第7話 一難去って……

「それで、二人はどこに住んでいるのだ?」


 シグレが聞いてきた。


「俺は近くの孤児院に住んでいる」


「わわ私も、今日から孤児院です」


「ふむ……。因みにその孤児院、もう一人分の余裕はあるか?」


「まあ、俺達含めて三人しかいないから、部屋に余裕はある筈だが……。何でそんな事を聞くんだ?」


「私も世話になろうかと思ってな」


「えっ!?」


 エモは驚きに声を上げ、エクスは目を見開いた。


「ど、どうしてですか?」


「夜に寝首をかかれては困るだろう?私も護衛をするからには、とことんまでやりたいのだ」


(そこまでやる必要があるのか?あの大男ならやりかねないって事か?)


 エクスは疑問に思ったが、特に断る理由もなかったので、


「俺は構わないぞ。エモはどう思う?」


 と答えた。エモは、


「え、えっと、私は……。エクスさんが良いって言うなら……いいと思います」


 と、声量が尻すぼみになりながら、エクスに同調した。エクスはそんなエモの様子に違和感を感じたが、


(あんな事があった後だから、疲れてるのか)


 と思っただけだった。一方のシグレは二人の良い返事に明るく、


「よし、決まりだな!なに、心配するな。居候するからにはしっかりその分の寄付はする」


 と返した。そして、


「では、荷物を宿屋から取ってくるゆえ、少し待っていてもらえるだろうか?」


 と聞いた。


 エクスが「ああ」と言うや否や、シグレは飛び上がり、空中を蹴って夕焼け空に消えて行くのだった。


「凄い……。あれも、魔法なのか……?」


「凄いですね……」


 残されたエクスとエモは、シグレの飛んで行った方向を眺めながら、話し始めた。


「何か疲れてるみたいだが、大丈夫か?」


「えっ?あっはい!私は全然大丈夫です!」


 シグレがいなくなった事で、エモの心のざわめきはなりを潜めていた。まだまだ元気そうな声を聞いて安心したエクスは、


「今日は、大変だったな」


 と、しんみり言った。


「そう、ですね」


「色々あったが、何とかなったな」


 エモがエクスの方に顔を向けると、エクスの穏やかな横顔が見えた。


「……エクスさん」


「なんだ?」


「エクスさんが開拓者になれないのって……」


 エクスは、「ああ、そのことか」と呟くと、


「俺のマナが少ないからだ。皆無と言って良いほどに」


「マナが無ければ、魔法は使えない。魔法が使えなければ、開拓者にはなれない」


「……」


「単純なことだ。だが、だからこそ、抗い難い」


 と、エクスは心底残念そうに言うのだった。そして、それを聞いたエモは、


「私は、エクスさんは開拓者になれると思います!」


 はっきりと言い放った。


「エクスさんには勇気があるし、今日だって『王都開拓者』のあの人を退けたじゃないですか!」


「それは、相手が人だったからだ。もしモンスターだったら、俺は下級モンスターにもやられるだろう。俺は魔法が使えないんだから」


 モンスターの攻撃は非常に重く、『身体強化』の魔法なしには受ける事も難しいのだ。


「そ、そんな事ないです!魔法なら、私が使います!私がサポートすれば…」


「エモ」


 エクスがエモに顔を向けた。


「あ……ごめんなさい……」


 嫌味を言ってしまったとエモは項垂れてしまった。それを見たエクスは、エモの頭に手をぽんぽんと乗せて、


「ありがとな、エモ。…俺が開拓者になれるなんて言ってくれたのは、ミラさんと、エモで二人目だ」


 と笑いかけた。


「もしエモが開拓者になったら、エモは優しいから、きっと色んな人に応援して貰えるだろう。俺はそんな人気者のエモを見てるだけで十分だ」


 エクスはそう言うのだが……


「もし私が開拓者になったら、ぜっっったいエクスさんを連れていきますけどね!」


 エモが突っぱねる。


「おいおい。そんな事をしたら俺は死んでしまうぞ。エモの魔法のかけ忘れによってな!」


「あ〜っ!ひどいですよエクスさん!ちゃんと謝ったのに、掘り返すなんて!」


「ははははは!すまんすまん。許してくれ、エモ」


「うー。じゃあ、結局食べられなかった出店、一緒に食べてもらいますからね!」


「ああ、それならお安い御用だ。また今度行くか」


 しれっとデートの約束を取り付けるエモなのであった。




 二人で笑っていると、空からシグレが降りてきた。


「済まない。手続きに少し手間取ってしまってな。……それにしても二人とも楽しそうだな。何か良いことでもあったのか?」


「えへへ〜」


「?」


 謎の優越感を感じるエモなのであった。







 そして場面は大男、グラッドに切り替わる。グラッドは町の酒場で酒を浴びるように飲みながら、それでもまだ苛立ちが抑えられないでいた。


「くそッ!」


 テーブルを叩く。何度も叩かれたテーブルは既にボロボロになっていた。


(対峙して、俺様が去った。結果だけを見れば、俺様が負けたみたいじゃねぇか!)


「お、お客様、他のお客様の迷惑になりますので……」


 店員が注意をするも、


「あぁ?やんのか!?」


「ひぃっ!?」


 グラッドは威圧して黙らせた。


(これまで、俺様は敵をこの力でねじ伏せてきた。欲しいものも、力で奪い取ってきた)


 グラッドにとって、力とは正義だった。力があれば全て思いのままにできると本気で信じていた。


(なのにあの野郎!カスのくせして、俺様を退けた!)


 だからこそ、非力な者にしてやられたことに、何にも変え難い憤りを感じていた。


 グラッドは立ち上がった。その目は血走り、一歩進むごとに溢れんばかりのマナによる風が舞い上がった。


 会計をしにきた店員を突き飛ばし、扉を破壊し、外に出る。


 グラッドは既に我慢の限界だった。


(エクスの野郎はどこだ?お前の家ごと、この世から消し去ってやる!)


 と思いながら、エクスの気配を探る。そのとき、グラッドは近くに一人の人物の気配を察知した。


「誰だ?」


 グラッドは立ち止まり、背後から近づく存在に話しかけた。するとそこには、


「おやおや、バレてしまいましたか。うまく隠れたと思ったんですがねぇ。いやぁ素晴らしい!」


 と手を叩いて大袈裟にグラッドを褒める、体全体をローブで覆い隠した長身の男がいた。


「ふざけてんじゃねぇぞ」


「滅相もない!ワタシはアナタを見込んで、こうして『相談』しに来てるんですから!」


「ああ?『相談』だと?」


「ええ。ワタシは見ていましたよ。アナタがあのちっぽけな青年に退けられる様をねぇ」


「ぐ……あれは、シグレが来たからだ!あいつさえ来ていなければ、俺様は…」


「しかし、反抗を許してしまったのは事実。アナタの力に屈さない者が、出てきてしまった」


「てめぇ、俺様を煽ってんのか?」


 グラッドは既に拳にマナを纏わせていた。近くの家の窓が、風でガタガタと震えた。長身の男は、それを見ても怖がる様子はおくびにも出さず、


「いいえ。そこで、『相談』という訳です」


 と穏やかに言った。


「反抗が出来ないほどの、圧倒的な力が、欲しくは無いですか?」


 長身の男はそう言って、ローブの内側から一冊の本を取り出した。


「……なんだ、それは?」


「アナタが欲しかったものですよ。グラッドさん」


「ま、まさか……魔導書か!?」


「ええ。そのまさかです」


 グラッドは目を見張った。魔導書は、『アーティファクト』の中でも特に価値が高く、グラッドでさえ未だに手にした事がないものだった。


 そして、今回の依頼に参加したのも、犯人を捕まえれば魔導書を報酬として貰えるからだった。グラッドにとって、魔導書は喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。


「魔導書には、こんな言い伝えがあります」


 長身の男は語り出す。


「魔導書は、開いた者に二つの祝福を授ける」


「一つは、特別な魔法」


「そして、もう一つは…」


 ローブの男に促されて、グラッドは最後の句を呟いた。


「特別な、


「そう。ワタシは、この魔導書でアナタがどれ程まで強くなるのか、とても興味がある」


「是非、この魔導書を開いていただきたい」


 そう言って、長身の男はグラッドに魔導書を手渡した。グラッドは、自らの欲望のままに動く。


(魔法名『凶暴化バーサク』。俺様にぴったりの魔法じゃねぇか)


(今日は最悪の日だと思っていたが、逆だったぜ。マナと、この力で、俺様は最強になる!)


「開くぞ」


 グラッドは唾を飲み込んで、そして魔導書を開いた。すると、


「ぐ!?ぐああああぁぁぁぁ!!」


 グラッドは全身の骨が軋むような感覚と激痛を感じて悲鳴に似た叫び声を上げた。その様子を見た長身の男は、


「魔導書は、副作用が強いですからね。今日はゆっくり寝てください。明日にはすっきりしてると思いますよ」


 と言ってすたすたと去って行った。グラッドには聞こえないくらいの声で、


「失敗ですね。『特別な力』は、モンスター化とは異なるもののようです」


「グラッドさん、アナタは素晴らしかった……ワタシの魔導書の、実験台モルモットとしてね」


 と言う、独り言を呟きながら。

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