第3話 出会い
次の日もエクスは自らの職場である廃ダンジョンに向かっていた。この道もそろそろ見納めかと思うと、自然と足取りは緩やかになっていた。
道は資材を運ぶ為に最低限の整備がされていて、歩きやすい道だった。両側は木々に囲まれていて、間から縄になりそうな蔓や薬草が生えているのが見えた。
(あとでこの辺りを探索でもするか。小遣い稼ぎくらいにはなるだろ)
そう思いながら歩くこと数分。エクスは廃ダンジョンに到着した。そして雇い主である老人のロウに声をかけた。
「おはようございます」
「ようやく来たか、エクス。お前も薄々感じていたじゃろうが、採取は今日で終わらせることにした」
「そうですか……」
「最後のA区画じゃが、あそこの『呪い』は別格じゃ。だからあまり無理せんでも良い。異常がないか確認して、もし採掘できるならしてきてくれ」
エクスの職場の廃ダンジョンには、ある効果があった。それは、「ダンジョン内では非常に疲れやすくなる」と言う至極単純なものだったが、採取などの作業に大きく悪影響を及ぼすことと、原因が不明であることから『呪い』と呼ばれ、作業員に嫌われていた。
(A区画の『呪い』だけは異様に強力だってもっぱらの噂だからな……。今までその呪いってやつを実感したことはないが、気をつけた方がいいか)
そんな呪いであるが、何故かエクスにはその影響が全くなかった。そのためエクスの働きぶりは他の作業員に比べて抜きん出ており、だからこそ最後の区画を任されたのだろう。
「わかりました」
「わしは用事でここを離れるから、報告は町の資材置き場でしてくれ。給料もそこで受け取れるようにしてある」
「了解です」
エクスはそう返事をすると、荷車を引いてダンジョンに入っていった。A区画の入り口には立ち入り禁止の看板が立てられており、エクスはその前で一度立ち止まり、深呼吸をして、歩を進めた。
(雰囲気が全く違う……)
A区画に入った瞬間、空気が変わったのをエクスは敏感に感じ取った。しかし、それは作業員が話すような息苦しさではなかった。
(むしろ居心地が良いくらいだ)
エクスは軽い足取りでA区画を確認していく。外壁を削るとき、順番を予め決めておかなければ危険なのだ。
「ん?」
そのとき、エクスは違和感を感じた。
外壁の色形は前に担当していた区画と全く同じだが、一箇所、『呪い』の感覚が異なる場所があったのだ。
(何かが、ある。この壁の向こうに)
そんな直感を働かせたエクスは、荷車に載せていたシャベルを手に取り軽く壁を叩いた。
そして慎重に耳を澄ませると、空間に響く音が聞こえた。
(隠し部屋か……?)
音の響き方からして、それなりに大きな空間が壁の向こうにある事がわかった。当然、その情報は地図には記されていないものであり、職場でも一度も耳にしたことのない情報だった。
エクスは、自分の心拍数が急激に上がっていくのを感じた。もしかしたら、何か凄いものが隠されているのかもしれないと考えると、嫌でも期待してしまう。
ここ最近で一番の真剣な表情で、エクスは壁を調べていく。そして、ツルハシを手に取ると壁に向かって振り下ろした。
壁の削れる音がダンジョン内に響く。
何度も振り下ろしていると、壁に穴が空いた。穴の向こう側はかなり暗いが、うすぼんやりと青い光が見えた。
「おお!」
エクスは思わず声を出した。まだ穴は小さく、中の様子は分からないが、明らかにダンジョンとは別の人工的な空間だということは確定した。
掘るスピードを上げ、穴を人が通れるほどまで拡張していく。すると、ケーブルのようなものが掘り起こされた。部屋をとり囲むようにケーブルが張り巡らされているようで、これをどうにかしなければ中に入れないようだ。
「流石に壊したらまずいよな……?」
どうしたものかとエクスはケーブルに触れてみた。すると、突然、触れていた部分の周りのケーブルはバラバラに崩れて地面に転がった。
「うおっ!?」
突然の出来事に飛び退きながらもエクスは落ちたケーブルから目線を外し前を見た。先ほどまでケーブルによって塞がれていた中の様子が明らかになる。
最初にエクスの目に入ってきたのは、式や魔法陣が描かれた大量の紙、謎の機械類、そして入り組んだケーブルだった。
「何かの研究室みたいだな……」
数歩進み、詳しく見ようとしたエクスだが、ここで重大なことに気がついた。天井から小石が降ってきているのだ。
「あ、やば!?」
エクスは経験上、天井から小石が降ってくるのは崩落が起きる前兆という事を知っていた。穴を開ける場所は慎重に決めたのだが、普段とは異なる状況で判断が甘くなっていたのかもしれない。
(くそっ。折角こんな場所を見つけたってのに!何か持ち帰れないか?何か価値がありそうなモノ!)
エクスは必死になって辺りを見回す。足元の書類、棚の中の本、奥にある黒い直方体……
そのとき、視界の端に白い影が通った。
「え……!?」
エクスは白い影を注視した。人影だ。間違いない。部屋の奥、エクスから数メートル先。白いワンピースを着た少女がこちらを見ている。
「君は……」
少女は、地面に座って、エクスを見上げていた。そしてエクスと目が合うと、右手をエクスに向かって伸ばした。
エクスはそれを見て少女の元に走り出すと、伸ばされた手を掴んで引っ張り上げた。そのとき既にエクスの思考は目の前の少女を助けるという思いのみになっていた。エクスは立ち上がった少女の手を引き、開けた穴に走った。
二人が穴を潜った直後、研究室と思しき部屋は音を立てて崩れ始めた。その音を背後に聞きながら、エクスは少女を連れてダンジョンから脱出した。
「危ねぇ……」
どうにか危機を脱したエクスは、息を吐きながら額の汗を拭おうとして、少女と手を繋いでいた事を思い出した。さっと手を離して、少女を見ると……
自然と、彼女と目が合った。
「あ、えっと……」
(ど、どうすれば良いんだ?)
エクスは額に別の汗をかくのだった。
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