第12話 今度は
(エクス……無事でいてくれ……)
そう願いながらシグレは空を蹴った。
残りのモンスター討伐を仲間に任せ、エクス救出の為に廃ダンジョンへと向かう。エモに話を聞く限りでは既に充分な時間が経っているとシグレは思ったが、それでもエクスの無事を願わずにはいられなかった。
(私はもう二度と友の死に様なんぞ見たくない!)
素振りの件以降、シグレはエクスのことを友人だと思っていた。そんなエクスと故郷の凄惨な風景とが重なって、シグレは何か込み上げてくるものを感じた。
(……私は何を考えているんだ)
シグレは頭の中のイメージを振り払おうと、現実に目を向けた。すると、少し荒れた場所を発見した。そして、その場所の近くに座り込む人が……
「ミラ殿!?」
シグレは道に降り立つと、ミラの元に走った。
「大丈夫か!?ミラ殿!」
ミラは木に背中を預けて脱力していた。シグレは急いでポーションを取り出し、出血していた足にかけた。幸い、致命傷ではないようでシグレは胸を撫で下ろした。シグレの持つポーションは高級品だが、深すぎる傷は治せないのだ。
「シグレさん」
ミラが弱々しくもはっきりとした声でシグレに声をかけた。
「私はもう大丈夫だから、エクスの所に行ってあげて」
「向かった先はわかるか?」
「道沿いに進んだ先のダンジョンだと思うわ」
「わかった。恩に着る!」
シグレはまた走り出した。ダンジョンは基本的に行き止まりなのだから、ダンジョンに逃げ込むのははっきり言って悪手だ。シグレには嫌な予感しかなかった。
「はあっ、はあっ」
エモもシグレを追って走っていた。自分が行っても無駄なのはわかっていたが、待っているという選択肢は無かった。
エモにはエクスと出会うまでの記憶が無いが、エクスは特別な存在だという気がしていた。この世にたった一人しか居ない。そんな気が。
(エクスさんは、私が……)
エモの透き通るような白髪が、一歩進むごとに大きく揺れた。
シグレは周りの一段と激しい戦闘痕から洞窟がダンジョンだと推察すると、立ち止まる事なく駆け込んでいく。
(この感覚……!)
シグレはダンジョンの中に入ると『呪い』を感じ取ったが、エクスやエモと同様に耐性があった。そしてその感覚はやはり自らが調べているものと同じであると悟った。
(それにしても静かだな)
シグレはオーガの急襲に警戒しつつ、周囲を見回した。すると、少し進んだ先に倒れた立て看板のある横道があった。そこに狙いをつけて進んでいく。
立て看板を踏み越えた先は、異様だった。
「なんだ……これは……!?」
シグレは顔を引きつらせて呟いた。
濃度の濃い『呪い』。
壁に開けられた大穴。
大穴の中の品々。
真っ二つのオーガ。
そして……
「エ、エクス!」
シグレはうつ伏せになって倒れたエクスに駆け寄った。仰向けに寝かせて、その傷の深さに愕然とする。
(こ、これでは……)
エクスの傷は明らかに致命傷だった。体の大部分が血で染まっていて、呼吸は浅く脈拍は弱かった。シグレはそれでもポーションをかけるが出血が止まる程度にしか回復しなかった。
「くそっ!私がもっと早く着いていれば……!」
シグレにはもうどうすることも出来なかった。目線を落として項垂れると、エクスの右腕が目に入った。
「このアザ……」
エクスの右腕に刻まれた灰色のアザ。文字のようにも模様のようにも見えるそれは、シグレもよく知るものだった。
「そうか、エクス。お主も成ったのだな……」
アザは、『特別な力』を持つものに現れる特徴だった。シグレはどうしてエクスがオーガを倒せたのか、その理由が分かった。
「そんな事を知っても、どうしようもないな……」
シグレは自嘲気味に呟いた。
「エクスさん!」
暫くして、エモがダンジョンに到着した。倒れたエクスを見つけて悲痛な表情で駆け寄る。シグレはそんなエモを見てそっと場所を譲った。
「エクスさん、起きてくださいよ!エクスさん!!」
エモはエクスをゆするが、エクスは何も反応を返さない。エモは少しの間硬直していたが、何かに気づいたのか勢いよくシグレに向いた。
「そ、そうだ!ポーションですよ!ポーションをエクスさんにかけてあげて下さいシグレさん!」
エモは縋るようにシグレに頼む。
「……エクスにはもう使った。使って、その状態なのだ」
シグレは淡々と、下を向いたまま答えた。エモもそのことは薄々わかっていたのか、
「……う、うぅ」
何も返せずに嗚咽を洩らすだけだった。
時間が経っていく。遂にエクスの死は秒読みの段階に差し掛かっていた。
そのときエモは強い自責の念に駆られていた。
(私がエクスさんを励ますって、そう思ってたのに)
(私がエクスさんを支えるって、そう誓ったのに)
(エクスさんを守ってって、そう頼まれたのに)
「私は、何も、出来なかった……!」
エクスを掴む手がぎゅっと縮こまった。
「エクスさん、教えて……?」
「……」
「私は何をすれば良かったの?」
「……」
「どうしたら、あなたを守れたの?」
「……」
エクスは答えない。涙がエモの頬を伝ってエクスに落ちた。
「エクスさん…っ!」
そう言ってエモがエクスを大きく揺さぶったとき、
〈カチャ〉
と、何かがエクスのポケットから落ちた。エモは反射的にそれを見た。
「あ……」
それは、エモが市場で気になっていた髪留めだった。エクスはどのタイミングか、エモに内緒で買っていたのだ。
「エクスさん……」
エモはエクスを振り回してばかりだったので引け目を感じていたが、エクスはそのことを楽しんでいた。髪留めは楽しませてくれたことに対する感謝の気持ちだった。
「うっ、ううぅ……」
感情が溢れた。
じんわりと胸が温かくなっていく。
涙を拭いて、エモは無理矢理微笑んだ。
「今度は私の番ですよね、エクスさん」
エモはエクスに語りかける。はっきりと、元気な声で。
「今度は私が、ここからエクスさんを助け出す番です!」
エモの中で何かがカチリと嵌った。同時にエモの真っ白の髪の毛が一部金色に染まっていく。その模様はエクスの右腕と良く似ていた。
「な、何だ!?」
シグレが驚きに声を出した。突然、エモの周りに金色の小さな歯車が浮かび上がったのだ。
「
歯車がエクスの中に入り込み、損傷した部位を治す。その効果は凄まじく、瀕死だったエクスを一瞬にして回復させた。
エクスの治療が終わると力を使い果たしたのかエモの周りの歯車は消えてしまった。エモは呼吸を荒くしつつも満足気な表情を見せた。
「ん……」
「エクスさん!」
エクスの目が覚め、上からエモが抱きついた。エクスは状況を飲み込めてはいなかったが、
「エモ、ありがとうな……」
と、エモの頭を撫でた。
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