った。
「今回は、ご苦労だったね。いや、今回も、と言わなければならないか」
見透かされていることは、驚くようなことではない。ヴィルジニーの“善行”に、前回と引き続き、僕が助言していると、王子なら気づいて当然だ。
「もっとも、これで本当にセリーズの成績が向上……元に戻るかは、蓋を開けてみなければわからないがね」
「セリーズ嬢の本来の実力を思えば、その心配はない、かと思いますが。少なくとも、彼女にとって、言い訳はできなくなったと思います。一生懸命やってほしいところです」
「うん」
頷いた王子は、細めた目で僕を見た。
「さて、ところで……ステファン、キミに話しておきたいことがある。ボクがヴィルジニー・デジール嬢を婚約者にしている、本当の理由だ」
それは僕が聞きたかったクリティカルなことでもあったが、このタイミングで、しかも王子の方から切り出してくることに、驚き目を見開いてしまう。
「はっ……しかし、なぜ?」
「キミが勘違いしているなら、状況が更に進んでしまう前に、止めておきたい、と思ってね」
「状況?」
「キミの人知れぬ活躍のおかげで、アレオン王国第三王子の婚約者、ヴィルジニー・デジール公爵令嬢の評判は右肩上がりだ。夜会では、その話でもちきりだそうだ。かつては、最低最悪の貴族令嬢とさえ呼ばれた我儘お嬢様が、ついに貴族の精神に目覚めた、王子の婚約者として相応しく成長しようとしている、などとな。この調子なら、ヴィルジニーは王族の一員になる器ではない、などという声は、近いうちに無くなるだろう」
王子は皮肉めいた笑みを浮かべると、続けて言った。
「しかし、それでは困るのだよ」
フィリップ王子の言葉の意味がすぐにはわからず、沈黙する僕を楽しそうに眺めて、王子は続けた。
「ヴィルジニーには、評判が悪いままでいてくれなければならない。誰しもが、王子の婚約者には相応しくないと、思っていなければならないんだ」
「えっ? それは……どういう……?」
戸惑いつつも、まさか本当に? という思いが頭をよぎる。
ゲームとしてその展開がある可能性を、考えたことがなかったわけではない。しかしまさか、あのフィリップ王子が……誠実さを絵に描いたような第三王子が、本当にそのようなことを、自ら……?
「ボクは、ヴィルジニーと結婚するつもりはない。彼女との婚約は、いずれ解消するつもりだ。だから、その理由を素行不良のヴィルジニーに求められる、そういう状況であるままの方が望ましいんだ」
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