第4話 「二人の願い」
旧KMS本社。
工業都市廃墟を抜けた先にある古い建物は、現在は使われていない。
かつては多くの社員で賑わっていたのであろうが、今は生き物の気配すらない。いるとすれば、廃墟となった後に住み着いた合成人間たちか、ガルファゲンと同じように放置された看守マシンぐらいだ。
アルド、エイミ、リィカ、セバスちゃん、そしてヌームをはじめとする8体のロボットたちは、薄暗い建物の中を、最奥部目指して進んでいた。
「セバスちゃんは危ないからエルジオンの自宅で待っていてくれ」と、説得したアルドたちだったが、「KMS社に私が知らない合成人間がいるなんてあり得ない! この目で確かめないでどうするのよ!」と言ってはばからなかった。
仕方なく、一緒に行くことになった。
敵に警戒しながらも、アルドは赤色のボディのロボットに話しかける。
「さっきのことだけどさ、オールはどうして、俺たちが旧KMS社に行くって知ってたんだ?」
「アア、ソレハデスネ……」
と、答えようとしたとき、
「アルドサン! お話中失礼シマス。前方より敵、1体デス!」
リィカが知らせるのとほぼ同時に、目の前に巨大な看守マシンが立ちはだかった。
「オールたち! セバスちゃんを頼む!」
アルドは剣を抜き、後ろにいた8体に声をかける。
「了解!」と小気味良い返事が響き、ロボットたちはセバスちゃんの周りを囲むように隊形を組んだ。
「さくっと倒しちゃうわよ!」
颯爽とエイミが走り出す。
アルドとリィカはそれをサポートするように敵の側方へと回り込む。
3人の動きが、看守マシンの判断をわずかだが遅らせた。攻撃のターゲットをエイミに定め腕を伸ばそうとしたときには、彼女はすでに目の前にいた。
看守マシンの攻撃が放たれる前に、エイミは腹部に3発のパンチを叩きこむ。ベコベコッという金属がつぶれる音が響く。
そして勢いに押され、敵は後ろに倒れた。
「さっきのに比べれば、楽勝! 楽勝!」
満足げな顔で、エイミが自分の拳についた汚れをぱんぱんと払う。すると、横からアルドが叫ぶ。
「エイミ、まだだ!」
看守マシンは倒れたまま、自分の近くに落ちていた大きな瓦礫を掴むと、エイミに向かって投げつけた。
勢いよく飛んできたそれを、エイミは間一髪でかわす。その瓦礫は勢いそのままにヌームたちとセバスちゃんの方へ向かっていく。
「危ない!」
アルドもリィカも助けに行ける距離ではなかった。ヌームたちもロボットとはいえまともに食らってはひとたまりもない。
武器で弾き飛ばすのも難しそうに思われた。
それでも、8体のロボットはセバスちゃんに瓦礫が当たらないよう、隊形を変えて彼女を隠すよう壁になった。
壁の真ん中にいるのは、ウーオだった。
「ヘビィシールド!」
彼がそう言うと、全員が両手を広げて前に突き出した。すると巨大な電磁シールドが現れ、飛んできた瓦礫をいとも簡単に弾き飛ばした。
「ビッグインパクト!」
続けて、トールが敵に向かって走り出し、大きく飛び上がると両手に持った槌を振り上げ、勢いをつけて叩きつけた。
ゴンッと鈍い音を立てて敵の装甲が潰れ、バチバチッと火花があがる。そのまま、看守マシンは動かなくなった。
「おおっ!」
8体の見事な連携プレーにアルドも感嘆の声をあげた。
「あ、ありがとう! みんな大丈夫だった!?」
完全に敵が倒れたのを確認すると、エイミはセバスちゃんたちに駆け寄った。
「ええ、この子たちは優秀ね。私は傷一つないわ。」
セバスちゃんも感心した様子で、ウーオの頭を撫でた。
「8体揃ウト、我々ハ通常ノ倍、力が出セマスカラ!」
目的地も近くなって、ウーオたちロボットも程よい緊張感で、いつも以上の力を発揮できているようだった。
アルドたちは、さらに奥を目指して進む。
◆ ◇ ◆
いくつもの通路を抜け、道中何体もの合成人間を退けつつ、アルドたちは旧K M S社内の最奥部に到着した。
「……ここが最奥部だよな?」
アルドがリィカに確認する。
「ハイ、私の持っているデータベースによりマスと、ここが最奥部で間違いないデス」
「……行き止まり、よね」
エイミも周囲を見回すが、一本の通路の先は行き止まりになっていて、2体の合成人間、らしきものは見つけられなかった。腕組みをして、顔をしかめて言う。
「もしかして……罠にはめられた?」
「いや、違うわよ」
それに答えたのはセバスちゃんだった。
彼女はつかつかと通路を進み、行き止まりになっている壁の前に立つと、右手を広げて壁に押し当てた。
すると、それまで何の変哲もなかった壁に、一本の赤い横線が浮かび上がり、セバスちゃんの手をスキャンするように上下に動き出した。
セバスちゃんはそれをじっと見つめる。数秒すると、赤い横線が緑色に変わり、どこからか声が聞こえてきた。
「認証完了。研究室ノロックヲ解除シマス」
行き止まりだった壁が徐々に透明になって消えていく。そして、その先に続く通路と、奥には扉が見えた。
「さ、行きましょう。この先にいるはずよ」
セバスちゃんが先を歩く。アルドたちは何が起こったのか理解するのに時間がかかったが、慌てて後をついていく。
「ど、どういうことなんだ?」
アルドがセバスちゃんの背中に話しかける。
「部外者に入られたくないところは、今みたいに通路を隠してロックをかけてあるのよ。今のK M S本社でもよく使われている技術で……まさかとは思ったけど、ビンゴだったわ」
「つまり、この先は入られたくない場所ってことか」
「そういうこと。外部に知られたらヤバい何かがあるってことね」
「セバスちゃんがいなかったら、私たち入ること出来なかったってこと……?」
「そ。感謝してね」
突き当たりにある扉が開いた。
いよいよ、秘密裏に作られた合成人間との対面か……アルドは身が引き締まる思いがした。
◆ ◇ ◆
そこは、真っ白い部屋だった。壁も、床も、天井も真っ白。
今まで進んできた場所とは全く雰囲気が異なっている。部屋の中はたくさんのコンピュータや機械が並べられており、まさに研究室といった感じだった。
「綺麗な部屋デス……」
思わずリィカがそう呟いてしまうほど、整えられた部屋だった。
その中央に置かれた台座に男性と女性と思わしき合成人間が1体ずつ立っていた。立っていた、というより立たされていたという表現の方が正しいかもしれない。
天井から伸びた3本の管がそれぞれ頭と両手に繋がっていて、体の自由を奪っていた。また、両足は台座にガッチリと固定されていて、動かすことができない様子だった。
「これが、秘密裏に作られた合成人間……」
アルドたちは、警戒しながらも2体の合成人間に近づく。じっと見つめていたエイミがボソッと呟く。
「この合成人間……頭はまるで人間そのものね……」
そう、そこが普通の合成人間と異なるところだ、とアルドも思った。
2体とも、ボディはこれまでの合成人間と変わりはない。ただ、頭部だけは本物の人間のものとしか思えなかった。目は閉じていたが、少年と少女の顔立ちをしているということがわかる。肌の質感も、黒い髪も、作り物とは思えないほどだった。
リィカもじっと2体の合成人間を見つめる。そして長い髪をくるくると回し始め、何か分析を始めた。しばらくして、髪の回転が終わると
「……エイミさん、この2体の頭部はまさに人間のモノデス!」
と興奮げに話した。「ええ!?」と、それを聞いたアルドたちは目を見開いた。
「……リィカ、それは本当?」
「ハイ」
セバスちゃんも神妙な面持ちでリィカに尋ねた。そのままじっと2体の合成人間を見つめる。
ヌームたち8体のロボットも、セバスちゃんの横に並び同じように見つめていた。
「アダム様、メルキオ様……ようやくオ会い出来マシタ……」
ヌームが2体の合成人間をじっと見つめながら、そう言った。
「ヌーム……この合成人間を知っているのか?」
アルドが尋ねると、8体のロボットが同時に頷く。
「ハイ……私タチを作ッテくださった方デス……」
「なんですって!?」
エイミもびっくりして声を上げた。
「……あの話は本当だったってことね……」
セバスちゃんが誰にも聞こえない声でそう呟いた。
◆ ◇ ◆
「デハ、二人が目覚メル前に破壊しまショウ」
ヌームが武器を取り出し、構える。同時に他のロボットたちも一斉に武器を取り出して戦闘態勢に入る。
それを見てアルドが驚いた。
「破壊って……いいのか? 生みの親だろ!」
「シカシ、それが二人の願いナノデス。」
クートが握り締めている剣がブルブルと震えている。彼らも破壊したくないという気持ちはあるのだ。
アルドはそれを察してそれ以上何も言えなくなった。
「私タチは二人ノ願いの通リ、破壊スルようプログラムされているノデス。」
セースが続ける。
「アルドさんも、リ・ア=バルクともソウ約束シタデハアリマセンカ!」
「……どうしてそれを!?」
「話は後デス! リィカさんはセバスちゃんサンをお守りクダサイ!」
ヌームたちがアダムとメルキオ、そう呼ばれた2体の合成人間に向かって走り出す。
アルドも躊躇いながらも剣に手をかける。
リィカは言われた通り、セバスちゃんの前方にたち、シールドを貼る。
「ヘヴィショット!」
セースが狙いを定め、弓を放つ。
しかし、ターゲットに到達する前に見えない壁に弾かれて床に落ちる。
「ナント、シールドガ!?」
他のロボットたちもほぼ同時に攻撃を繰り出すが、全て届かない。
それらの攻撃に反応したのか、警報が鳴り響き、真っ白な部屋に赤いライトが点滅する。
「なんだ!?」
アルドが周りを見渡すが、誰がいるわけでもない。
どうやら外部からの攻撃に対して自動的に反応するようになっていたようだった。
「――シールドに攻撃を検知。2体を戦闘モードで強制起動します。」
そんな声がしたかと思うと、アダムとメルキオに繋がれた3本の管が動きだした。
まずは両手に繋がれた2本の管が強制的に2人の両手を持ち上げる。
そして掌が広がり、そこにエネルギーが集まる。
それは監獄船ガルファゲンでリ・ア=バルクが見せた攻撃と同じだった。
「来るぞ!」
4本の光線がアルドたちに襲い掛かる。
幸い全員に当たらず、後方の壁にぶつかる。
続いて、頭部と繋がれた管が動き、2人の首を動かす。
顔がアルドたちの方を向くと、口が大きく開かれ、そこから銃口が現れる。
ガガガガガガガ!
弾丸が何十発も放たれる。
しかしこれも、アルドたちの横をすり抜け、全て後方の壁に当たる。
またしても管がウネウネと動き、両腕をアルドたちの方へ向け、掌にエネルギーを集める。すると今度は光線を出す前に腕がおかしな方向へ曲がり、アルドたちとは反対方向に光線を飛ばす。
こんなに攻撃してくるのに1発も当たらない。
いや、相手が当てようとしていない? ……なんだか様子がおかしいとアルドが気づいた。
「……もしかして、俺たちに当てないようにしている?」
ヌームたちも同じことを考えたようだ。
「キット、アダム様とメルキオ様は闘ッテオラレルノデス!」
「自分タチを操ロウとシテいるコンピューターと!」
「アルドさん、オ願イシマス。お二人を止メテクダサイ!」
アルドはぐっと剣を握りしめた。
◆ ◇ ◆
アルドが飛び上がり、剣を振るう。
エイミの拳が空気を切り裂き、唸りを上げる。
しかし、どの攻撃もバリアに弾かれてアダムとメルキオには届かない。
「くそっ、やっぱり攻撃が通じない!」
一旦距離を取り、体制を立て直すアルドたち。
2体の合成人間は目を閉じたまま、まるで何かの痛みに耐えているかのように顔をしかめて、乱暴に手を振り回す。
すると、天井につながっていた3本の管がちぎれて鞭のようにしなり、めちゃくちゃな動きを見せる。
「制御不能! 制御不能! 研究者は直ちに退避せよ!」
再び警報が鳴り響き、部屋が赤く染まる。
振り回された管が壁をボロボロにし、機械やコンピュータを破壊する。さっきまで白く美しかった部屋が跡形もなくなっていく。
「みんな気をつけろ! 管もどこから飛んでくるかわからないぞ!」
アルドたちは攻撃どころではなく、だんだんと形をなくしていく部屋の中で自分の身を守ることで精一杯だった。
続けて、2人の合成人間は足を動かそうとする。
足は台座に固定されていて動かないはずだが、徐々にそこにヒビが入りだす。「ガァァァ!」という声にならない声とともに力を込めると、台座は音を立てて崩れていく。
自由になった足で蹴り上げると、破片が勢いよく周囲に飛び散る。
アダムとメルキオはアルドたちを排除しようとしているわけではなく、自分たちを苦しめる何かに抗おうとしてもがいているようだった。
辺り一面を土煙が覆う。
そこに2体の合成人間が腕を振り回し、腕に繋がれた管が鞭のように全てを破壊し、さらに床を壊す勢いで足踏みを繰り返す。そしてこちらの攻撃は何も通用しない。
どうしていいかわからない状況だった。
「くそっ、どうすればいいんだ……」
「アルドさん、私タチにお任せクダサイ」
ヌーム、ウーオ、トール、オール、イーン、セース、テーム、クート、8体のロボットたちが、困惑するアルドたちの前に出た。
「ヌーム! 何をするつもりだ!」
アルドの問いに、ヌームが振り返って答える。
「私タチノ全テのパワーを使ってデモ、アダム様とメルキオ様を止めてミセマス!」
それぞれが武器を握りしめ、前に突き出す。すると武器が光を帯びて輝きだした。
「そんなことをしたら……ヌームたちはどうなるんだ!」
アルドが泣きそうな声で叫ぶ。
「動かなくナッテモ……構いマセン……」
「……二人の願イガ……私タチノ願イデモありますカラ……」
「サア、ミンナ……出力最大!」
その声に合わせて、ますます光は大きくなる。体も光を纏い、黄金色になる。
そして、光は一つに集まり、大きなエネルギーの塊となった。
「アリガトウ……アダム様、メルキオ様……ソシテ、サヨウナラ」
光の塊は勢いよくアダムとメルキオに放たれた。
それは2人を守っていたバリアをいとも簡単に粉砕し、そのまま全身を包み込む。
アダムとメルキオは動きを止め、ゆっくりと目を開けた。
視界の先には、かつて自分たちが作った8体の子供たちの姿があった。2人は笑顔を浮かべながら、
「ありがとう……私たちの可愛い子供たち……」
と最後の言葉を残し、我が子に向かって手を伸ばした。
ゆっくりとアダムとメルキオの体が消滅していく。
ヌームたちは全ての力を出し切り、ふらふらになりながらも、2人に届くように精一杯手を伸ばす。
手と手が触れ、ヌームがギュッと握りしめた瞬間、2人の体は完全に消え去ってしまった。
「アダム様……メルキオ様……」
産みの親との再会と別れ……。
離れた場所から見ていたアルドたちにも感極まるものがあった。
部屋が怖いくらい静かになる。
時折、壊されたコンピュータや機械からバチバチッと火花が飛ぶ音が妙に大きく聞こえる。
アルドは動けなかった。
ヌームたちが動き出すのを待っていた。
なんだか、自分から彼らに触ると、エルジオンで手を引いたときと同じように力なく倒れてしまうのではないか、そんなことを思ってしまった。
「アルドサン……」
そんな雰囲気を察したのか、リィカがアルドの手を握る。
「ひぐっ……」
エイミはひと目もはばからず涙を流している。
セバスちゃんも泣くのを必死で堪えながら、下を向いていた。
「プログラム……終了……デス」
全ての力を使い果たした8体のロボットたちの目の輝きが失われようとしていた。
そんな中、ヌームは握り締めていた手の中に、何か違和感があることに気づいた。
「コレハ……」
ゆっくりと手を開くと、中には機械の一部分があった。
アダムとメルキオの消滅せずに残った唯一のパーツだった。
ヌームはそれを優しく掴み上げ、自分の首元にある窪みにはめてみた。それは寸分の狂いもなくぴったりと装着することができた。
「アア……コレを付ケテイルト……力ガ湧イテキマス!」
◆ ◇ ◆
この一部始終を、部屋の中でじっと見つめていたものがいた。
赤色の合成人間、リ・ア=バルクである。
光学迷彩を用いて体を隠し、気配を悟られないようにしていたため、リィカを始め誰も気づくことはできなかった。
しかし、もしもの時のためにと拳はギュッと握り締められ、いつでもアルドたちの助けに入ることができるよう準備がされていた。
自分で破壊することはできないが、手助けくらいはしてやろう。
それが、あのとき……ガルファゲンに逃げ込んできた2人を救うことができなかった、せめてもの償いだ、と思ったのだ。
アダムとメルキオは、無事に自分たちの願いを叶え、消えていった。
リ・ア=バルクは握っていた拳をゆっくりと開いた。
「……」
元気になった8体のロボットたちとそこに駆け寄るアルドたちの姿をしばらく眺めると、リ・ア=バルクは無言でその場を立ち去った。
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