第3話 「隠された記憶」

「こんな所に何の用だ?」

 リ・ア=バルクが3人に向かって尋ねる。


「お前には関係ないことだ」

 アルドがぶっきらぼうに答える。


「教えてくれてもいいだろう?そもそもここはK M S社管轄の監獄船。お前たちは不法侵入者だぞ?」

「うっ……」


 真っ赤なボディが圧倒的な威圧感を放っている。確かにヌームたちを助けるためとはいえ、やっていることは相手の言う通り、ただの不法侵入だ。アルドは何も言い返せなかった。


「もう一度聞く。ここに何の用だ?」

 

 リ・ア=バルクが右手を前に突き出し、全ての指を大きく広げて力を貯める。掌の中心にエネルギーが集中し、青白く光輝く。


「多少荒っぽくなるが、力ずくで聞き出してもいいんだぞ……」


「アルドサン……」

 リィカが手に持っていたハンマーをしまう。エイミもそれに従う。何を言いたいのか、アルドにはそれで十分伝わった。


 ふう、と大きく息を吐いてアルドも剣をしまう。その姿を見て、リ・ア=バルクもゆっくりと右手を下ろし、再び腕組みをした。


「実は俺たち、旧型の冷却ユニットを探しているんだ」


「……旧型の?」

アルドの発言に、リ・ア=バルクがピクリと反応した。


「ああ、俺たちの仲間のためにどうしても必要なんだ」


「……なるほど。工業都市廃墟を探し、見つからなかったからここに来たというわけだ」


「どうしてそれを?!」


 驚くアルドを見て、リ・ア=バルクは不適な笑みを浮かべた……ように見えた。顔全体が装甲で覆われていて、表情は読み取ることができないというのに。


 彼は質問には答えずに、アルドたちの足元に転がった、壊れた冷却ユニットをちらりと見やる。


「そして残念ながら、見つけた冷却ユニットは使い物にならなかった……」


「全部お見通シというわけデスね」


「私たちの目的はそれだけよ。結局無駄足だったけど。大人しく帰るから見逃してちょうだい」


 お互いの力量は把握している。戦うとどちらもただでは済まないことはわかっていた。リィカとエイミは穏便にことを運ぼうとした。


 リ・ア=バルクも考えは同じようで、

「……まあいい。今回は大目に見て見逃して……」

と言いかけて、動きを止めた。

 そのまま、右手を右耳に当てて誰かと通信しているようだった。


「……K M S本社から連絡がきた。どのような理由にせよ侵入者は排除せよ、とのことだ。悪く思うなよ」

 

 再び右手をアルドの方へ向け、指を広げる。掌が青白く輝き、光線がアルドの右肩を貫く。


「ぐっ!」

「アルドサン!」

 負傷したアルドにリィカが近づき、パワーヒールを作動させる。


「完全回復マデ少々時間がかかりマス!」

 その言葉と同時にエイミが走り出し、パンチを放つ。

 リ・ア=バルクはそれを軽くいなすと、エイミの腹部に軽く手をかざした。ズン!という衝撃がエイミの体を突き抜ける。


「がはッ!」

 エイミが膝から崩れ落ちる。両手を床につき、起き上がることができずにいる彼女の背中を、リ・ア=バルクが踏みつける。


「エイミ!!」


 アルドが叫び、痛みを堪えながら、腰に刺してある大剣オーガベインに手を掛ける。

 と、真っ赤な両腕がそれを押さえつけて抜かせない。エイミを踏みつけていたリ・ア=バルクが、いつの間にかアルドの目の前にいた。


「!?」

「それを抜くと時が止まるのだろう?そうはさせない」


 そう言って、リ・ア=バルクはエイミにそうしたように、掌をそっとアルドの腹に置いた。

 その瞬間、背中にまで重い衝撃が走り、アルドは剣を抜くことができずにその場に倒れた。


 すかさず、リィカが両手を広げ天井を見上げた。彼女の体が震えだし、体の周りに閃光が走り出す。


「デストラクト・モード、起動!」

「それは起動までに時間がかかるのが難点だな!」


 リ・ア=バルクがリィカを蹴り飛ばす。無防備だった彼女はロボットの残骸の山へ吹き飛ばされた。大量のガラクタが部屋中に飛び散る。


「くそっ……、リィカ、エイミ……」

 アルドがなんとか起き上がろうとするが、体に力が入らない。 

 右手でオーガベインをつかんではいるが、引き抜くことはできなかった。仮に引き抜いて時間を止めることができたとしても、攻撃ができるような状態ではなかった。


「ほう……あの攻撃をまともに受けて意識があるとはさすがだな。だが動けまい」

 

 リ・ア=バルクは部屋を見渡し、エイミとリィカが戦闘不能になっていることを確認すると、自分の下で倒れているアルドに向かって言った。


「さあ、仲間は全て倒れたぞ。後はお前だけだ」


 リ・ア=バルクが倒れているアルドに向かって右手を突き出す。そしてゆっくりと掌を広げ、力を込める。


 動くことができないアルドは、もう観念するしかなかった。


 そのとき、アルドの横にガラクタが一つ、ごろんと転がってきた。

 先程リィカが吹き飛ばされたときに、飛び散ったものだろう。

 鈴のような形をしていて、全面が透明なガラスで覆われている。ガラスの奥には複雑な電子回路が見える。

 

 それはまさに、ヌームたちの頭部にとてもよく似ていた。


「……これは……」

 と言って、ふとリ・ア=バルクがそのガラクタを見つめたその瞬間、彼の頭部に一筋の光が走った。


◆ ◇ ◆


***

白い壁に覆われた部屋の中には、3人の子供がいた。

赤毛の少年と、黒髪の少年と少女。


何やらコンピューターらしきものをいじっているようだった。

黒髪の少年が画面を指差しながら、赤毛の少年に話しかける。


「ほら、こうすれば動くようになるんだよ」


赤毛の少年はしばらく画面を眺めていたが、よくわからないと言った表情で、こう言った。

「……それよりさ、3人で遊ぼうぜ!」

***


リ・ア=バルクの目に、場所も名前も知らない者たちの、いつかの光景が浮かび上がって、すぐ消えた。


「なんだ、今のは……」


外部からの信号を受信したのか、メモリ内にあった画像が表示されたのか、彼には判断がつかなかった。

ただ、自身の体に何か異常が起きていることはわかった。


再び彼の頭部に閃光が走る。


***

「俺が最初に行くよ」

「だめよ。行ったら合成人間にされてしまうわ」


少女が、赤毛の少年の腕を掴む。その姿を見て、赤毛の少年は優しく微笑んだ。


「そのコンピューターでさ、人間に戻す方法を見つけといてくれよ。頼むぞ、二人とも」


赤毛の少年はそう言って、白い部屋から出て行ってしまった。

***


「これは……まさか……」


リ・ア=バルクは立つこともままならなくなり、両手で頭を抱えながら、右膝をついた。今度は全身に光が走り、バチバチッと火花を散らした。


***

「ここなら奴らに見つかることもない」


赤い合成人間が、黒髪の少年と少女を抱え、小さな部屋に入ってきた。

部屋の中心には小さなコンピューターと作業台があり、その横には機械の部品や合成人間のパーツが所狭しと並べられていた。


合成人間が何か壊れやすいものを扱うかのように、そっと二人を床に下ろす。


「あなたは、もしかして……」


少女が話しかけると、合成人間は少女の方を見て、優しく笑いかけた……ように見えた。顔も全て機械なので表情など変わるはずがないのに。


「二人とも、絶対に生き延びるんだぞ」

そう言って、赤い合成人間は部屋を出る。少年と少女は顔を見合わせて、涙を流した。

***


「アダム!メルキオ!」

その声を最後に、リ・ア=バルクは動かなくなった。


アルドはその一部始終を訳も分からずにただ見ているしかできなかった。そしてアルド自身も力尽きて気を失った。


◆ ◇ ◆


「アルドサン、大丈夫ですカ?」


 その声でアルドはゆっくりと目を開けた。

 いつの間にか腹部の痛みが引いている。見ると、リィカが両手を広げて温かいエネルギーをアルドに注ぎ込んでいた。


「リィカ……ありがとう。もう大丈夫だ。エイミは?」

「私も無事よ。リィカのおかげで助かったわ」


 アルドの呼ぶ声に反応して、リィカの後ろからエイミが顔を出す。

 よかった、とアルドが安堵の息を漏らした。そして、起き上がると同時に自分が気を失う前のことを思い出した。


「そうだ! リ・ア=バルクは?」


「……アルドサンの後ろで動かなくなっていマス……カレコレ15分くらい経っていマスガ……」


 アルドが後ろを振り向くと、両膝をついて、両手で頭を抱え、空を見上げたまま動かなくなっているリ・ア=バルクがいた。

 顔の奥の光も完全に失われている。


「一体、何が起こったんだ?」


 不思議そうに見つめるアルドの姿に、エイミもまた不思議そうな表情で話しかける。


「え、アルドがやっつけてくれたんじゃないの?」

「いや、俺も倒れてて何もできなくてさ」

「へーえ。案外こうやったら動き出したりしてね」

 

 エイミが悪戯っぽい顔を浮かべて、動かないリ・ア=バルクの頭部をつんつんと指でつついてみた。


「エイミサン……」

 

 リィカが不安げな声をあげると、突然、今まで完全に光が失われ、動かなくなっていたリ・ア=バルクの頭部から音が鳴り始めた。

 目の奥のライトが点滅しだす。体に血液が巡っていくかのように、回路を伝って順々に光が体全体に行き渡る。


「え、うそ!? やばいって!! ごめんアルド! どうしよう!」


 冗談半分でつついてみただけなのに、まさか再起動するとは思ってもみなかったエイミは、すっとんきょうな声を出してリィカの後ろに隠れる。

 

 アルドは慌てながらもオーガベインを握りしめ、すぐに抜くことができるように準備を整えた。

 リ・ア=バルクは両膝をついたまま、ゆっくりと両手を頭から離す。頭を左右に動かし、周りに先ほど戦った侵入者たちがいることを確認してこう言った。


「……もう攻撃するつもりはない」


 口調が先ほどよりも柔らかくなったように感じられた。が、アルドは緊張を緩めず、じっとリ・ア=バルクの行動から目を離さない。

 

 膝に手を当て、ゆっくりと起き上がるその姿は、合成人間の動きというよりは人間に近い感じがした。

 

 リ・ア=バルクは言葉通り、攻撃する意思がないことを示すために両手をぶらんと下げてみせた。


「話を聞いてくれないか」


 いつもは腕組みをして偉そうな態度をとっている彼からは想像もできない姿だった。アルドも、先ほどまでと違う雰囲気を感じ取り、オーガベインから手を放す。


「……話ってなんだ?」


「……頼みたいことがあるんだ」


◆ ◇ ◆


「旧KMS社の奥深くに、2体の合成人間が眠っていて……」


「その2体を破壊して……助けてほしい……」


「人助けナラヌ、合成人間助ケ、デスネ!」


 合成鬼竜に乗って、ガルファゲンからセバスちゃんの待つ廃道ルート99へ帰る途中、アルド、エイミ、リィカの3人は、リ・ア=バルクからの頼みごとを思い返していた。



***

「旧KMS社の最奥部に、秘密裏に作られた合成人間が2体眠っているんだ。その2体が目覚める前に破壊してもらえないか」

 

 リ・ア=バルクは、アルドにそう告げた。冗談を言っているわけではないことは、口調からも伝わってくる。アルドも真剣な表情で問い返す。


「……自分で破壊するわけにはいかないのか?」


「合成人間は、合成人間を破壊しないようプログラムされている。俺にはできない。」


 リィカとエイミも話しかける。

「ソノ2体は目覚メると、何カ危険なのデスか?」


「危険というより……助けてほしいんだ」


「助ける?破壊することが助けることにつながるの?」

「ああ、そうだ」


 リ・ア=バルクは話を続ける。


 

「これが俺自身の記憶なのか、どこからか流れ込んできた記憶なのかはわからない。……合成人間の俺が言うのもなんだが、本能的な何かがそうするように告げているんだ」


「……わかった。やってみるよ」


しばらく考えこんでいたアルドがそう答えると、リ・ア=バルクはふっと笑みを浮かべた……ように感じられた。


「頼んだぞ」


攻撃する意思はないということを再度示すように、ゆっくりとした動きでリ・ア=バルクは右手を耳に当てる。


「こちらリ・ア=バルク。侵入者を完全に排除。帰還する」


彼はアルドたちに背を向けて、自身が破壊した入り口へ歩いて行った。

***



「うーん、秘密裏に作られた合成人間2体、か……」


「ヌームたちの冷却ユニットを取ってくるだけのはずが……とんでもないことになってしまったわね」


「何ニセヨ、脅威ハ早めに阻止するのが一番デス!ノデ!」

 

 合成鬼竜がぐんぐんスピードを上げ、ガルレア大陸があっという間に小さくなる。そして、見慣れたエルジオンの街並みが姿を現した。


「おかえり。ちょっと時間がかかりすぎじゃない?」


 廃道ルート99。セバスちゃんがヌームたちとともに待っていた。待ちくたびれた、といわんばかりの表情は少し険しかった。


「ごめん、冷却ユニット、結局使い物にならなくてさ……」


 アルドが申し訳なさそうにしていると、

 セバスちゃんは「はあ?」と両眉を大きく上げながら「何言ってるの、ちゃんと冷却ユニットを届けてくれたじゃない」と言った。


「え?」

「まあ!」

「ナントイコトデショウ!!」


 迎えられた3人は、まさかの光景に目を疑い、開いた口がふさがらなかった。


「オカエリナサイ、アルドサン!」

「先程ハゴ迷惑ヲオカケシマシテ!」

「デモモウ大丈夫デス!」

「サアサア旧KMS社へ参リマショウ!」


 なんと、先ほどまで動くことができず、ただただ昔話を繰り返してばかりのヌームたち8体のロボットが、完全に元通りに、いや前よりももっと元気になって、そこに存在していた。

 当たり前のように動き、饒舌に話をしている。3人の周りを8体のロボットが囲み、おのおのが好き勝手に話しかける。


「えっと……どうして?」


アルドには何が起こったのか皆目見当もつかなかった。


「あんたたちが帰ってくるちょっと前に、赤い合成人間が新品の冷却ユニットをを8つ、置いていったのよ」


「なんだって!?」


「え、アルドが頼んだんじゃないの? 『アルドたちからだ。確かに渡したぞ』とかなんとか言ってたわよ」


「あいつ……」

3人は顔を見合わせて、ふっと笑った。


第4話へ続く。

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