第6話 ヒーロージェラシー

「……エモっ!」


 エクスは走り出した。通行人を掻き分け、一直線に進む。


 そのときエモは革のチェストプレートをつけた大男に目をつけられていた。


「その顔……気に入った。お前、俺様と一緒に来い!」


 大男が一歩一歩迫って来る。エモはその度に後ろに下がり、遂に壁際に追い込まれてしまった。


「やめて!」


「安心しろ、悪いようにはしないしないからよ……」


 大男がエモに手を伸ばす。


 一メートル、


 80センチ、


 50センチ……


 しかし、その手がエモに届くことはなかった。


「エクスさん!」


「……なんだぁてめぇ」


 エクスが大男の腕を掴んでいたのだ。


 エクスは大男を睨みつけたが、大男は意に介さない様子で、


「早くどいた方が身のためだぜ。『王都開拓者』の俺様が、ぶん殴っちまう前によぉ」


 とエクスに顔を近づけて言い放った。その大男の言葉に、野次馬達がざわめきだす。


「おい、今あいつ、『王都開拓者』って言ったよな!?」


「『王都開拓者』っていやあ、開拓者の中でも王様に認められたエリートじゃねえか!?なんでそんな奴がこんな田舎に……」


「それはわからんが、不味いんじゃねえか?『王都開拓者』なんて、誰も止められないぞ」


 野次馬の声は二人にも聞こえていた。大男は掴まれた腕を振り払うと、口角を釣り上げて


「わかったか?俺様とお前じゃあ、格が違うんだよ!」


 と言った。しかし、エクスは動かなかった。動けなかったわけではない。エクスは、見捨てるような真似はもう出来ないくらい、エモのことを気に入ってしまっていたのだ。


 エクスは体に力を込めて、虚栄を張った。


 大男はそれを見て、無表情になり、


「ふん!」


「ぐはッ!?」


 エクスを殴った。たったそれだけで、エクスは数メートル吹き飛ばされる。


「エクスさん!?」


 エモは反射的に体が動いた。エクスの側に駆け出し、膝をついて、倒れたエクスを支える。


「興醒めだ」


 大男は歩きながら語りかける。


「しかもよく見てみれば……カスみてぇな量のマナしか持ってねぇじゃねぇか」


「そんなんじゃ、指先に火を灯すことも難しいんじゃねーか?ぐはははっ!」


 そしてエクスとエモの前で立ち止まって、


「もう一度だけ言ってやる。格が違うんだよ!カスはカスらしく、俺様の前から消え失せろ!」


 大男が自らのマナを解放する。すると突風が吹き荒れ、野次馬達が逃げ出す。


 小さな台風のようになった大男を前にして、


 エクスは地面に手をつき、


「それでも……」


 膝立ちになり、


「俺は……」


 よろよろと立ち上がった。


 大男を鋭く睨む。


「守るんだ!」


「ッ!?」


  エクスの叫びに大男は怯んだのか、風が止んだ。大男は一瞬呆然として、直後風を止められたその事実に青筋を立てて体を震わせた。


「てめぇ……!」


(俺様が、あんな奴にびびっただと!?許さねぇ。許されねぇ!)


 大男が拳にマナを込めると、薄い膜のようなものが拳を包んだ。


「『身体強化』。てめぇは消す!」


 大男がエクスに肉薄する。その拳が振りかぶられたとき……


「グラッド!」


 遠くから、女の声が響いた。その声を聞いた大男は、ぴたりと動きを止めた。そして、


「くそッ!」


 腕を下ろし、


「エクスと言ったか、てめぇの顔は覚えたからな!」


 と言って去っていったのだった。




「うっ……」


「エクスさん!」


 エクスが倒れそうになったところをエモが抱きとめた。エクスは痛みに顔を顰めつつも、


「ははは……エモが無事で良かった」


 と安堵の表情を浮かべた。その姿に、エモは目を潤ませて、


「ありがとう……」


 と言って、エクスをきゅっと抱きしめた。




「私の部下が、本当に申し訳ない!」


 大男を止めた声の主が屋根の上から飛んできたと思うと、開口一番謝ってきた。腰に刀を佩いた黒髪の女性で、いかにも武士っぽい出立ちだった。


「これを使ってくれ」


 そう言って武士の女は懐から高級そうなポーションを取り出し、エクスに渡した。


「いいのか?」


「勿論だ」


 エクスがポーションを飲み干すと、みるみるうちに出血が止まり傷がふさがった。


「ありがとう、助かった。それで、君は……?」


「私は『王都開拓者』の一人、シグレだ。今回の依頼のリーダーをしている」


 どうやら、あの大男、グラッドの上司に当たる人物のようだ。話を聞くと、グラッドはシグレの再三の注意を無視しこのような横暴をしているようで、手を焼いているらしい。


「あいつはプライドが高いからな、女の私の話は聞いてくれんのだ」


「それでも、なんとかならないんですか?次はもっと大変なことになるかもしれないんです」


 エモは、エクスが狙われていることを説明した。それを聞いたシグレは少し考えて、「よし」と呟くと、


「では、私が滞在している間は護衛としてお主と共にいよう!」


 と言った。


「流石のグラッドと言えども、私とやり合いたいとは思っていないようだし、いざというときは私が護れば良い」


「それは心強いな」


「…」


 エモは何か考えている様子で何も言わなかったが、エクスとシグレで話が進み、結局シグレが護衛をすることで話は纏まった。


「それでは改めて。エクス、エモ、しばらくよろしく頼む」


「ああ。よろしくな!」


「……よろしく、お願いします……」


(なにこれ……?シグレさんがエクスさんと一緒にいると、なんだかもやもやする……)


 エモは初めての感情に困惑していた。何が何だかわからないまま、エクスの服の裾を掴んで、シグレを見つめるのだった。

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