2. 知っていること
タイトルは、確か「桜の舞う道の――」違うな。「桜舞い散る道の――」やっぱり違う。
とにかく、「桜」、そして「道」の字が入っていたのは間違いない。ファンはそのゲームを『サクミチ』と略していた。思い出したのは、桜が舞う並木道が、メインビジュアルに使われていたからだ。
タイトルすらうろ覚えなのに、なぜここが乙女ゲームの世界だと判断できたのか。メインビジュアルに使われた桜並木だけではない。そこに立つ、二人の少女の存在のせいだ。
僕がかつて生きていた前世では、インターネットとかSNSとかがあった。興味がある情報をpostするアカウントをフォローしていれば、関連情報がいくらでも入ってくる。そんな世界だ。
そういう、僕の前を大量に通り過ぎていく情報、その中に、そのゲームの情報はあった。
フォローしている神絵師――プロのイラストレーターのpostした情報だ。
僕が大好きなイラストレーターがキャラクターデザインを担当した、それが、そのゲームのことを知ることになったきっかけだった。
僕、つまり前世でも男性だった僕が好きだったイラストレーターは、主に男性ウケする女性キャラクターを描くのが得意な人物だった。そういう人物が、なぜ乙女ゲームのキャラクターデザインを、と思うだろう。そういう興味が、僕がそのゲームについて、ちょっと調べてみることになった理由だ。
そのゲームは、人気イラストレーターを二人、起用していた。
攻略対象となる男性キャラクターは、女性に人気の高い男性を描くイラストレーターが。
そして主人公や、そのライバルとなる女性キャラクターは、女性キャラクターに定評のあるイラストレーターが。
それぞれ担当していたのだ。
乙女ゲームのライバルとなる女性キャラクターのために、二人目のイラストレーターを起用するなんて、制作費の使い方的にどうかと思いもしないでもないが、結果的にそのことが、僕のような乙女ゲーム自体に興味のない人間にも訴求していたのだから、それを目論んでいたのだとすれば、成功だと思う。
そういうわけで、僕はそのゲームについて、基本情報を知っていた。発売前に公表されるタイプのヤツだ。主人公と、メインの攻略対象と、やはりメインのライバル。設定的なイラストと、イメージイラスト。
結果的に、それでお腹いっぱいになった僕は、結局ゲームをプレイすることはなかった。だってゲームの中身は乙女ゲームだ。いくら女性キャラのイラストが好みでも、ゲーム中でその子達と仲良くなれるわけではない。
だってゲームにおいて、女性キャラはライバルなんだもの。
基本的には、敵だ。
店舗別予約購入特典につられて、ネット通販でゲームソフトは手に入れたが、それで満足だった。
ゲームソフト自体は、パッケージの封も切らずに、棚に並べてしまっていた。
僕は自室の――もちろん前世での――壁に飾ってあった、予約購入特典の、描き下ろしイラストを使った大きなポスターを思い出していた。
もちろん、僕がファンのイラストレーターが描いた、僕の性的嗜好ど真ん中の女性キャラクター。彼女は――
「お待ちなさい」
貴族令嬢が続けて口を開こうとする寸前、僕は二人の間に割って入る。
「なっ……どういうおつもりです!?」
貴族令嬢から投げかけられた抗議の声を無視して、まずはもう一人の方、赤毛の、小柄な少女の方に視線を向ける。
戸惑いの色を隠せずこちらを見上げてくる少女。
彼女こそが、この“ゲーム”の主人公、セリーズ・サンチュロン。
そして――僕は、痛いぐらいに鋭くした視線を投げかけてくる、金髪碧眼の令嬢に顔を向ける。
――僕の部屋に飾ってあったポスター、そのイラスト、そのままの姿。
その令嬢が、主人公の最大のライバル、この“乙女ゲーム”の悪役令嬢、ヴィルジニー・デジール。
前世で、僕の性的嗜好ど真ん中を、豪速球ストレートでぶち抜いてった
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