第8話 深まる謎。歩み寄る恐怖。

 次の日、夜明け前。


 古ぼけた孤児院の一室でエクスは目を覚ました。そばに置いておいた外套を手に取って、そこで気づく。


(そう言えば仕事無くなったんだったな……)


 既に目が覚めてしまい、二度寝する気にならなかったエクスは、


(素振りでもするか)


 と、庭に出た。すると、そこには先客が居た。シグレが刀を正面に構えた状態で中央に立っていたのだ。そして、


「はッ」


 と言う声とともに、刀を振り下ろした。


「おはよう。シグレ」


「む、エクスか。起こしてしまったか?」


「いや。俺も素振りをしようと思ってな」


 言いながらエクスは立て掛けられた木剣を手に取った。


「では、少し見させてもらおう」


「そんなに大層なものでもないが」


 そう言うと、エクスは深呼吸をして、


「はッ!」


 といつも通りに剣を振った。その姿は、ただの町民とは思えないくらい、とても様になっていた。


(愚直な剣だ。だが、嫌いじゃない)


 シグレはそう思った。エクスの素振りからは、長年の積み重ねが感じられた。そんなエクスの努力を好ましく感じたシグレは、


「エクス、お主の剣は少々直線的過ぎるな。剣が正面に来るときは……」


 と、半ば強引に、エクスに剣を教え始めたのだった。




「なあ、シグレ。どうしてお前は開拓者になったんだ?」


 稽古の休憩中、エクスはシグレにそんな事を問いかけた。


「私は、ある病について調査する為に開拓者になった。私の故郷を襲った、難病だ」


「……すまない。嫌な事を聞いてしまった」


「いや、良いんだ。むしろ、私はその事を思う度に、力が込み上げてくる」


「シグレは強いな」


「私に限った話ではない。行動に理由ルーツがあれば、誰だって強くなれる」


「そんなものなのか」


「ああ。エクスにはルーツはないのか?」


「……分からない」


「なら、見つかるといいな」


「そうだな」


 ここで一旦会話は途切れた。


(ルーツか……。俺は、何のために剣を振っていたんだろうな……)


 エクスは少し考えたが、「やはり思い出せない」と呟いた。シグレにはそんなエクスの呟きが聞こえていたが、何も答える事はなかった。それからしばらくして、シグレは


「よし、エクス、立て。稽古再開だ!ルーツとは別に、私がお主を強くしてやろう!」


 と言って、二人は稽古を再開した。既に日は出てきていて、辺りは明るくなっていた。起きてきたミラは、窓越しに二人が楽しそうにしているのを見て、ネックレスを軽く掴んで微笑むのだった。




「こんなに賑やかな朝ごはんは久しぶりね」


 ミラはそう言いながら楽しそうに四人分の朝食を並べた。二人には大きすぎたテーブルだが、四人分並べてみるとちょうど良く、ミラは充足感のようなものを感じていた。


「エモ、遅いな」


「うむ。起こしてくるか?」


 既にエクスとシグレは席についていた。しかし、エモはまだ起きてきていなかった。そこでシグレが起こしに行こうとしたとき、


「おはよーございますぅ……」


 エモが目をこすりながら部屋から出てきた。


「エモちゃん、寝癖がひどいことになってるわよ」


 ミラの言う通り、エモの頭の上にはいくつものアンテナが立っていた。ミラはエモの髪の毛を押さえながら、


「朝ごはんよ。ほら、そこに座って」


 と、まだ寝ぼけているエモを席に誘導するのだった。


 朝食はベーコンと目玉焼きがのったトーストだった。シグレは一口食べて、


「美味い。……しかし、突然押しかけてしまって済まないな、ミラ殿」


 と言った。


「いいのよ。ここは孤児院なんですもの。いつでも大歓迎よ」


「ああ……」


 シグレもミラの優しさに毒気を抜かれてしまったようだった。


「今日はどうする?」


 エクスはそんな事をみんなに聞いた。


「私は夜ご飯の買い物に行かないと……エモちゃんも一緒にどう?私、エモちゃんとお話ししたい事があるの」


「わかりましたぁー」


 エモは分かってなさそうな声で返事した。


「私はエクスの護衛だからエクスについて行くぞ」


「それなら、廃ダンジョンの周りで薬草採取でもするか。前に行った時、生えてるのが見えたんだ」


「よし、ではそうしよう」


 こうして、朝食の時間は過ぎて行った。




 エクスは、巾着袋を肩にかけ、腰にナイフを括り付けて町をでた。横には、普段と同じ格好をしたシグレが着いてきていた。


「こっちだ」


 エクスが先導して目をつけていた場所に向かっていく。


「エクス、お主はなぜ廃ダンジョンに行っていたのだ?」


 途中、シグレはエクスに問いかけた。


「ああ、それは……」


 エクスは今までやっていた仕事についてシグレに話した。そして、ついでに『呪い』の話を始めた。


「そのダンジョンにはある効果がずっと残っているんだ」


「活動を停止しているのにか?」


「ああ。変だろう?まあ、効果と言っても、ただ疲れやすくなったり、体に力が入らなくなるだけなんだがな」


 その話を聞いて、シグレは突然血相を変えた。


「エクス!その話は本当か!?」


「……ああ。実を言うと俺は感じた事がないんだが、周りの同僚はみんなそう言っていたな」


「一部の人間には効かない。そこも同じ……」


「どうしたんだ?」


 エクスは訝しげにシグレに問いかけた。


「私はある病を調査していると言ったな」


「そうだな」


「お主の今言ったことと、その病の症状が……一致しているのだ」


「……なんだと?」







「ぐ、うぅぅ……」


 同時刻、町の中心部、最も高級な宿屋のその一室で、グラッドはうめき声をあげていた。骨の軋むような痛みは昨夜からずっとグラッドを苦しめており、動くことも、眠ることもままならない状態だった。


 朝日がカーテンの隙間から差し込んできて、グラッドの頬に当たった。鬱陶しく感じたグラッドは、痛みに耐えながら腕をかざした。


 その腕は、赤く変色し、ぼこぼこと膨張を繰り返していた。


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