24. 謎ある順位表

 学生ホールは、玄関口からすぐのところにあった。


 僕が一番最初に見つけたのは、美しい金髪のマーメイドウェーブ。我が愛しの悪役令嬢、ヴィルジニー・デジールの姿だった。


 こちらを見ていた彼女と目が合い、思わずドキッとしてしまうが、すぐに、彼女が見ていたのは僕ではなく、僕が入ってきた校舎玄関口の方だったのだ、と気付く。

 そこから出ていったフィリップ王子のことを、見ていたのだ。


 他の男を見ていたのだ、と思うと妬けるが――しかし彼女の美しいその顔に浮かんでいる表情に気づき、僕は一瞬で冷静になる。


 ヴィルジニーが浮かべていたのは、哀しみ、憂い、寂しさ――傷ついた表情の彼女に、僕は憤りを感じる。

 誰が彼女にこんな顔をさせたのだ。


 最初に思いついたのは、先程すれ違ったフィリップ王子だ。

 しかし、よりにもよってフィリップ王子が? まさか。考えられない。


 僕はヴィルジニーへと近づいた。

 彼女は、二人の令嬢と一緒だった。


 一人はヴィルジニーよりも背が高い。カルヴィン伯爵家の令嬢、リリアーヌ。スカートを短くした、化粧厚めの派手目美人で、覗く太ももは眩しいが正直苦手なタイプだ。前世でいうところのギャル系に近い。


 もう一人は、オベール伯爵家のベルナデット。彼女も整った顔立ちをしているが、小柄な体格も相まって、美人というよりカワイイ系。いまはその愛嬌ある顔を、憤慨したように膨らませている。


 二人とも、大抵いつもヴィルジニーと一緒にいる悪役令嬢の取り巻きサイドキックスだ。お互い王都の貴族ということで以前から面識だけはあったが、例の“課外活動”のこともあって、最近はまあまあしゃべることがある。


「いかがなされました?」


 僕が問いかけると、ヴィルジニーは口を開きかけたが、彼女が発声するより先に、割り込むように興奮気味のベルナデットが口を開いた。


「フィリップ王子は酷いんですのよ!」


 いきなりの王族批判に、僕、リオネル、そしてヴィルジニーとリリアーヌまでが慌てるが、ベルナデットは気づいた様子もなく続ける。


「ヴィルジニー様はぁ、フィリップ王子にお祝いを申し上げたのですよ。それなのにろくに返事もせずに行ってしまわれて! ヴィルジニー様がお可哀そう……婚約者だというのにぃ、あんまりですわ!」


「……お祝い?」


 僕がヴィルジニーを見ると、頷いた彼女は視線を壁の方に向けた。

 僕もそちらを見る。


 その視線の先に、件の順位表が張り出されていた。

 自然に一番上、最優秀者の名前に目が行く。


 中間考査、一番はフィリップ王子だった。

 ちなみに二番が僕。王子の取り巻きが言っていた「惜しかった」「敵わない」というのは、おそらくこのことだろう。


「ろくに返事もせず? ヴィルジニー様は、なんとお声がけしたのです?」


「『フィリップ王子、首席奪還おめでとうございます』とぉ」


 答えたのはまたベルナデットの方で、僕は仕方なく、小柄な令嬢の続ける言葉を聞く。


「すると王子はぁ、怪訝な顔をなさって、それから順位表を見てぇ、そしてホールを出て行かれたのです」


「とすると、貴女あなた方の方が、先にここに?」

「? ……えぇ。順位表を見ていたらぁ、王子様方がいらっしゃいましたので」


 僕はもう一度順位表を、今度は上から下まで、見た。

 そして、に気づいた。


「あの、ステファン……」


 順位表を見ていた僕に、ヴィルジニーが心配そうに声を掛けてくる。

 彼女は僕のことを呼び捨てにしたが、「二人っきりのときだけ」と言われているのは僕の方だけで、彼女から僕を呼ぶ場合は構わないらしい。今日までの間にすでに何度かあったので、気にせず頷く。


わたくし……なにか王子の気に障ることをしてしまったのでしょうか?」


 僕は微笑みを返すと、ゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫ですよヴィルジニー様。何の心配もいりません」


 確信を持ってそう言った僕は、その場にいた顔を見回した。



「それより、セリーズ殿は? 今日は、ご一緒ではないのですか?」


 ヴィルジニーは、特待生の名前を聞くと、その表情を打って変わって不快げなものに変える。


「今日だけではありません。週末はいつもいませんのよ、あのコは」


 そう言って、不機嫌そうに頬を膨らませた。


「いつも? ――なにか事情でも?」

「そんなこと、知りません」


 ヴィルジニーは両腕を組んで忌々しげに吐き捨てた。


「そもそも自覚が足りないのです。庶民の身でありながら特待生として、学費だけではなく生活費まで王国から支給されている身。であれば、最も重要なことは勉学に励むこと。家業の手伝いだかなんだか知りませんが、せっかくの自主学習に当てられる週末を、いつもいつも自宅に帰るなど」


 ヴィルジニーは「知らない」とは言ったが、どうやらそんなことはなかったようだ。話からすると、毎週末、自宅に帰っているようだ。


 それにしてもずいぶん厳しい言い方をするようだが、ヴィルジニーがそこまで言う理由も、わかる。


 入学時、首席とされていたセリーズ・サンチュロンの名前は、中間考査の順位表においては当然、その一番上ではなく、なんと上から七番目にあった。


「雑事にかまけているから、このようなことになるのです」

 ヴィルジニーも同じところを見て、言う。


 十位以内というリストに名前がある以上、その成績は決して悪いものではないとも言える。

 しかし庶民であるセリーズの、この王立学園における存在意義は、その成績が優秀であること。

 特待生に相応しい成績は、やはり首席。そうでなくても、教養科目の学科試験は満点でなければならないだろう。


 何よりも、本人がそのように思っているはずだ。


 セリーズの授業中の熱心な姿は、僕にも覚えがある。教師の言葉を一言一句、聞き逃すまいとするその姿勢は、鬼気迫るものにすら感じられた。


 そういう彼女の態度を思い出すと、この七位という順位、どうも腑に落ちない。


「週末はいつも? 自宅にお帰りになられる?」

 僕の問いに、両腕を組んだヴィルジニーは頷いた。

「ええ。金曜の授業が終わり次第、さっさと」

「家業の手伝い?」

「そう言ってましたわ」

「家業って?」


 度重なる僕の質問に、ついにヴィルジニーは顔をしかめた。


「知るわけがありません。興味もありません」


 言い切ったヴィルジニーに、僕は思わず辺りを見回す。

 その言い様に驚いたのはリオネルだけで、ベルナデットは苦笑を浮かべ、リリアーヌは我関せず、といわんばかりにそっぽを向いていた。


「そういう言い方、他の人間には聞かれないようにしてくださいよ」


 僕の指摘に、悪役令嬢はふんっと鼻を鳴らす。


「えっ? どういうことです?」


 リオネルが驚いたように訊ねてくるが、僕はそれを視線で制してから、二人の取り巻き令嬢を順番に見た。

「お二人は? ご存じない?」


 リリアーヌが、そっぽを向いたまま答えた。

「興味、ありませんので」


 まったく、このコたちは……


「一体なんだというのです? セリーズが何の関係があると」


 腹立たしげに言うヴィルジニーに、思わず残念なものを見る時の目を向けてしまう僕。


「なんですかその目は」

 ヴィルジニーに冷たく睨みつけられたが、まあ僕にとってはご褒美だ。


 微笑みを返した僕は、ヴィルジニーに近づく。

 不意の接近に彼女は身を引くことこそなかったが、不審げに目を細める。僕はその耳元に顔を寄せると、彼女にだけ聞こえるように囁いた。


「フィリップ王子が冷たかった理由、知りたいですか?」


 悪役令嬢は、先ほどとは違う種類の不審を浮かべた瞳を、上目遣いにして僕を見た。


貴方あなたにそれがわかるというのですか?」


 僕がそれに答える前に、いつの間にか接近していたベルナデットが、ヴィルジニーの腕を掴み、甘えるように抱き寄せた。


「ヴィルジニー様ぁ、そろそろ行かないと、課外活動、はじまっちゃいますよぉ?」


 それからリリアーヌに視線を送る。


「今日はぁ、お茶会をやるって言ってましたよね?」

「テーマはあくまでも、お茶会での礼儀作法ですよ? お茶とお菓子はおまけ」

「食べられるのはぁ、一緒ですよね♪」


 ベルナデットとリリアーヌの会話からすると、この後は例の課外活動――ヴィルジニーの社交場ヴィルジニーズ・サロンがあるのだろう。お茶会の回は令嬢方が競って贔屓のお菓子を持ち込むようになっていて、ずいぶん盛況だと噂を聞いていた。


 ヴィルジニーは友人にはすぐには答えず、僕をジッと見つめていた。

 僕が微かに頷きを返すと、悪役令嬢は深くため息をついた。


「ベット、リリ、先に行っていてください。わたくしは――少し、用事ができました」


 立ち去る彼女の友人二人。その背中を見て、二人はヴィルジニーに愛称で呼ばれているのか、いいな、とか思う。


「何を見ているのです」

 振り返ると、腰に手を当て、不機嫌そうなヴィルジニー。

「早く説明なさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る