第2話 穏やかな日々

 古ぼけた孤児院の一室でエクスは目を覚ました。そばに置いておいた外套を着て外に出ると、夜明け前だが多くの人が歩いているのが見えた。野営や戦闘の為の装備を付けて町の中心に向かっているようだ。エクスはその風景を一瞥すると、人の流れとは逆向きに歩き出した。


 数分歩いて町を抜け、小さな洞窟のような場所に着くと入り口の横に座る老人に声をかけた。


「おはようございます」


「エクスか。今日もよろしくな」


 エクスは頷き、そばに置かれた荷車にツルハシとシャベルを載せて洞窟へと引いていった。


 洞窟は活動を停止した廃ダンジョンであり、その外壁は粘土に混ぜると強度の高い建材になった。エクスはこの材料採取を仕事にしていた。


 ダンジョンは涼しく、明るかった。明るいのは、漂うマナがうんたらかんたらと理屈を教えられたが、もう忘れてしまった。とにかくそれなりに良い環境だと言うことが分かれば十分なのだ。


 ツルハシで外壁を削り、シャベルで荷車に乗せて、運ぶ。ただそれだけの単純作業。少し慣れれば何も考えなくてもできる。エクスは、体は動かしながらも別のことを考えていた。


 荷車を引いて地上に着くと、荷物を片付けて老人に話しかけた。


「ロウさん。D区間終わりました」


「そうか……このダンジョンももうそろそろじゃな」


「元々小さいダンジョンですからね」


「よし、エクス。お前は明日からA区間を頼む」


 言葉少なげに会話を交わして、ロウはエクスに給料を手渡した。


「了解です。では」


「またな」


 ロウが手を振ったのを見て、エクスは帰路についた。ふと太陽が真上から照りつけているのを感じたエクスは、外套を脱いで大きめの巾着袋に突っ込んだ。


(別の仕事、探さないとな……)


 帰る途中、エクスはそんな事を考えていた。


(A区間は入り口に一番近い横穴だから、広さもそんなにない筈。良い職場だったんだが……)


 ダンジョンの外壁は、活動している場合は自動で修復されるが停止していると修復されない。そして奥から順番に採取をしているのでA区間は最後の区間となる。つまり、A区間を掘ると言うことはエクスにとって解雇が迫っていることを意味していた。


 しばらくしてエクスが寝泊まりしている孤児院が見えてきた。孤児院の玄関先には落ち葉を掃く女性がいた。エクスはその姿を見つけると、声をかけた。


「ただいま、ミラさん」


「おかえり、エクス。今日もご苦労様」


 この女性は孤児院のシスターで、エクスを拾ってくれた恩人でもあった。


「それじゃ、エクスが帰ってきたことだし、ご飯にしましょうか!」


 ミラはエクスにそう言って微笑んだ。それを見てエクスも笑って、


「ああ!」


 と言った。




 エクスとミラは孤児院の中に入り、ご飯の支度をするといつものようにテーブルに向かい合って座った。


 昼ご飯は硬めのパンにミラお手製のポトフだった。エクスはスープを一口飲むと、


「ミラさんのポトフはやっぱり美味しいな」


 と言った。


「ありがとう、エクス」


 ミラはそう言って漸く食事に手をつけた。


 エクスはパンをポトフにつけてふやかしながら、今日の出来事について話し始めた。


「そろそろ仕事が終わりそうなんだ。ダンジョンの採取ができなくなるから」


「そう……でも良いんじゃない?エクスは最近ずっと休み無しで働いてたんだから、ちょうど休めるじゃない」


「家計は大丈夫なのか?」


「ええ。エクスが頑張ってくれたおかげで結構余裕があるのよ。私たち二人じゃあ出費も少ないしね」


 戦争も無ければ事件も無い、片田舎のこの町で孤児がそう居るはずもなく。さらにもう一つ理由が重なって、ミラとエクスは二人暮らしをしていた。


「なんなら、四人くらいいても大丈夫なんじゃないかしら」


「そっか……それならちょっとのんびりするかぁ」


 と、エクスは間延びした声を出した。


 昼ご飯を食べ終わると、二人で片付けをしてからエクスは庭に出た。そして隅に掛けてある木剣を徐に手に取ると、深呼吸をして、縦に振った。


「はッ!」


 そして踏み込んだ足を元の位置に戻し、同じように振った。エクスはこの動作を何度も繰り返した。


 これはエクスの日課のようなもので、物心つく前から続けていた。始めた時は何かの目的があって始めたのだろうが、エクスは忘れてしまった。今は特に目的も無く、ただなんとなく振っている。


 ミラはそんなエクスを横目に掃除の続きをしていた。異国の地で布教をしろと言われてこの町に来た時は不安しかなかったが、道中で拾ったエクスを守るという目的の為に頑張ることができた。結局布教は上手くいかなかったが、ミラにとってはエクスと出会えたことだけで十分だった。


(女神様の御加護がありますように…)


 ミラはネックレスを片手で軽く掴んで、大好きなエクスの横顔を眺めながら、心の中で祈った。


 エクスはそんなミラのことはつゆ知らず、無心で剣を振っていた。雑念を、切る。そんなイメージを持って行なっているこの動作は、エクスにとっては瞑想に近いものだった。


 そよ風が庭の草木を撫でた。木の上の鳥の巣で、ヒナがピヨピヨと鳴いた。


 穏やかで、平和な春の1日だった。

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