4. それぞれの立場

 ゲームの公式サイトで、ステファン・ルージュリーは、攻略対象の四番目に紹介されていた。


 宰相の息子、という字面に、宰相ってなんぞや、と思った記憶がある。

 簡単に言えば、国政を担当する責任者だ。前世の世界で例えるなら、内閣総理大臣が、存在としては一番近い。

 この国における宰相の実態を一言で表現するなら「宮廷で国政を補佐する者」だ。国家元首は国王であり、その国王に任じられて、その職に就いている。だから偉いのは宰相本人で、将来ステファンが自動的にその地位につく、というようなことはない。

 宰相は、この国においては、世襲ではないのだ。

 しかし。


 宰相の息子。つまり、僕の父親、ファビアン・ルージュリーが宰相なわけだが、ルージュリー家が宰相を輩出するのは、はじめてのことではない。

 ルージュリー家は先祖代々、王宮の要職を担ってきたのだ。

 そういう家に生まれた僕は、当然のように、先祖と同じように王宮の要職、できれば宰相に就くことを期待されていた。だから家でもそういうふうに教育されたし、また外部からも、そのようになるのだろうと見られていた。


 そういうわけで「宰相の息子」という肩書きは、「有名だしそれなりに尊重されるが実態としての立場を保証されているわけではない」という意味を持ってしまっていた。


 公式的には、ルージュリー家が賜っている伯爵、その息子というのが、この国の社会における僕の身分だ。

 伯爵といえば上級貴族だが、ルージュリー家の立場は少し微妙で――まあこの件については、いずれ詳しく説明させてもらうとして。


 単純に、家柄としてはランク的に二つ三つ上になる“公爵令嬢”のヴァルジニー・デジールが、僕に対し高圧的に出るのも、当然と言える。ただ、今朝の僕とのやり取りは、その立場を鑑みても、かなり穏当なものであった。

 その身分を笠に着て、下位の者を見下すのが、普段の彼女だ。ちょうど、そう、セリーズにしたように。


 そんな彼女が、僕に対し比較的穏当に接してくれたのは、おそらく、僕の交友関係に理由がある。彼女は僕を通して、彼女の悪い評判を伝えられたくなかったのだ――



 入学式。新入生代表として壇上に上がったのは、今年度入学試験の最優秀成績者、特待生の、セリーズ・サンチュロンだった。その表情には隠しきれない緊張の色が浮かんでいたが、堂々とした態度で、立派に挨拶をやり遂げていた。


 彼女の緊張もわかる。前世の記憶を取り戻した今なら、尚更だ。


 王立学園は、この国で唯一の高等教育機関だ。当初は貴族の子弟のために設立されたという経緯があり、その学生の大半――ほとんど全員が、貴族の子弟だ。


 数年前、現国王は、この学園制度を改革した。それまで、貴族の子弟であれば無条件で許可していた入学に、学力試験を課すことにしたのだ。貴族の生まれであれば必ずこの学園に入るものであったのに、学力試験に合格しなければ、入学を拒否される――それはとてつもなく不名誉なことである、ということで、貴族は子息に、学力向上のための教育を施すことを余儀なくされた。その結果、王国貴族の学力水準は、またたく間に向上した。


 国王の目論見は、王国貴族の基礎学力向上だけではなかった。


 この学力試験を、貴族でなくても受験できるようにしたのだ。もちろん、成績が合格ラインを越えていれば、入学が認められる。

 優秀な者を、広く国中から見つけて、更に高い教育を施し、国全体の教育レベルを上げる。それが国王の目的だったのだ。


 しかし、平民の学園入学は、制度が改定されて以来、これまで一度もなかった。


 貴族と平民では、そもそもの基礎学力が違いすぎたのだ。

 平民にとっては、文字を読み書きすることさえ、貴重な能力だった。計算ができれば神童扱いだ。

 平民に対する教育機関がないことが、最大の原因だった。


 有名無実化していた平民の入学システムだったが、今年、ついにここに到達した存在があった。


 それが、我々の代表として壇上で挨拶をやり遂げた、セリーズ・サンチュロンだ。


 平民がこれまで達し得なかった合格ライン、それを突破しただけではない。なんと、貴族を含めた全受験者中で、トップの得点を獲得したのだ。


 平民としての快挙に、国王は喜び、史上初となる彼女の合格をただ認めただけではなく、彼女を特待生として、その学費、在学中の生活費を支給することにした。


 これらのことは、ゲームの設定として、僕だけが知っていることではない。

 すべて公表されている事実で、すべての貴族と、読み書きができる平民が知っていた。もちろん、ここにいる新入生全員も。


 壇上に上がった小柄な少女は、ここにいる誰よりも学力に秀でている、しかし、庶民の生まれの子なのだ、と。


 そしてまた、賢い少女も、気づいている。自分が目の前にしている同級生たちが、身分の差を軽々と飛び越えて自分たちを見下ろしている彼女のことを、苦々しく思っているということに。


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