第2話 「冷却ユニットを求めて」

「その、K M S社製のロボットっていうことが、何か問題なのか?」

 アルドが尋ねると、間髪入れずにセバスちゃんが答える。


「この子達に使われている部品から、K M S社製のロボットだってことに間違いはないわ。でも……これまで、こんな個体見たことない。本社に記録されている全機体のデータベースと照合してみても、合致するものはないの」


「それって、正式に作られたものじゃないってこと?」

エイミが口を挟む。


「恐らくそうね。誰かが極秘に作った……そう考えるのが妥当かしら」

「一体何の目的デ……」


「わからないわ。そこまでは解析できなかった。」

 セバスちゃんはコンピューターに接続されていた個体識別装置を外し、ヌームのもとあったところへ取り付けた。しばらくすると、またゆっくりと音声が聞こえてきた。


「むか……しむ……かし……」

「ヌーム……」

 アルドはずっと心配そうな顔でヌームたち8体のロボットを見つめている。少しも動くことなく、ただ目を光らせて同じ話を繰り返している彼らがかわいそうでしかたなかった。そして、何もできない自分にもどかしさを感じていた。


「さっきからずっと喋ってるこの話が、ヌーム達からの何かのメッセージなんじゃないの?」

エイミが突然、閃いたように呟いた。セバスちゃんがそれに反応する。


「この子たち、一体どういう話をしていたの?アルド、教えて」

「え……みんなが一斉に話していたから全部覚えていないけど……」


「ご安心クダサイ!私が全て記録しておりますノデ!」

 リィカがまた耳をくるくると回しながら、これまでの8体の昔話を再生し始めた。


◆ ◇ ◆


「むかしむかしあるところに 白く小さなおへやがありました。おへやはブリキたちによって守られていました。

 ブリキたちにはそのおへやを平和にするという使命がありました。

 そのおへやには誰もおらずずっとずっと平和でした。


 ある日白く小さなおへやに3人の子どもたちがやってきました。

 子どもたちはとてもなかよしでしたし、とても素直でブリキの言うこともよく聞きました。子どもたちが3人の間そのおへやは少しだけ平和でした。


 ブリキは主の命令でおへやから子どもをひとり外へ出すことになりました。

 ブリキは赤毛の男の子をひとり外に出しました。おへやには男の子と女の子がのこりおへやはちょっぴり平和でした。


 ふたりはたいせつなひみつをしってしまいました。

 白く小さなおへやはずっとずっと平和になりました。


 ふたりはずっとずっと逃げましたがおおかみたちはどこまでもどこまでもおいかけてきました。

 ふたりは 何日も何日も走ってくたくたになってしまいました。

 そして ついに女の子は おおかみたちに 呪いをかけられてしまいました。


 呪いをかけられた女の子を守って男の子はどこまでもどこまでも逃げました。

 女の子のマッチの火は今にも消えようとしていました。

 そして身動きがとれなくなっていたふたりを一匹の赤毛のおおかみが見つけました。


 赤毛のおおかみは他のおおかみたちと違いふたりを呪おうとはしませんでした。

 おおかみはてつのはこの中に隠れれば女の子は助かると男の子に教えました。

 男の子は女の子をはこの中に隠そうと決めました。

 そしてひとりぼっちにさせないために自分もはこの中に入りました。


 ふたりは結局おおかみたちに見つかってしまいました。

 主ははこのなかのふたりを消すことにしました。

 消される直前ふたりは8人の子を産みました。

 そして子どもたちが心を学ぶ童話の中に自分たちの物語を隠しておくことに決めたのです。

 ふたりの歩んだ道のりが無意味ではなかったことを信じて」


◆ ◇ ◆


「……内容は以上デス」

そう言ってリィカの耳がゆっくりと回転を止めた。


「どうですか?何か参考になりまシタカ?」

「うーん、俺にはただの昔話にしか思えないけど……」

「ブリキっていうのが、機械のことなのかしら?」

「ワタシ的には白い部屋と赤毛のオオカミが何かを暗喩しているのカト推測しまシタ」


 3人がヌームたちの昔話についてあれこれ意見を言い合っている中、セバスちゃんは一人何も発することなく考え込んでいた。その姿にアルドが気付いた。


「どうだ、セバスちゃんは何かわかったか?」

「いえ……でもちょっと引っかかることがあってね」

「何が?」


「まだ確証が持てないから何も言えないわ。それよりもまずは、この子たちを元に戻しましょう」

 セバスちゃんが自分の端末を取り出し、指でいくつか操作する。するとエイミの持っている端末からピピピ……と音がした。何かのデータを受信したようだ。画面を見たエイミが驚く。


「え、嘘でしょ」

「って思うでしょ。それが、本当なのよ」

「これはアリエナイ率80%デス……」


 リィカもセバスちゃんからデータを受け取ったようだった。何だか自分だけ蚊帳の外な感じがして、アルドがやきもきしながら言った。


「なあ、ヌーム達を元に戻すにはどうしたらいいんだ?」

 セバスちゃんが真剣な顔で返事をする。


「この子たちの冷却ユニットの型番を調べてみたら、監獄船に在庫がいくつかあることがわかったわ。……っていっても相当古い型だから使えるかどうかわからないけど。それを8つ、取ってきてちょうだい」


「監獄船って……」

 アルドが訝しげに言うと、リィカが答えた。

「ガルファゲンのことデス!」


「アルドもびっくりでしょ。まさかヌームたちの部品がそんなところにあるなんて」

 エイミも端末を少し操作して、画面をアルドに見せる。そこには、ガルファゲン内部の地図と、在庫がある場所が示されていた。


「……ああ。でもなんでそんなところに。まさか、ヌームたちは東方出身ってことなのか?」

「わからない。監獄船にたまたま在庫があるのか、そこで作られたのか。それとも……」


「元々そこの看守ロボットだっタトカ!」

「……ま、いろいろ可能性はあるわね」


 アルドは改めてヌームたちを見つめた。どんな過去があろうと、今はただ彼らを元に戻してあげたい。その気持ちでいっぱいだった。


「よし、行こう。監獄船ガルファゲンに!」

 そう言った後、アルドはセバスちゃんの方を向いて、こう言った。

「ごめんなセバスちゃん、なんか思ってもみない方向に話が進んでしまって」


「いや、なんだか逆に燃えてきたわ。絶対にこの子たちの出生を明らかにして見せるから。しばらく時間をちょうだい」

 

 セバスちゃんはセバスちゃんで、何か考えていることがあるようだった。その口調はやる気に満ち溢れていた。


◆ ◇ ◆


 エルジオンからはるか東のガルレア大陸。


 その上空には常に暴風雨が吹き荒れ、雷が鳴り響いている場所がある。暗黒空域と呼ばれているその中心には、巨大な黒い箱形の船が浮かんでいた。その船の名前は監獄船ガルファゲンという。

 

 囚人はコンピューターで管理され、牢獄も全て電子ロックで制御されている。通路には看守マシンがうろつき、脱走は敵わない。万一逃げられたとしても、外は雷と暴風雨が吹き荒れる空の上。一度入れられれば脱走することは不可能に近い、まさに難攻不落の監獄であった。


 K M S社の管理下にある監獄船だが現在は使われておらず、いつの間にか魔物が住み着き、古い看守マシンは当時のまま放置され、通路を徘徊している。当然人の出入りはなく、船の内部は当時のままになっている。


 合成鬼龍の助けを借りて、アルドたちはガルファゲンの内部に侵入していた。


「うーん、居心地の良い場所じゃないな。すぐに冷却ユニットを回収して帰ろう。」

アルドたちはセバスちゃんから貰った情報を元に、目的の場所へと向かう。


通路は暗く、一定の間隔ごとに赤い電灯が配置されている。暗闇に浮かぶ赤色が怪しげな雰囲気を醸し出し、微かに周囲の様子を照らしている。魔物や看守マシンが暴れた跡だろうか、所々瓦礫の山が築かれている。


「アルドさん、前方に敵を発見。看守マシンデス!」

 

 通路を走りながら、リィカが教えてくれた。先を見るとアルドたちの数倍はある、巨大な四足歩行の看守マシンが確認できた。赤い目玉が二つ、遠くからでもやけに目立った。相手もこちらを認識したようで、勢いよく向かってきた。


「よし、一気に蹴散らして進もう!」

「今度はワタシから行きますノデ!」

 リィカは背中からハンマーを取り出し、敵に向かって勢いよく叩きつけた。が、胴体部分に若干の凹みができたくらいで、びくともしなかった。


「!?」


 リィカが防御態勢に入る前に、敵が前足で蹴りつける。回避できず攻撃をまともに受けたリィカは、そのまま側壁に叩きつけられた。


「リィカ!」

「大丈夫デス……パワーヒール作動……」

 アルドの呼びかけに反応し、リィカは自分の修復に力を使う。


「やあっ!」

 次はアルドが剣を振るう。キン!と乾いた音を立てて剣が弾かれる。

硬い!装甲部分ではなく継ぎ目を狙って攻撃しなくては!


 すぐさま体制を立て直し、側面に移動しながら攻撃する箇所を見定める。

 

 次の瞬間、看守マシンの顔の部分がぐいっと曲がり、アルドの方を向く。そして、赤く不気味に光った二つの目玉からレーザーが発射された。間一髪でアルドはそれを躱す。


「アルド、どいて!」

 エイミが後ろから駆けてきて、敵の前足の関節の部分に蹴りを入れる。

 バランスを崩した敵に、さらに下から突き上げるように3発のパンチを叩き込む。その間、わずか数秒。

 電光石火の攻撃で、巨大な四足歩行の看守マシンは腹を見せてひっくり返った。


「今よ!」

「よしっ、任せろ!」

 

 アルドが敵の喉元、装甲と装甲の継ぎ目になっている部分に剣を突き刺す。すると、バチバチッ!と一瞬火花が飛び散り、そのまま敵は動かなくなった。赤い二つの目も光を失っていた。


「ふう」

 一息ついて、アルドは敵から剣を抜き取る。エイミも、敵が動かなくなったことを確認して、リィカに近づき声をかける。


「リィカ、大丈夫?」

「……ハイ。修復完了デス。ご迷惑をおかけしまシタ……」

 リィカはゆっくりと立ち上がり、長いピンクの髪をクルクルと回してみせる。その姿を見たアルドも安堵の表情を浮かべる。


「いやいや、この敵は相当強かったよ。俺の剣だってさ、正面からは弾かれたから」

「闇雲ニ突っ込んではいけないということを学習しました、ノデ!」


 エイミがリィカの肩をポン、と叩いて言った。

「さ、目的地まではあと少しよ。急ぎましょう」


◆ ◇ ◆


「目的地ニ到着しまシタ!」


 ガルファゲン、地下整備エリアにある部屋の一つ。ここが、エイミの端末に示された「ヌームたちと同じ型番の冷却ユニットがあるはずの」場所だった。

 

 もともとは、ロボットの整備を行っていた部屋だったのだろう。壁に取り付けられた棚には、古い油差しや工具、ネジなどが残っていた。溶接のための機械は錆び付いていて、作業台は半分以上欠けている。一目見ただけで、相当昔から放置されていることがわかる。


 しかも、

「まるで……ガラクタ置き場だな」

 とアルドが口にするぐらい、床にはごちゃごちゃとパーツが、ゴミが、壊れたロボットの一部が散乱していた。


「本当にこんなところに冷却ユニットがあるの?」

 エイミも毒づく。


「リィカ、センサーで探すことはできないか?」

「了解デス」

 アルドの呼びかけにリィカが応える。髪をぐるぐると回すこと数秒。


「アリマシタ!このパーツの山の中デス!」


 と指差した先には、壊れたロボットの残骸でできた山があった。

 先程倒した看守マシンの装甲のような鉄板や、鋭く尖った鉤爪のついた腕、目玉のレンズが割れた頭部……などなど、数え切れないほどの部品が積み重ねられている。


 アルドはそれを見て、なぜかヌームたちの姿と重ねてしまった。もしかしたら、彼らもこうなってしまうのかも知れない。せっかく出会った旅の仲間がそんなふうになるのは嫌だ。


 アルドは、ぶんぶんと首を振り、その一つ一つを丁寧にどかしていく。その姿を見たエイミとリィカも、同じように丁寧に残骸の山を崩していった。


「あった!……けど……」


 しばらくしてアルドが低くなった残骸の山の中に手を突っ込んで、何かを取り出した。最初は喜びに満ちていた顔が、すぐに曇る。


 見つけた冷却ユニットは古く錆び付いてて、とても使えそうなものではなかった。他に見つけたものも、明らかに壊れていたり、変色・変形したりしていた。


「これじゃ……使い物にならないわね」

「ハイ。ヌームさん達についている冷却ユニットの方がまだマシデス、ノデ。」

「じゃあ、どうすれば……」



ドゴォォン!


 突然ものすごい音と爆風。

 入り口の扉が勢いよく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 棚にあった工具類も音を立てこぼれ落ちた。ごちゃごちゃとした何とも言えない不快な音が部屋中に反響する。


「!!」


 不意を突かれたアルドたちだったが、すぐに振り返り武器を構え、臨戦態勢に入る。部屋の入り口は煙が大量に立ち込め、はっきりとはわからなかったが誰かがいることだけは確認できた。


「ガルファゲンに侵入者がいると連絡を受けて来てみたが……お前たちか」


 ゆっくりとした落ち着いた口調に、低い声。その話し方から強さまで感じられるようだった。

 

 アルドたちは武器を構えたまま、相手から視線を外さなかった。

 だんだんと煙が晴れていく。そこには、全身が赤い人造人間が、腕組みをして立っていた。


「お前は……リ・ア=バルク!!」


第3話へ続く。

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