第4話 冒険の始まり


「この世界を見てこい」

「はい?」


秘書が医務室に運ばれた後、二世は魔王に呼び出されていた。

今まで、外に出るなと言われていたので鳩に豆鉄砲である。


「理由を聞いてもいいですか」

「最近、迷宮というものが大陸中に出現している。」

「それは知っています。しかし、父上の力ならばすべてなくすことができるでしょう」

「あれは私の力だ」


 骸骨たちの仮説に建てられていた一つだが、よもや本当だとは。


「私はお前がこの世界に来た時から、どんどん力が抜けていくような感じがしていた。私ももともと人間だ。入れ物が耐えられなくなったのだろう。」



自身の手を見る。強靭ではりのあった肌はどこかに消え、病弱で細い老人の腕だ。




「それで、あの迷宮が父上の分身であると」

「そうだ。お前もそうだと踏んでいる」



別の世界から人間一人を持ってくるのには莫大なエネルギーが必要となる。それは体の大きさはそうだが頭の良さもエネルギーを増大させる基準になりゆる。死に近いもの、すでに死んでしまったものの場合はもっとエネルギーが少なくても転生させることができるのだ。

二世が、この世界に来たのは赤ん坊のころ、知識はほとんどなく、さらに虐待によって死にかけた状態だった。もっとも小さなエネルギーで、転生してこれたのだろう。



「しかし、父上は死なないでしょう」

「人間である以上いつかは死ぬさ。私は勇者のころ何度も死にそのたびに生き返っていたが、そのたびに何かが抜け落ちていた気がした。魔力やエネルギーではない。人として大事な何かも失っていた気がする。最後に殺されたとき、それをすべて思い出したが彼女は死に私は魔王になった。人間として生きるならいつかは死なないといけない。」


魔王は昔を思い出しながらそうのたまった。


「しかし、それがなぜ私が世界を見てこないといけない理由になるのですか?」

「私が死ねば再び世界は混沌に飲まれる。人の際限ない欲望は人間の種族同士の争うだけでなく、亜人や魔人、大陸にいるすべての知的生命体を巻き込んだ大戦争が再びおこるだろ。お前には、私のような圧倒的な力はない。暴力による恐怖ではこの世界に平和をもたらすことができない。」



そう言い切る。そうだ。私には力がない。



魔王の遺志を継ぐ。それはどんな時でも畏怖される存在でないといけないということだろう。




「それに世界を見てこいということには何の関係が」

「戦争は止められない。もし戦争が起こったのなら、私によって交流の立たれている亜人、魔人は各個撃破され、人がこの世界のすべてを征服してしまうだろう。人はこの千年間何度も止めようとしたが人同士の戦争を辞めなかった。だから、戦争の技術だけは特筆して高い。それだけは何としても避けなければならない。人が支配したなら、人以外の種族は奴隷もしくは死んだほうがましな生活を強いられるようになるだろう。」


「それを避けるための手段を旅で見つけてこいと」

「そうだ。亜人、魔人には私が危篤なことを伝えるほうがいいかもしれないが、それだとまた戦争が起こらぬか心配だ」


「どうにか争いが起きず、父上が死んだ後も自由が保証される世界にする方法を見つけるのが旅の目的ですね」

「できれば、どんな違いがあるのか、見てくるといい。それを解決してもいいだろう」


「しかし、父上が死んだことを黙っておいても良いのではないのですか?」

「千年前、私が召喚されたときどれだけ生き返るのか基準を設けてもらうため、残っている魔力量に反応するようにわかる石像がいくつも作られた。それがいまだに残っており、反応しているから人間たちは戦争の道具がいくら発展しても南大陸にはせめてこないんだ。私が死ねばすぐにばれるだろうな」


「なるほど、その状態ですとかなりまずいですね」

「質問は以上か?それでは準備するといい」


「最後に一つ。あなたが死んだあと、私が魔王になるべきでしょうか?」



まっすぐ魔王を見た。これは非常に重要な質問だ。魔王が平和に必要なのかを問うのだから。




「そんなこと私にはわからん。お前の道は自分で見つけるしかない」



「そうですか、そうですよね。失礼します。」


「うむ」

 答えがあったらどれだけ楽だろう。そう簡単な問題ではないのだ。簡単に教えることもできないのだ。人それぞれなのだから。

二世は、魔王の間の無駄に大きなしかし意外と軽い扉とも言えない門を閉め、頭を掻いた。骸骨たちにも挨拶をしなければならない。




図書館に戻るといつもの骸骨たちは屯って鏡を見ていた。


「秘書の寝顔はかわいいの」

「寝ていたほうがかわいいわいおっかなくないしの」


「また見てるの?直接見に行けばいいじゃない。」

「坊ちゃん、お戻りになられましたか」

カラカラと音を立てながら鏡を見ている骸骨は振り返った。

「坊ちゃんはわかっていらっしゃらない。こうやって平面で見るのがいいのですよ。全体を見やすいのです」

「わからないよそんなこと」

二世は苦笑いをした。


「それでどんなことで呼ばれたのですか」

「そうそれなんだけれど、集まってくれる?」


 別の方向で何かをしている骸骨1を含めた三人の骸骨は二世のほうに集まり、魔王から聞いた話を言った。


「そうですか、魔王様の命がつきそうと」

「世界は混乱いたしますな、人だけでなく、亜人も魔人も」

「どんなことが起こると思う?」

「少なくとも人間たちはこの南大陸に攻めてきます。もう一つあるとすれば、魔王の自称ですかね」


 鏡を見ていなかった骸骨は手を顎につけながらそう言った。


「魔王の自称?」

「私こそが魔王だ。という人が現れるということです。それも何人も現れるでしょう。」


 二世は疑問に思う。


「どうして魔王は恐れられる存在じゃないの?」

「畏れられる存在なのです。魔王というのは、畏怖という言葉があるように、神のように扱われる存在なのです。神になりたい、自信を神だと思っている愚か者がこの世界にはなんと多いことか」


骸骨は嘆いていた。


「父上が死にかけなことを伝えたいんだけどどうすればいいと思う?」

「それはやめておいたほうがいいでしょう。最近、といっても百年ほど前ですが音声を転送する道具を発明いたしました。それを渡して置くのがよろしいかと」


「そんな便利な道具があるの」

「はい、坊ちゃんの決闘が終わった後この図書館をひっくり返す勢いで、過去の発明品を探し回りました。私たちは研究による熱意だけで動いている。もともと八人いた若い天才たちも千年もたてば残るのは三人。おまけに二人は研究と称して毎日性欲におぼれてばかり」




「何を!」

「これもれっきとした研究だ!」

骸骨は反論しているが、さっきからちらちらと秘書が映った鏡の方向を見ている。





「まあいいでしょう、性欲というのが人の欲望の中で必要なものなのはわかります。自動人形もあなたたちのおかげでできました。」

「それで発明品はどうなったの?」



「そうでしたその話でした。脳みそがないのですぐに忘れてしまいますね。これが、この千年間私たち人のこの天才がこの閉鎖的な世界で一生懸命仮説を出し合い、いつか使われるために、世の中をよくするために書いてきた蔵書のリストです。」


そうして渡されたリストは、小さな本一冊分の大きさがあった。途中からでも紙をつけ足せるようにかたい表紙にひもで一枚一枚通されているような形状をしている。中をぺらぺらとめくってみると、専門的なことからわかりやすく書かれているものまで八人の違った文字のメモがバラばらに入っているようなものだった。



「この少しの時間で全部確認したの?」

「いいえ、その本はもともとあったものです。私はその存在を忘れていましたが、研究の進捗を伝えるために書いていたノートです。」


 本を見ながら骸骨は昔を思い出した。


「思い出はないの?」

「ええありますとも、私たちは肉体を500年前までもっていました。しかし、それもがたがきてしまったのです。あいにく肉体から魂を別の体に入れ移す方法はわかっていましたが、怖くて誰もできなかった。その中で、昔から一番賢かった奴がその術を試したのです。成功しました。みんな喜んで骸骨の姿になりました。改良を加えながら、最後にやったのがこの三人だったのです。800年前のある日、その一番賢かった奴がいきなり動かなくなりました。次々と仲間は動かなくなり私たちだけになりました。そのノートは800年前までのものです。賢かった奴が死んでから誰も書かなくなった。だから、それは私たち8人の最後の思い出といえるでしょうね」


「説明が長いの」

「まったく年を取ると、話が長くてかなわん」

骸骨が少し思い出したように笑っていた。


「ですが、これは魔王様のように強大な力によって支配できなくなったときのために研究していたこと。ぜひこれからの世界に使ってください」

「わかった。」


「お、秘書殿が起きた」

「なぜここにいるのかわからないような顔をしているぞ。エッチだな」

骸骨どもは、話の腰を折るように鏡にかじりついた。


「また彼女を連れて行ったほうがいいかと、彼女は魔王様を除けば、能力的にはこの世界でもかなり上のほうに位置するでしょうから。頭が弱いのが難点ですが」

 骸骨1は鏡に映っている秘書を見ながら、つぶやいた。


「そんなことゆるさん!こうやってのぞくことがどれだけ楽しいかお前にはわからんのじゃろう」

「そうじゃそうじゃ、この石頭が!!」

 骸骨たちは、ブーブー文句を言っている。


「黙れ変態どもが、坊ちゃんがどうなってもいいのか」


その後も文句を垂れていたが、結局秘書を連れて行ってもいいということになった。


本人の了承を受けていないから、何とも言えないが。






「私が、魔王城から離れて冒険してこいですって?なんでそんなことしないといけないのよ」


やはりというべきか、断られてしまった。すでに闇の衣をまとい、病室のベットに座っている魔王秘書は、二世をじっと見た。


「第一、勝負には負けたけどまだあなた魔王様に勝っていないから部下でも何でもないのだけれども、そのところはどうなの」


魔王秘書とはこんな性格だったのだろうか?それとも勝負に負けたから内面的なところも話してくれているのだろうか。


「勝負に関しては負けを認めざる負えないわ。完全に油断してた。そうよね戦闘っていうのは最後まで油断しないのが重要なのに」


魔王秘書箱ごとのようにつぶやいた。


「秘書の力があったから倒せたんだよ」

「それ負けた相手に言う言葉?やめてよ恥ずかしい女になりたくないの」


困惑したように笑いながら、秘書は天井を向いた。


「もしも私を連れて行くっていうなら、魔王様の名がないといけないけど多分許可してくれるよね」

「父上のことはよくわからないけど許可してくれると思う」


まだ許可をもらっていないので何とも言えない。外の世界がどれだけ危険かわからないが、一人で旅をさせるというような愚かなことはしないだろう。装備や人員は充実させてくれるはずだ。


「わかったわ。ついていく。一応、魔王様にも聞いておいてね。許可はされると思うけど」

「秘書さんってただの脳筋じゃなかったんだね」


魔王の秘書ならば、許可がなくても行けると思ったらすぐに行動するものだと思っていたが、報告はしっかりするのだと思った。


「私だって、人に使えるときのあたりまえぐらいできますよ。そうじゃなかったら、魔王の秘書なんてやってられません。」

「そうだね。ごめん。すべてを破壊すれば大丈夫みたいな考え方だと思っていたから」

「その考えがあることは否定しないけど、ちゃんと節度思って行動してます」


顔を少し膨らませながら、秘書は不貞腐れた。


「じゃあよろしく」

「わかったわよ」



その後魔王に謁見し、無事秘書を連れていける許可がもらえた。


道中の旅のために腰につける掌で持てるぎりぎりの大きさほどの袋に目いっぱい金貨を入れたものをもらった。今の物価がどの程度かわからないが、これだけあればきっと大丈夫だろう。


物の売り買いはしたことがないので非常に楽しみだった。


装備としては、骸骨、いつも秘書の裸を見ている片方が作った、糸をはく生物の布でできた茶色いコートに、襟なしのシャツ、動きやすいこれまた同じ骸骨が糸状の繊維を実に着ける植物作ったズボンをはき、インナーはいつもの薄くて軽い、いつも着ているものだった。


いつも秘書の裸を楽しみにしている骸骨の片割れは、生物学に精通しており、動物、植物、微生物に至るまで研究をしていた。今は、秘書の裸にお熱だが。


どれにも骸骨1によって魔法を魔力に変える錬金陣が敷かれており、近くにある魔力が空っぽの賢者の石に変換したエネルギーをためることができた。


賢者の石というのは、もともと人の魔力を死後取り出して固めたものであったが、それだけでは犠牲が多すぎるし、再度使用ができないということで、空っぽの賢者の石を人の犠牲なしに作り出し、余剰のエネルギーを変換してためる機構として利用されるようになった。


賢者の石というよりは水筒に近いだろう。ためるものが水と魔力という違いがあるが。


ちなみに秘書の服も作られた。闇の衣に色が近い漆黒で体に密着するように作られ、肌の露出が下がった。


骸骨たちは残念がると思ったが、

「これはこれであり」

ということらしい。変態とは難儀なものである。


また秘書の感想としてはいたく気に入ったらしく、その理由として

「闇はずっとひんやりとしていて夏はいいけど冬は寒くてたまらなかった」

と言っていた

ならば、普通の服を着ればいいと思うのだが、

「でも、戦闘の後に服がちれぢれになっちゃうんだよね」

と言っていた。

好き好んできているものだと思っていたが、別にそういう理由はないらしかった。いつ戦闘が起きてもいいよう彼女なりに考えていたのだ。まじめだと思った。それなら戦闘前に服を脱げばいいとも思ったが言わないでおこう。彼女は多分戦闘が好きなのだ。


その密着している服はというと同じように変態骸骨によって作られ、骸骨1に錬金術によって、秘書の闇を貫通するように作られていた。よくできているものだ。


そのほかに生活で必要そうなものをバックパックに詰め込まれ、旅の準備が整った。





今万感の思いを乗せて魔王の息子が旅立つ。

彼はこの世界を破滅させる魔王になるのか、はたまたこの世界を救う存在になるのか今はまだわからない。


ただ彼の動きがこの世界を動かしていくのは間違いないだろう。

それは破滅か、救済か、

彼はを世界平和という夢を持って、まだ見ぬ世界を見て回るのだ。

形のない夢だが、いつかかなうことを信じて。

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