第2話 呼び出し
魔王城最上階。
この世界を圧倒的な力という恐怖によって平和に導き、千年間の平安の時代を作った王の姿がそこにあった。
かつてのあふれんばかりの力は千年を機に衰え、体はどんどん縮み、髪の毛は白髪のみとなり、人の老化した姿ほどになっている。
それでもこの世界で一番強いことは変わらないであろう圧倒的なプレッシャーでその席に座っていた。
玉座の間には、かつての魔王が施した恐ろしい姿をした怪物の彫刻が数多く柱に刻まれており、その床は傷一つない大理石で埋められていた。
しかし、一枚だけ傷の残った大理石が残っていた。
魔王の座から降りてすぐ右にある傷だらけの大理石。よく見ると石の種類も少し異なっているのがわかる。
かつて自分が人間だったころに最後に殺された場所。愛してくれた人が復讐を果たし、命を落とした場所。愛した人を最後に見た場所。
人と人は分かり合えないのではなく、分かり合っていても争いはなくならないと知った場所。
その石を律儀に残しているのだった。
魔王その床を眺めながら、少し昔を思い出していた。
しかしすぐにやめる。世界では迷宮と名付けられた謎の建物によって混乱状態になっていた。その原因を探っていたのだ。
宙に浮いた豪華な装飾を施された鏡は、世界の各地を映し出していた。
そこには、迷宮に入っていく人の姿があった。どこかの国の兵士なのか、鎧で全身を覆った数千人が隊をなして迷宮の中に消えていく。
数時間後、二、三人の兵士が狂乱状態で迷宮から飛び出してきた。果たして何を見てきたのか、言葉にできないげに恐ろしきものを見たということだけしかその兵士たちの様子からはわからない。
ほかの鏡も見てみる。同じく迷宮の様子が映し出されていた。中から出てきた者たちはひどく傷つき、体の一部のないものもいるが戦利品とばかりにこの世界で見たことがないような怪物の首を掲げていた。
それは、確実に人間ならざるものだった。かつていた世界の蟻によく似ている。しかし、色は灰色の見たことのない種類のものだった。
千年以上前のことだ。もう記憶からに残っていないものだと思っていたが、見れば思い出すものなのだな、と魔王はひじ掛けに腕をつき、頬杖をした。
この鏡だってそうだ。初めて見たときはテレビのようだと思っただが、同時に薄すぎる思ったものだ。
過去のことはさておき、今の問題を解決せねばなるまい。今の問題は迷宮だ。
迷宮は、この大陸全体に転々と表れている。それもどこか見知った土地の近くだったり、私に関係する場所だったりしている。
私の力の減少とかかわりあっていることは明らかだろう。おそらく私の力が分散されて迷宮を作っているのだ。
しかし、どうすることもできない。迷宮はきっと犠牲になった者たちの怨念が詰まったものだろう。私に入っているだけではその恨みは果たされないとわかりどんどん抜けていっているのか。
はたまた、力を押さえつける力が時間がたつにつれて弱まったのかそれはわからないが、私の、犠牲になった彼らの力であると考えている。
私はどうするべきか、まだ迷宮から怪物が外に出たという報告はされていないがいずれそういったことが起こるだろう。さらにそれは私のいなくなった後になるはずだ。
私の息子に、すべてを押し付けるのは身が重すぎる。かといって、私が解決するのは不可能だろう。
となれば、私の息子に力をつけさせるべきだが、彼は骸骨どもと一緒に図書館にこもりっぱなしである。彼がどんな戦いにおいてどんな実力かもわからなければどんなことをしているのかもわからない。
食事の時に聞いても、それとなく返されるだけだ。
我が息子の才が知りたいものだ。、
「魔王様、何かお考えでしょうか?」
横に控えていた女性が出てくる。彼女は、魔王秘書と言い、歴代の魔王に仕えてるらしい。
闇の衣を身にまとい、光を吸い込むような黒い髪の毛が胸のあたりまで伸びている。それに対比するように真っ白な肌が体のほとんどから露出している。
おでこには角が生えており、その先端は鋭くとがっているのと同時に紫色に光っている。目は紅色でまっすぐと魔王を見ていた。
自分が仕えるのは自分よりも強いものであると言っていたので自分がいなくなった後そんなに信用できる相手ではない。
「ああ、迷宮のことについて考えていてね」
「そのことでしたらご安心をまだ中にいる怪物たちは外に出ておりません。さらに魔王様の強さなら障害になりえないかと」
「傲慢だな」
「魔の王を名乗るお方が傲慢じゃないほうがおかしいのですよ」
「そうかおかしいのか」
歴代の魔王は傲慢だったのだろう、だから滅ぼされたのだ。
自分も時間というものに対して慢心しすぎたのかもしれない。
「もし私がいなくなったら我が息子に使えてくれるか?」
「今、ご命令とあれば」
「なるほど、上書きされる可能性もあると」
「そうですね。私が今仕えているのはあなた様ですが、次の魔王が殺せと命令すれば殺しますね」
「我が息子に仕えてはくれないのか?」
「私は私よりも強い人にしか仕えませんので」
「そうか」
魔人にとって何よりも信頼できるものが力なのだ。力というのは魔人からしてみれば、正義であり、生き物から生死を管理するという能力を持ったすべてのことを力と呼んでいる。
人間である我が息子は弱いと思われているのだ。
「では、我が息子と決闘してもらおうか?」
「いいですが、殺してしまうかもしれませんよ?」
なんの悪びれもなく事実と思っていることを口に出す。
「それは困る。息子がどれだけ力を持っているのか知りたいのだ」
「なるほど、ですが魔王様がやられたほうがいいのではないですか?」
「私のほうが殺してしまうかもしれない、それにどれほどの力があるか私だとわかりにくいのだ」
「圧倒的な力の前だとほとんどの力がゼロに等しく感じてしまうからですね。わかりました。決闘を行いましょう」
彼女がそう思っているのならばそれでいいだろう。息子を傷つけたくないというのが一番の理由なのだ。
彼女は戦闘に慣れているはずだ。私がやってきたのは粛清や蹂躙のようなものに近いから力を抑えることが難しいのだ。
「そうか」
手をたたくと、柱の陰からメイドが出てきた。ただのメイドではなく、球体関節になっている。彼女は骸骨の作った自動人形である。骸骨どもが掃除するのが嫌だからという理由で作り上げ他だけだったが、
人間とは何かという新しい議論にもなってしまい、改良に改良を続けた結果ほとんど人間と変わらなくなってしまった。今度は彼女に命はあるのかということについて議論しているらしい。
「息子を呼んできてくれ」
「えーめんどくさい、自分で呼んでくれば?」
人間とは何か非常に考えさせられるものである。
骸骨どもはどうやら人間のダメな部分をあわせもった自動人形を作ったらしい。自分で考えることができるのはすごいことらしいがそれで相手がどう思うかは考えていないようだ。
「そういわずに呼んできてくれないか?」
「わかったー」
ちょこちょことメイドが歩いていき、ドビラから出ていった。
ちょこちょこと歩く機能を付けるのならば、もっとつけてほしいものがあるのだが。
不機嫌な目でしまった扉を見ていた。
「ここからこうやって覗くとほればれていない」
「うしゃしゃしゃ、おぬしもわるじゃのう」
鏡にはシャワーを浴びている魔王秘書の後ろ姿が映っていた。
それを二人の骸骨は腰の骨を触りながら、さかって見ている。
「おじいちゃんたち何してるの?」
奥で本を読んでいた若い男が、目を骸骨のほうに向けた。
男は魔王の息子、二世。かつて受けた傷を治癒したときに、髪の毛の色素は抜け雪に近い色になり、目は青色になっていた。服からはシャツがだらしなく出ており、左右には本が高く積まれている。
「坊ちゃん、こっちに来てみてくだされ。魔王秘書殿は左後ろから近付いてきた千里眼に気づいておりませんぞ」
「その鏡、そんな名前だったんだね」
「いま記録する機能も付けておりますぞ、これができたら」
「いつでも見放題じゃうしゃしゃ」
「…ほとんどいつもの服装と変わらないと思うんだけどな」
魔王秘書は局部しか闇で隠していない。ものごころついたころからそれだったから、何かずっとむずむずしていたが、三大欲求について理解してから自分の気持ちが性欲であると知った。
しかし、圧倒的な力を持っている魔王秘書にもし、
「おっぱいもませて」
などいったときには、自分はきっと殺されてしまうだろう。
だからと言って、覗くような下衆なことはできない。
骨のおじいちゃんたちはとても賢くて尊敬しているけれども、こればかりは理解でいない。
「坊ちゃんもこちらに来てみてくだされ」
「やめておくよ。」
「坊ちゃん、私の書いた本を読んでいるのですか?」
後ろから別の骸骨が話しかけてきた。
その姿は、刺繡の施された服をまとい、顔や手が骨であることを除けば賢者という言葉はとても似合った姿をしていた。
「そうだよ、骸骨1さん。この地殻エネルギーを取り出す錬金陣についてなんだけど」
「私がまだ生きているころ書いた本ですな?それが何か?」
「この錬成陣もっと簡単にできないかな?」
「できますとも、錬金術は知識と循環があればたいていのことはできます。要はエネルギーの循環の過程でそれを具現化するものなのですよ。」
「循環?」
「この世の中はめぐりあわせと組み合わせなのです。めぐりあわせとは循環のことさらに組み合わせることによって合わせることでそれらを単純に足し合わせた力が発揮できるのです。」
「それが錬金術?」
「錬金術は、自分の内部以外の循環使用する力のことです。そのため、誰でも知識をつけることで扱うことができ、我々人にとってはもっとも適した術式です。実際、錬金術は人間から生まれました。
一方で魔術は、自分の中にある魔力といった力を利用する術式なので、多くの魔力を保有している亜人や魔人が扱いやすいといえるでしょう。」
「人のほうが、不利じゃない?」
「人の魔力は、個人が持つ量は少ないですが、重ね合わせることができたりします。さらに、死んだあとその場に残留するという特性を持っているため、命をエネルギーとしてみるならば扱いやすいといえるでしょう」
「それは許されることなの?」
「本来ならば許されざる行為です。しかし、科学の発展や人の存続には犠牲が必要…魔王様も別の世界から転生させるために多くの犠牲があったのだと記録されています。」
「父上が…」
「はいもう千年も前のことですが」
二世は目を本に落とした。
父が別の世界の住人であることは知っていたが、それが犠牲の上に成り立っているのだと考えたことはなかった。
父の影響で世界からは種族間での戦争がなくなった。恐怖による統治、神格化といったほうがいいだろう。
実際、見たことはないが父には神に近い力があるのだろう。
しかし、それでいいのだろうか?それについてずっと考えてきた。
彼らは自由なのだろうか?それについてずっと考えていた。
「あー、魔王秘書様がシャワーからあがった…」
「残念だ」
かじりつくように見ていた骸骨たちは残念そうに鏡から離れていった。
「二世ー、魔王様がお呼びでーす」
図書館の扉が久々にあいたと思ったら、ちょこちょこと歩いてきたメイドが二世に話しかけてきた。彼女は自動人形で球体関節を持っている。
先ほど覗きを行っていた学者たちの発明だった。彼らは変態だが、やはりすごいのだ。
「やはり俺たちが作った人形はかわいいな」
「うしゃしゃしゃしゃ、当たり前だろ。なんせ俺たちが作ったんだからな」
「ただ、やっぱりしこれんな」
「ああ、娘を持っていたらこんな感じなのだろうな」
…最低発言が聞こえた気がするが無視しておく。
立ち上がり、呼ばれたほうへ行く。立ち上がったのが久々だったせいか体のあちらこちらの関節が音を出しながら動き出した。シャツを入れながら、自動人形であるメイドのほうへ向かった。
この時ばかりは、彼女の滑らかな球体関節がうらやましいと思った。
魔王の間につくと、座に存在する魔王とその横に立っている魔王秘書がいた。
その空気感に二世は押されていた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、お前には今から魔王秘書と戦ってもらおうと思う」
「はあ?」
冗談だろう?人である自分が生身で魔王秘書に勝てるわけがない。死んでしまう。
「これは決定事項だ」
「…わかりました、今すぐにですか?」
「何か準備があるのか?」
「はい、私は人ですので」
これで準備もできなかったら、本当に死んでしまうだろう、どうか許可してくれ
冷や汗をかきながら魔王の返事を待った。
「わかった、確かにここで戦うのは汚れるのがうっとうしい、三十分後中庭で決闘してもらおう」
「承知しました」
快くいったが、頭の中ではどうするかでいっぱいだった。
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