機械仕掛けの願い

まめいえ

第1話 「故障したロボットたち」

「アルドさん、緊急事態デス!」

 曙光都市エルジオン、ガンマ区画。

 シアターで「バトル・オブ・ミグランス」を鑑賞し終えたアルドとリィカだったが、そこを出るや否や、彼女が長いピンクの髪をくるくると回転させながら叫んだ。


「どうしたんだ、リィカ!?」

突然のことにびくっと体を震わせながらも、アルドが尋ねる。


「アチラをご覧くだサイ!」

リィカがそう言って指差した先には、ザオルが経営する武器と防具の店、イシャール堂があった。


 その店先には、8体のロボットが横一列に並んでいて、何やら騒々しかった。みんな同じタイプのロボットに見えるが、それぞれ色と頭上の装飾が異なっている。


「あれは……ヌーム達じゃないか。こんなところで一体何を?」

「8体が同時に揃うことなんて滅多にありません、ノデ!」

「そう言われれば……。とにかく行ってみよう!」

 二人は急いで8体の元へ駆け寄った。


◆ ◇ ◆


「ヌーム、こんなところで何をしているんだ?」

 アルドは一番左にいる青いボディのロボットに話しかけた。


 だが、アルドの方を向きはせず、ただ一点を見つめて、

「むかしむかしあるところに……」

 と機械的に言葉を繰り返していた。


「?」

 アルドとリィカは顔を見合わせる。


「ウーオ、これは一体どういう……」

「ある日白く小さなおへやに……」


 アルドがヌームの隣にいる黄色いボディのロボットに話しかけたが、結果は同じだった。アルドの方を向こうともせず、ひたすら同じ話を繰り返している。


「ブリキは主人の命令で……」

「二人は大切な秘密を……」

「二人はずっと逃げました……」

「呪いをかけられた……」

「赤毛のおおかみは……」

「二人は結局おおかみたちに……」


 8体のロボットがそれぞれ違う話を延々と繰り返す。アルドとリィカがいくら話しかけても何も変わらなかった。


 何事かと、だんだんとイシャール堂の前に人々が集まってくる。

「まずいぞ、リィカ。何とかしないと。」

「とりあえず、ヌームさん達を別の場所ニ連れていきまショウ。」

「えっと、どこに……」

「廃道ルート99が一番近いと思われマス!」

「よし、わかった!」


 アルドがヌームとウーオの手を掴み、走りだそうとした。しかし、2体はその動きについていけず、力なくその場に崩れ落ちた。自分で起き上がる気配はなく、崩れ落ちてもなお昔話を続ける。どうやら自分で動くことができないようだった。

 

 それを見たリィカが一言。

「……抱えまショウ!」

 二人は数十キロもあるロボットを抱え、目的地まで4回往復した。


◆ ◇ ◆


 廃道ルート99。工業都市廃墟へと続くこの道は、現在使われておらず、半ば合成人間たちの住処と化していた。


 機械兵士たちが、工業都市廃墟へ侵入しようとするものを排除しようと常にうろついている。人があまり来ないのをいいことに、あえて危険を犯し密会などに使うごろつきもいるようだが、合成人間に捕まったら最後。無事に帰ってこられたものはいないといってもいい。

 

 そんな危険な場所ではあるが、アルド達はこれまで何度となくこの場所を訪れており、迷い込んだ子供を助けたり、機械のパーツを求めに行ったり、合成人間たちと戦いを繰り広げたりしてきた。おかげで、道もほとんど把握していた。

合成人間たちの目が届きにくい場所を選んで、二人は協力して8体のロボットを運び終えた。


「はぁはぁ、中々に重かったぞ」

 アルドは息も絶え絶えにそう言った。リィカは、


「アルドさん、心拍数上昇。筋肉量増加!経験値2000ゲットです!ノデ!」

と嬉しそうに話している。彼女なりのジョークのつもりだったが、疲れているアルドには一切響かなかった。


「さて……と。ヌーム達はどうしちゃったんだろう。リィカはどう思う?」

 そう聞かれてリィカは長い髪をクルクルと回しながら、8体を見つめた。センサーを活用して彼らの異常を調べているのだ。彼女の長い髪は様々な場面で役に立つ。


髪の回転が止まった。分析を終了したリィカが答えた。

「恐らく何かしらのエラーが起こったノデショウ。通常の行動をストップし、メモリ内にあるデータを再生しているものと思われマス。」


「メモリって……つまり、もともとヌーム達が記憶していた内容ってことか……」

「そういうことになります。何の目的で昔話がインプットされているのか分かりまセンガ……」


 場所を変えたものの、8体のロボット達の意味不明な昔話は止まらない。

「白く小さなお部屋がありました……」

「子供たちはとても仲良しでした……」

「赤毛の男の子をひとり外に出しました……」

「秘密を知ってしまいました……」

「オオカミたちに呪いをかけられて……」

「赤毛のオオカミが見つけました……」

「鉄の箱の中に隠れれば……」

「八人の子を生みました……」


 それどころか何度も同じ話を繰り返すものだから、回路がオーバーヒートしたのだろう。ボディの継ぎ目から蒸気が溢れ出してきた。


「これは、まずいんじゃないか?」

「冷却ユニットの故障と思われマス。この先の工業都市廃墟に修理用のパーツがあるかもしれまセン。探しに行きまショウ!」


◆ ◇ ◆


 工業都市廃墟の中はひっそりとしていた。都市全体にはまだ電力が通っており、薄らではあるが照明で全ての場所が照らされている。


 通路に置かれているディスプレイは画面が割れているものがほとんどだが、いくつかは無傷のまま残っていて、当時と同じ映像を繰り返し流している。とはいえ、現在ここで何かが生産されているわけではなく、廃道ルート99と同じく、合成人間の住処になっている。


 ときおり遠くからガシャンガシャンと機械が歩くような音が聞こえてくるが、それもしばらくすると聞こえなくなり、静寂が訪れる。


「ええと、冷却ユニットを探すんだったよな」

「ハイ。この先に保管庫がありマス。そこを探してみまショウ!」


 アルドたちの足音だけが、廃墟内に響く。しばらく道なりに進んでいくと、突き当たりに大きな部屋があった。


「ココデス!」

 まさに保管庫に入ろうとした時だった。

 けたたましいサイレン音と共に、頭上から2体のサーチビットが現れ、アルドたちの前に割って入った。


「侵入者発見。直チニ排除シマス」

 銀色の丸いボディの中心にある、赤い目玉が点滅して動きながら、アルドとリィカを交互に見つめている。そして、ボディの両脇に生えている円筒状の腕が、ガチャっと音を立てて動き、先から銃口が現れた。


 ガガガガガガガガ!

 問答無用でサーチビットが攻撃を仕掛けてきた。


 アルドは横っ飛びで敵の弾丸を躱す。リィカはその場に立ったまま敵の弾丸を浴びたが、ボディが若干汚れた程度で、傷らしい傷は一つもつかなかった。


「ボディノ損傷、ナシ。攻撃ニ移リマス」

「はぁっ!」

リィカが背中からハンマーを取り出し、攻撃態勢に入ろうとする前に、アルドが横からサーチビットたちを2回、剣で切りつけた。敵の体はXの形に大きく切り裂かれ、空中で爆発した。


「よしっ」

満足げな表情でアルドは一度剣を振り、そして鞘に収めた。


「よしっ、じゃありまセン!今から私の華麗なる攻撃が始まるところだったノニ……」

「ははっ、ごめんごめん」


「敵の反応、ナシ。さあ、アルドさん冷却ユニットを探しまショウ!」

 そんな会話をしながら部屋の中へ入る二人を、遠くから一体の合成人間がじっと見つめていた。


◆ ◇ ◆


「で、冷却ユニットを取り替えようとしたら、全く合わなかったってわけね」


 再び、廃道ルート99。ヌーム達8体のロボットは蒸気こそ止まっていたが、目の輝きが半減し、発する言葉も途切れ途切れになっていた。首の装甲が外され、冷却ユニットがあらわになっている。

 

 アルドから連絡を受けてやって来たエイミが、工業都市廃墟から持って来た新しい冷却ユニットを手で掴み、ヌーム達に装着されているそれと比べてみる。新しいものは10センチ程度の円柱形で、装着されているものはその倍ほどもある大型の角ばった形をしていた。交換することができないのは誰の目から見ても明らかだった。


「人型ロボットの冷却ユニットは規格が統一されているハズなんですが……」

「そこで、エイミなら何かわかるんじゃないかって思ってさ。」

 アルドが横から口を挟んだ。


「っていっても、私は鍛冶屋の娘だからね。機械のことはよくわからないわ。」

 お手上げ、といった感じで軽くため息をつきながら、エイミは冷却ユニットをリィカに渡す。


「機械といえば、あの子に頼んでみるしかないでしょ」

 エイミはポケットから端末を取り出し、簡単な操作をしてから耳に当てる。


「あ、セバスちゃん?ちょっと困ったことが起きてさ……廃道ルート99まで来てくれない?……うん、そう。8体まとめて診て欲しいの。……持っていけるわけないでしょ。お願い、よろしくね」

 

 話が終わると端末をポケットにしまい、エイミがアルドとリィカの方を向いて言った。

「これで大丈夫。セバスちゃんならなんとかしてくれるはずよ」

「ナルホド!セバスちゃんさんなら解決できそうデス!」

リィカが感心した様子で答えた。それを聞いたアルドが間髪を入れずに突っ込む。


「リィカ、セバスちゃんさんはおかしいぞ。ちゃんかさんかどちらかでいいんだよ」

「そうでシタ。デハ「セバスさん」インプット完了デス」


 そのやりとりに、今度はエイミが突っ込む。

「ちょっと。あの子にセバスさんなんて言ったら怒って帰っちゃうわよ。リィカ、「セバスちゃん」でいいのよ」

「了解しまシタ。「セバスちゃん」再入力完了デス」

「あれ、この流れ、どこかで聞いたことがあるような……」


 そう言って笑っているアルドの横で、8体のロボットは未だに昔話を続けていた。

「箱の中の……二人を……消すことに……しました……」


◆ ◇ ◆


「もう、この私を呼び出すなんて、それ相応の見返りをもらうからね」

 数十分後、セバスちゃんが廃道ルート99にやって来た。


 ピンク色の髪の毛を二つに結び、幼い顔立ちをしているが、機械に精通している天才少女であり、世界に名だたるKMS社の会長の孫娘である。


「この子たちが故障して、突然昔話を始めたロボットね」

そう言いながら、セバスちゃんは8体のロボットたちと、手に持った人型ロボットの冷却ユニットを交互に見つめる。

 

 明らかに形が合わないことがわかると、ポイと冷却ユニットを投げ捨てた。そして、ヌームの首元に装着されている冷却ユニットを力任せに引き抜き、地面に置いた。


「おい、セバスちゃん。そんなに乱暴に扱わないでくれよ。俺たちの大切な仲間なんだからさ」

 

 心配そうに見つめるアルドをよそに、セバスちゃんはさらにヌームの首元、たった今冷却ユニットを引き抜き空洞になった場所に手を突っ込む。何かを掴んだようで、数回力を込めて手を動かした。ガコッという音がしてそれを外し、取り出した。手のひらサイズの黒い箱型の物体だった。するとヌームの途切れ途切れの昔話がピタッと止んだ。


「ふう」

「それは何ですカ?」

リィカも興味津々で、セバスちゃんが取り出したものを見ようと身を乗り出してきた。


「これは個体識別装置よ。ま、簡単にいうとこの子のメインコンピュータ。これを解析すればいろいろわかるかも」

「わかるかもって……部品を取ったりしないで、とにかくヌームを直してくれよ」


 アルドの住んでいた時代には当然ロボットなどいない。未来を行き来する中でだんだんとロボットというものに慣れてはきたが、目の前で分解に近いことをされると、何だか壊されているような気がしてくるのだった。


「うるさいわね、この子がいつ、どこでどのようにして作られたかを調べないと直しようがないじゃないの。素人は黙って見ててちょうだい」

 そう言われると、何も言い返せなかった。アルドは言われた通り、ただ黙って見つめる。


 セバスちゃんは自分で持ってきたコンピューターと、ヌームから取り出した個体識別装置をつなぎ、解析を始めた。キーボードをカタカタと鳴らし、何やら入力していく。しばらくして、セバスちゃんが驚きの声をあげた。


「……なんてこと」

「何かわかったのか!?」

 アルド、エイミ、リィカが一斉にセバスチャンを、そしてセバスちゃんのコンピューターを見つめる。


 セバスちゃんはゆっくりと振り返り、口を開いた。

「この子たち、全員K M S社製のロボットよ。それもかなり昔の」


第2話へ続く


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