第11話 回帰

 エクスは追い込まれる様に廃ダンジョンに走って行く。


(A区画なら奴の攻撃も弱まるか?)


 向かう先はA区画。エクスは入り口の立て看板を蹴り飛ばして中に入った。


 しかし、入ったところで気付く。


(狭すぎる!)


 小さなA区画ではオーガの攻撃を避けることは難しい。いくらダンジョンの『呪い』で威力が弱まったとしても、ただの時間稼ぎにしかならない。


 そんなエクスをよそに、オーガはすぐそこまで迫ってきていた。既にマナは溜まっており、あとは振るうだけだ。正気を失ったオーガは後先を考えない。二回目のこの攻撃でマナが尽きるとしても、今持てる全てを使ってエクスを破壊しに行く。


「GAAAAAAA!!!」


 オーガは大きな叫び声ともに最後の一撃を放った。


「うおおおぉぉ!!」


 エクスは袋の鼠の状態。エクスに残された選択肢は、腕を前でクロスして、攻撃を受けることだけだった。


 圧倒的な圧力を持った攻撃は、エクスを壁に押しつけ、その壁すらも破壊して、隣接していた空間に押し飛ばした。


「がふッ」


 エクスは気がつけば仰向けになっており、口から血を吹き出していた。意識は朧げで、体は言う事を聞かない。


 周りには魔法陣が描かれた書類やケーブルが転がっていた。一度は崩落した研究室だが、オーガの攻撃によって再度穴を開けられたのだ。エクスが最初に発見した時は暗い空間だったが、大穴からダンジョンの光が届いていた。


「GA、GA、GAA」


 オーガは息を切らしながらも、まだ力が残っているようだった。とどめを刺すため、ゆっくりと、しかし着実にエクスに近づいていく。


 エクスは動けなかった。動かなかったのではない。今度は、気合でどうにかなるような問題ではなかった。


 エクスは朦朧とした意識の中で、走馬灯のようにエモとの出会いを思い出していた。


(最初は、アーティファクトを狙ってたんだよな……。それで、なぜかエモが居て……)


 エクスの側には一冊の本が落ちていた。


(そうそう……。エモは最初地面に座ってたんだよな……。ちょうどこんな本が足元に落ちていたっけ……)


 エクスは本の表紙を読んでみる。


「魔法名『回帰リターン』。—大切なモノを取り戻す魔法—」


(良いタイトルだ……)


 エクスがそう思ったとき、突然本が輝き出した。本はふわりと宙に浮いて、エクスの真上で開かれる。中を見たエクスは、本の中に意識が吸い込まれるようにして気を失った。







——エクス、5歳。


 しっぱいした。


 おれはがいじめられてたから、ちゃんとまもったのに。


 ミラは数人の町民に囲まれていた。


「我らが神を侮辱するな!」


「穢れた女め!」


「異端は出て行け!」


 ミラはエクスを後ろに隠すようにして、


「ただ買い物に来ただけなんです!もう布教はしませんから!」


 と懇願の声を上げていた。


「かあさんをいじめるな!」


 エクスはミラの手から離れると、前に出て叫んだ。


「これいじょうはゆるさないぞ!」


「ちっ」


 町民は舌打ちを残して去っていった。


「かあさん、うちにかえろう?」


 そう言ってエクスがミラを見ると、ミラは悲しそうな表情をしていた。このとき、エクスは


(しっぱいした)


 と思った。


(あんなおとなたちにまけるもんか!)


 エクスはこの日から素振りを始めた。




——エクス、8歳。


 失敗した。


 もう何度目かわからない。イメージは完璧なのに。


 エクスは額に大粒の汗を浮かべながら、自分の指先に集中していた。自らのマナを絞り出して、火になるように念ずる。そのとき思い出されるのはある会話だった。


「俺、開拓者になるよ」


「どうして?」


「開拓者になれば、お金持ちになれるからだよ。お金持ちになって、かあさんに楽させるんだ」


 ミラはそれを聞いて、


「ありがとう。エクス」


 と、悲しそうに笑うのだった。




——エクス、12歳。


 失敗って、なんだ?


 俺は最初からダメだったんだ。そう、これは予め決められた運命だったんだ。


 エクスはこの日、初めて開拓者ギルドの中に入った。12歳にして、やっと指先に火をつける事ができるようになったからだ。


 そんなエクスを周囲の目は嘲笑った。


「ひゃひゃひゃ!おい、見ろよ!あんなにマナが少ないやつ、初めて見たぜ!」


「お前じゃ逆立ちしても開拓者になれねぇよ」


「ごめんなさい。あなたには可能性が感じられないわ」


 エクスは孤児院に戻った。


「あら、おかえりエクス。早かったわね」


「うん。ただいま、


 ミラは持っていた箒を落とした。







 そしてエクスは意識を取り戻した。長い時間のように感じられたが、実際には1秒にも満たないほどの刹那の出来事だった。


 光を放っていた本は役目を終えたのか粒子となって消えていく。エクスはその様子を見つめながら


「思い出した」


 と呟いた。


「俺は今まで、ずっと隠していたんだ」


 オーガは既にエクスの側にきていた。


「マナがないから、開拓者になれないって言いながら」


 オーガは止めを刺すために拳を振り上げた。


「大切な人を守れないことを」


 拳が振り下ろされる。


 エクスの頭目掛けて。


 しかし、響くのは地面に拳が当たった音だけだった。


「GUA?」


 オーガは困惑して周囲を見回す。すると、オーガの背後から声が聞こえてきた。


回帰リターン


 オーガが驚いて後ろを向くと、右手を上げてエクスがいた。そのエクスの右腕には、灰色のアザが浮かび上がっていた。


 エクスは、全身に灰のようなモノを纏っていた。そしてその灰がエクスの右手に集まったかと思うと、次の瞬間には剣が握られていた。それは、エクスが素振りのときに使っていた木剣だった。


「俺が剣を振る理由ルーツ。それは、大切な人に、悲しい顔をさせない為だ」


 エクスは、右手の剣に左手を添えた。


 そして……


「はッ!」


 一閃。オーガの体は二つに斬られていた。


 オーガの体が崩れた。それとほぼ同時に、エクスも倒れた。全身を包んでいた灰のようなモノは霧散し、木剣が地面に落ちて乾いた音を立てた。


「俺が間違ってたみたいだ。エモ……」


 エクスは薄れゆく意識の中呟いた。


「俺でも、モンスターは倒せた……」




 魔法名『回帰リターン』。—大切なモノを取り戻す魔法—


 この日、エクスは『自信』を取り戻した。

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