第5話 旅路ー1

魔王の城を出て数時間、二世はくたばっていた。バックパックを背負って、足を引きずりながら歩いていた。


魔王の城は毒の沼の中にあり、一本橋が、南大陸本土まで伸びている。その橋は石畳でできており、ただ徒歩で移動するのには適していない。

かたい石畳は、魔王城から一歩も出ていなかった二世にとっては、非常につらいものだった。


「二世さー、そんなんでくたばるの」

「仕方がないでしょ、運動なんてしてこなかったんだから」

「ま、いいんじゃない。けどもう南大陸も見えてきたんだしさ急いで行って、休めばよくない?」


すでに南大陸本土の姿が見えていた。しかし、さっきから見えているのだが、一向に近づいている気がしない。

秘書はまだ全然元気そうだった。靴は歩きにくそうなかかとを挙げたものなのに、基礎体力がいいのか、それともほかの能力が高いのか。それともその靴が歩きやすいのか。


「ゆっくり行くならこの橋の解説でもするよ。暇だしね。この橋は、亜人たちが作ったものなんだよね。」

「以前の魔王が、無理やり作らせたってこと?」

二世の質問に答えず、秘書は続ける。

「その種族っていうのが、蛇足人なんだけど名前の通り足が蛇でほかの亜人から嫌われてて、で毒の耐性もあったからこの場所に追い込まれるように過ごしていたんだって、で、ほかの種族を恨んでいたから毒の沼に魔王城が転送してきて、この世界を侵略しに来たって言ったら喜んでこの橋を作ったんだよ」


馬鹿だねーと秘書は笑った。


「で、その種族はどうなったの?」

「さあ?まだそこらへんにいるんじゃない?」

「さあって?どうして知らないの?」

「完成した後喜んでいたら起こって攻撃してきたんだよね」

「は?」

「だから、せっかく手柄を手に入れたり、完成したりするのにその行いを無碍にすることを蛇足っていうようにしたの」

「なんだか、難儀な人間だね」

「そうだね」


そこから、どんなことを学んでいたのかしきりに聞いてきた秘書に答えていたらついに南大陸本土についた。



最後の村。そこは魔人が住む町。勇者によって多く殺され生き残りたちが集った街である。

魔人というのは、寿命がとても長い。秘書が先代魔王から仕えているのにまだ生娘のように見えるのはその証拠といってもいい。

魔人は召喚術というのを生活や戦闘に利用している。

その多くは生物だが、秘書のように闇という抽象的なものを仕える者たちもいる。


その町はひどくさびれているようだった。

毒の沼の近くということもあってか、建物はひどく風化しもともとは立派な建物であっただろう建造物にはそこからでもヒューヒューとカザキリ音が聞こえる。


「まあ、ひどくすたれているなー」

「秘書さんは、家族とかいないの?」

「いたんだけど、この世界に来る前に戦争で死んじゃった」

「ごめん、そんなこと聞いて」

「別にいいよ。死ぬことなんて珍しいことじゃないし、強いものこそ正しいからね。死んじゃったら強さわからないし」


秘書の根底には強いものこそ正しいというものがあるようだ。それがよいことなのか悪いことなのか今はわからない。ただ、勝負に負けたら従ってくれるというのは非常に分かりやすい。

わかりやすい?


「ちなみに、秘書さんが父や僕以外の人に負けたらどっちにつくの?」

「魔王様がほかのだれかよりも弱いということはほとんどないと思いますけど、今のところ特に決めてないですね。どっちかが勝負して負けてたら勝ったほうにつきますけど」


つまり、魔王が生きているうちは秘書が魔王の命令に背くことはなく安全だが、魔王が死んだあと、二世が負けていた相手に負ければ、そちら側につかれるということだ。これは非常にまずい。

が、そんなこと考えていても仕方がないので軽く受け止めておく。


「とりあえず、どこか休めるところに行こうか」

「いいですよ、あそことかいいんじゃないですか?」


秘書が指さした方向に傾いた看板があった。看板にはボロボロになって薄くなっているが酒場と書いてある。


「いいね」


二世たちは、酒場へ足を動かした。





きしんでいる、酒場のドアを開けるとどこからか音楽が聞こえてきた。

音楽といっても、その音はひどいもので、いびきに似た何かであった。


店には誰もいない。と思っていたが、店の一番奥の席で魔人の老人が空っぽになったコップを見つめている。それは何年間もそこに座っているようだった。


不愛想な店主が、二人をにら見つけた。店主には角が生えていたが、秘書のようにきっちりしたものではなくいうならば不細工な形だ。

そんなことはお構いなしに店主の目の前にある席に秘書は座り、


「なんか食べ物おくれ」


といった。遅れて二世もの隣に座る。


店主は振り返ると、何かをぶつくさとつぶやき見ていた先に光が現れた。

光といっても神々しい光などではなく怪しく鈍った輝きを持っている。


光が収まるとそこには、緑色の芋虫に似た生物が現れていた。大きさは手でぎりぎり持てるほどの太さで腕の長さほどある。

それをいつから洗っているかわからない。薄汚れた包丁を持ち、首と思わしきほうをぶった切った。芋虫はひどく痙攣していたが、やがてその動きは収まり動かなくなったそれをそのままさらに盛りつけた。

それを秘書の前に出す。


それを、二世はドン引きしてみていたが、秘書はたいして抵抗がないようだった。


「おっ、きたきた」

と、闇で上手にフォークとナイフを作って、パクリと食べた。


「うー、まず」


と予想どおりの反応を見せたが、


「二世食べないの?」


闇でその皿を持ってそのままこっちを見てきた。。


「まずいんでしょ?」

「まずいけど食べれるうちに食べておかないと、バックパックに食料はあるんだろうけどそんなに量ないでしょ?」

「一か月分はあると思うけど、それにお金もあるし今おなかすいてないから」

「この味気にならない?」


正直言って気になる。正面に店主がいるのにまずいといえるその味、学者の骸骨に囲まれていたため知的好奇心を抑えられない。


「一口だけなら」

「よし来た、はい 」


とそのまま皿を渡してきた。


近くで見るとその不気味さがわかる。いびつな形、いまだに動いている体、そのどこをとっても不気味なことが伝わる料理は紫色の光を放っているようだった。


恐る恐る口に運び、一口サイズになったそれを食べた。










まずい。







生臭さというのが伝わってくる。これを料理といっていいものか、そこら辺の虫を捕まえただけではないか。

おいしいところも見つけてみようと思ったが、触感もぐちゃぐちゃとしていてあまりよろしくない。芋虫の皮は嚙み切ることに難しい。


せめて焼いてくれ。


「どうまずいでしょ?」

「・・・不思議な味がします」


さすがに、店主の前でまずいというのは気が引ける。


「どうして火を使わないんですか」

「・・・火というのは戦争の道具だ。もう俺達には必要ない、それに召還したばかりだから新鮮だろ」


先代の魔王が死んでからというもの、魔人は戦争の放棄を決めた。その中で便利な道具も捨ててしまったようだ。


こんな食事ならば、この町が廃れてしまう理由の一つになっているかもしれない。


「ちなみに、この町の長はどこにいるの?」

秘書は、まずいご飯を口に入れながら店主に尋ねた。


「そこにいる、老人がそうだよ」


店の奥にいた老人を見る。しかし、すでにそこにはいない。代わりに二世の隣に座っていた。


「私に何か用かな」


音もなく移動していたので二世は驚いた。


「これをお渡ししておきます」

「これは?」

 バックパックから出した通信用の器具を長に渡した。

 「これは遠くに離れていても会話ができるようになる道具です」

「私の世界にもこれに似たものがありました、しかし、構造はかなり違うようですね」


珍しいものを見るようなめをしながらまじまじと見た。


「それと店主にはこれを」

「これは?」

「いいの?これ、道中使うやつじゃない?」


それは火を使わずに物を温めることができる錬金陣だった。黒い岩にそのまま錬金陣が掘ってあり、その横に賢者の石が刺さっていた。

骸骨が、道中お湯を沸かすときなどに使ってほしいといっていたものだった。


「いいや、この料理だけでは、この町は、いずれ滅亡してしまう。正直、火を使ってほしいというのは歩けれど、そういう考え方なら仕方がない。」

「でもこれは争いに使えるんじゃ」


店主は見たことのない技術に懐疑的だった。

錬金術というのも、人が戦争に使っていたというイメージが強かった。

この錬金陣の仕組みというのはものを振動させて温めるというものだった。


「どんな道具でも争いに使えるさ」


どんな道具でも戦争に使える。それは便利なのもでも、人間は戦争に使うことができるのだ。

この道具だって人間に使えば、大量虐殺兵器になるかもしれない。


「そういうことならいただいておこう、まともな料理なんて出せないかもしれないがな」


店主は初めて笑顔を見せた。


千年前、火を奪われ、自分は料理人として終わったと思っていたが再びチャンスが舞い降りてきたのだ。


これは楽しみだと思った。


二世はそこまで考えが及んでいなかったが、確かに店主の心には火が付いたのだった。







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