第3話

23. ノーマークだったイベント

「ステファン殿!」


 金曜、カリキュラム終了後放課後


 寮に戻ろうとしていた僕を、呼び止める声。

 振り返ると、笑顔のリオネルがこちらに向かってくるのが見えた。



 リオネルとは例の一件以降、親交を深めていた。


 先日、ヴィルジニーの社交場ヴィルジニーズ・サロンについてフィリップ王子と話をした時、リオネルについても報告しておいたが、あのあとすぐ、王子はリオネルと接触したらしい。

 王子に労いの言葉を掛けていただいた、と興奮気味に報告してきた。


 将来の国王最有力候補なのだ、フィリップ王子は。そういう人物に行いを褒められる、覚えてもらえるというのは、若い貴族の子弟にとってはとてつもなく重要なことだ。


 僕には、リオネルを上手く使おう、というつもりがあった。


 彼の動向を監視下に置きたい、というのが一番ではあったが、しかし彼の持つ特徴、人が良く、交友関係が広く、僕が疎い下級貴族、一般市民の事情にも通じている等といった部分は、大変な利用価値がある。


 こういう人物とは、仲良くなっておくに限る。


 王子に彼の名を吹き込んだのは、そういう目論見があったからだ。

 僕が王子にそのように報告したと知れば、リオネルの僕への信頼度はより高まるだろう。


 実際、効果は十分だったようで、それ以来、何かというとこうやって気軽に話しかけてくるようになった。近づいてくる時にいつも少し顔が赤い気がするのが、若干気になるが――



 近くまでやってきたリオネルだが、その顔がやっぱり赤く見えて、僕は思わず聞いてしまう。

「リオネル殿、顔が赤いようですが……熱でもあるのではないですか?」


 リオネルは思わずといった様子で自分の額、そして両頬に触れてから、慌てて首を横に振った。


「いっ、いいえっ! これは……いえ、ご心配には及びません、体調はすこぶる快調です!」


 と、たくましい腕に力こぶなど作ってみせる。太く盛り上がる筋肉が羨ましい。


 まあ、元気ならいいのだが。


「そっ、それより……中間考査の順位表が出ているようですよ。ご覧になられないのですか?」


 そう言ってリオネルが示したのはすぐそば、僕がスルーしてきた、中央棟と呼ばれる校舎だ。


 そういえば、順位表は中央棟の学生ホールに張り出される、という話だった。

 掲示されるのは、上位十名だけ。全員分だと多すぎるし、下位の者を晒しても仕方ないという判断だろうか。

 正直、上位を晒すのも意味がよくわからない。成績優秀者を周知して他の生徒を鼓舞する等といった目的でもあるのか。



 ところで、学校が4月にはじまり、夏季休暇までのあいだに中間と期末、二度の試験があるというスタイルは明らかに、僕が前世に生きた世界の学校システムに影響されている。つまりは世界を作るゲームデザインの過程で、プレイヤーに馴染みのある現実前世の世界を参考にしたのだ。


 この事実は僕の目的にとっても、大きなヒントにもなる。学校生活で重要なイベントは、この世界ゲームでも重要な役割を果たす可能性が高い。


 とはいえ……文化祭や体育祭といったわかりやすいものはともかく、中間考査テストがイベントになるだろうか。

 いくらなんでも、恋愛ゲームのイベントにするには地味すぎるだろう。


 そういうふうに思ったので、上位十名しか掲示されない順位表には興味をもてなかった。テストにおける自分の得点はわかっていたし、他者と成績を比べる必要性など感じなかったからだ。



「いえ、わたくしは順位に興味は――」


 言いかけたのだがリオネルはニコニコして。

「さあ参りましょう。成績優秀なステファン殿なら、絶対名前がありますよ」

 と、僕の肩を抱いて向きを変えさせる。


 仕方ない。友達付き合いの一環として、付き合うとするか。


「そういえば先日頂いたカゴ! 使ってますよ! 洗濯から返ってきた下着類を引き出しに収納する必要はないというのは、いやまったく思いつきませんでした!」

「ああ……いちいち引き出しに片付けるのは意外と面倒だし、リオネル殿の性格からすると、奥の方に入ってしまったものは使われなくなってしまうでしょうから」

「いや、さすが……ステファン殿には、それがしのことはすべてお見通しですね!」

「いえ、なに……わたくしも同じだ、というだけのことですよ」


 また頬を赤くした偉丈夫に、僕はわけがわからず首を傾げる。



 校舎を目前にして、玄関口から出てくるグループがあった。


 先頭を行くのはフィリップ王子。いつもの穏やかな笑顔を浮かべている――が、僕はその口元の、いつもと違うラインを知っている。笑みに見えるが、あれは不機嫌な時の表情だ。


 王子と一緒にいるのはいつもの取り巻きグループで、彼らは王子の不機嫌には気づいていないようだ。調子よく軽口など叩きながら歩いてくる。


 王子は僕を見かけると、何か言いたげに顔を上げた。


「ステファン」

「フィリップ王子。いかがなされました」


 すぐに僕が問うと、彼は安心したように口を開こうとしたが、声を出す前に思い直した様子を見せ、一度口を閉じた。


「あー、うん……いや、なんでもない」


 絶対に何かあるだろう表情で、言う王子。

 食い下がりたい気持ちはあったが、しかし相手は王子である。二人っきりの時ならともかく、公衆の面前であまりしつこい真似はできなかった。

 すれ違う王子を見送る。


「ステファン殿、惜しかったですな」

「さすがのステファン殿も、やはりフィリップ王子には敵わないと見える」


 王子に続いてすれ違った取り巻き令息が、そう声を掛けていく。


 不機嫌な王子と、対称的に上機嫌な取り巻き達。

 中央棟から出てきたということは、やはり学生ホールで順位表を見てきたのだろうが、掛けられた声からすると、フィリップ王子の成績や順位が悪かったというわけでもなさそうだし――そもそも王子は、誰かに負けたからといって不機嫌になるタイプではない。


 彼らの背中を見送った僕は、フィリップ王子の不機嫌の理由を確かめられるだろうかと期待し、リオネルを引き連れて校舎へと入る。

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