第9話 異常事態


「どう言う事だ?」


「……わからん。だが、何かがある筈だ」


 シグレはそう言うことしか出来なかった。ダンジョンの効果と病の共通点など、今までにない発見だったのだ。


「ダンジョンはすぐ近くにあるから、寄っていくか?」


「そう……だな。この辺りの採取が終わったら、そうして貰えるとありがたい」


 既に二人は薬草が生えている場所に着いていた。エクスはナイフを抜くと、薬草や縄になる蔓などの売れる植物を採取し始めた。




「よし。一通り終わったぞ」


 エクスはシグレにそう伝えた。シグレは考え込んでいたが、エクスの声を聞いて顔を上げると、


「では、ダンジョンに連れて行ってもらえるだろうか?」


 と言った。


「わかった」


 エクスがそう答えたときだった。


〈カンカンカンカンカン!!!〉


 突然、けたたましい音が町の方から聞こえてきた。その音を聞いたエクスは表情をこわばらせて


「この音……まさか!?」


 と急いで荷物をまとめ始めた。


「エクス、この音は何だ?」


 エクスはシグレの方を向きもせず、叫ぶ。


「これは……モンスターの襲来を伝える、警告音だ!」


「何!?」


「シグレ、先に行っててくれ!」


「分かった!モンスターの方は、私が何とかしよう!」


「ああ!俺はミラとエモを探す!」


 シグレは頷くと、町に向かって飛んで行った。エクスは、


(くそっ。こんな時に魔法があれば……。ミラさん、エモ、無事でいてくれよ……)


 と思いながら、町に走り出した。




 町の市場は飛び交う悲鳴と逃げ惑う人々で混沌としていた。何の前触れもなく、突如として複数のモンスターが町の中に出現したのだ。


「オ、オーガがでたぞおおぉ!」


「中級モンスターが、何でここにいるんだ!?」


「ひ、ひいぃ!」


 体長3メートル弱の鬼のようなモンスター、オーガは、町の建物を易々と破壊し、人々を恐怖のどん底に突き落とした。


 しかしその一方で、オーガに果敢に挑む者もいた。


「はああぁぁ!」


 大剣使いの男は、掛け声とともに大剣を振り下ろした。危険を察したオーガは避けようとするが、完全には避けきれずに片腕を切り落とされてしまう。


「GUGAAAAAA!?」


 大剣使いは、バックステップでオーガから離れると、


「今こいつ、避けようとしなかったか?普通のやつより賢いな」


 と呟いた。


「現われ方が異常ですし、何か裏があるのかもしれませんね」


 後方で支援をしていた男が、大剣使いにそう返した。


「グラッドはともかく……シグレさんは何をしてるんでしょうね」


「早く応援に来てもらいたいな」


 そう愚痴をこぼしながら、二人はマナを解放した。




 ミラとエモは手を繋いで走っていた。オーガが現れたのは、ちょうど二人が市場で買い物をしているときだった。


「エモ!こっちよ!」


 ミラは咄嗟にエモの手を取ると、孤児院に向かって駆け出した。昔から、何か大変な事があったら孤児院に集合する、というのをエクスと決めていたのだ。


 近道の路地裏を通って、市場から孤児院に走る。普段は治安が悪いので殆ど使わない道だが、今はしのごの言ってられない状況だった。


 エモはどうしていいか分からずにミラについていくだけだったが、その分周りに気を配れたのか、走っている途中に


(あ、シグレさんだ……)


 頭上を飛んでいくシグレを発見していた。


 幸いな事に、孤児院の周辺は被害が少なかった。この辺りにはオーガが出てきていなかったのだ、そう思ったミラは路地裏から飛び出してそのまま孤児院に走る。


 しかし、その途中で足を止めてしまった。不思議に思ったエモがミラの顔を見上げると、ミラの顔は蒼白で、ただ一点孤児院を見つめていた。エモは導かれる様に孤児院に顔を向けた。そこには……


「GUAAA……GA?」


 一際大きな個体の、オーガがいた。そして、そのオーガは気配を察知して、こちらに振り向いた。


「あ……」


「ひ……」


 二人はオーガの鋭い目に射すくめられて、道の中央で立ち尽くしてしまった。オーガはその様子を見て、口角を釣り上げ


「GUGAGAGAGA」


 と笑いながら歩き出した。


「……っ!」


 意外にも、エモはミラより先に我を取り戻した。そして、震える足を強引に動かした。今度はエモがミラを引っ張り、足がもつれそうになりながらも必死で走る。


(私が、ミラさんを守らなきゃ!)


 エモは、襲撃の前にしていた会話を思い出す。




「エクスは、私の事をずっと守ってくれていたの」


 ミラはエモに語り出した。


「でも、私はエクスの事を守ってあげられなかった」


「そ、そんなこと無いですよ!」


 エモが反論する。


「いいえ。そのせいで、エクスは一人で沢山抱えこんでしまった」


「……」


「だから、私は決めたの。もう少しエクスの成長を見届けたら、私はエクスから離れると」


「そんな……」


「エモちゃん。出会ってすぐのあなたに頼むのも変だけど……エクスを支えてあげて。エモちゃんなら、任せられるわ」


 ミラの懇願の眼差しに、エモは


「……わかりました」


 とだけ、答えたのだった。




「ミラさん。エクスさんを見届けるって言ってたじゃ無いですか!」


 エモは叫んだ。それを聞いたミラは、


「そ、そうね……。そうだったわ。私、まだ頑張らないと」


 と自らを奮い立たせた。


 しかし……


「どうにかして開拓者に助け」


「GA」


「きゃあ!」


 オーガがガレキを投げると、その衝撃で二人は転んでしまった。エモは体を起こして、急いで振り返る。


「うぐ……はっ!」


 オーガは、すぐそこまで来ていた。下卑た笑みを浮かべて、こちらを見下ろしている。


「あ……」


(足が動かない……)


〈ドスン、ドスン〉


 エモには、オーガの足音がやけに大きく聞こえた。


 万事休す。そんなとき、考えるのはあの人のことだった。


(エクスさん……助けて!)


 エモがそう思ったとき、


〈バシッ〉


 と、オーガに小石が当たった。


 オーガと二人は小石が投げられた方向を向く。


 そこには……


「その二人に、手を出すな……!」


 エクスが立っていた。

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