3. 出会いイベント

「なにをなさっておいでです、ヴィルジニー・デジール嬢」


 僕がそう言うと、は悪びれもせずそっぽを向く。

「貴方に問いただされる筋合いはございませんわ」


 なるほど、筋合いか。

 現世において、僕と彼女は知らない仲ではないが、それを言われてしまうと、僕の方が確かに弱い。


「彼女はすでに、いますよ」

 そう言っておいてから、僕は事態の推移を見守りおとなしくしていたセリーズ主人公の方へと向き直った。


「入学式が行われる講堂はあちらですよ、セリーズ・サンチュロン殿」

 僕がそう言うと、彼女は驚いたように目を見開いた。


「あっ……わたし――ワタクシ、の名前を、ご存知なのですか?」

「もちろんです。今年度、王立学園入学試験を最優秀の成績で合格した、セリーズ・サンチュロン殿」

 僕は横目で、ヴィルジニーの様子を伺いながら続けた。

「特待生の貴女あなたが、遅刻してはいけない。急いだ方がよろしい」

「あっ、えっと……」

 彼女はやはり戸惑った様子で僕、そしてヴィルジニーの顔を見比べたが、僕が動かした視線に気づくと、ペコリと頭を下げて、それから僕が指し示した方、入学式が行われる講堂の方へと、小走りで駆けていった。


「どういうおつもりですの?」

 セリーズが十分に離れるのを待ってから、ヴィルジニーは先程と同じ言葉を、先程よりもずっと低い声で言った。僕の立場を慮って待っていてくれたのだろうと思い、しかし見ればその作りだけは美しい顔いっぱいに不満を貼り付けて、僕を睨みつけている。


「あのようなこと、美しい貴女あなたには似合いませんよ、ヴィルジニー・デジール嬢」

 前世の僕では恥ずかしくてとても言えない台詞だが、今の僕なら自然と出てくる。


 令嬢、ヴィルジニーは、僕の言葉に怪訝な顔をする。


 見目麗しいヴィルジニー・デジール令嬢は、容姿を褒められることなど日常茶飯事だろう。しかし、過去に彼女に対し、この僕が、その見た目に言及したことなどなかった。彼女の浮かべた怪訝な顔は、そのためだろう。


貴方あなた――いかな宰相殿のご子息とはいえ、このわたくしに意見できる立場でして?」


「意見だなんてとんでもない」

 僕は苦笑し、わざとらしく肩をすくめてみせる。

「僕はただ、友人として、目に余る行為を見逃せなかっただけです」


 ヴィルジニーは、こちらもわざとらしく小首を傾げた。

「友人? 貴方とそのような関係になった記憶などございませんが?」

 そう言って、彼女は身をすくめるように両腕を抱く。


「貴女のために言っているんです。素直に聞き入れた方がいい」

 しかし、彼女は身体ごとそっぽを向いてしまった。

「余計なお世話ですわ。貴方に説教される筋合いなどございません」


 彼女はまた「筋合い」と言った。そう言えば、僕が黙るとわかっているからだ。


 そもそも、どういうつもりかと聞いてきたのは、彼女の方なのに。

 そういう態度を取られてしまうと、僕の方もこの場には居づらくなる。入学式に出なければならないのは僕も同じだし、ここらで退散させてもらうとしよう。


 彼女をおいて一人、きびすを返した僕は、ふと、今の一連のやり取りに、違和感を覚える。


 入学式に向かう主人公。その前に立ちふさがり意地悪しようとする悪役令嬢。

 そして、それを目撃し、間に入る僕。

 これではまるで、ゲームの冒頭、出会いのイベントではないか。


 おそらく――僕は自分の想像に、確信じみた覚えを得る。

 今のはたぶん、思ったとおりの現象だ。

 つまりは乙女ゲームにおける、主人公と、の出会いイベント。



 現世においての僕は、この王国の宰相の息子、ステファン・ルージュリー。


 整った顔立ちと、その怜悧な瞳を隠すシルバーフレームのメガネ、スラリとした印象の――要するに、華奢で長身の無駄に美形なインテリメガネ。


 僕は、この“ゲーム”の、攻略対象の一人だ!


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