第20話 狩猟と収穫祭⑤

「エマ、ジェームス。アレスさんの言う通りよ。先週からずっとルーベンさんを引っ張り回して、いい加減にしなさい。」

黄土色の長い髪に、黄土色の風切羽根。スラリとしていて、身長はアレス程ではないが高い。釣り上がった細い目は、感情を読みとるのが難しく、長身も相まって、冷徹に囚われがちだが、それでも僕は、この人、オリビアがとても優しい女性だと知っている。

何度、このスパルタ親子の欲望を抑え込んでくれた事か。いくら礼を言っても足りないくらいだ。

「まぁまぁ、オリビア。今日はその辺で。それより、みんなで、お昼にしましょ。ササラに間に合わなくなってしまうわよ。」

オリビアの隣に立つエレンは、なだめる様にゆっくりと優しくしゃべる。

「ササラって何ですか。」

「えっお兄ちゃん、ササラを知らないの。」

「先生は、収穫祭自体が初めてなの。」

いがみ合う2人を落ち着かせるジェームス。狩猟に関係ないと至って冷静だ。

昼食はホーク地区特産の脱穀米を水につけ、発芽した発芽米を、クロウ地区特産の岩塩で味付けしたものだった。

シンプルな味付けだが、発芽米の甘みが岩塩で増し、噛めば噛むほどミードとは違う優しい甘味が口に広がる。普段食べてる脱穀米とは食感が異なり、脱穀米は硬く歯ですり潰しながら食べるが、発芽米は芯があるものの柔らかく、顎に負担をかけずに食べることができる。

「はい、レアンちゃん。ササラの首飾り。今年も自信作よ。」

「オリビアさん、ありがとう。」

ニコッと笑うレアンちゃんに首飾りが手渡される。

アレスとエレンの羽根が藁をよじって作った紐に結ばれている。目を凝らして見ると、羽根の根元には小さな穴が開いていて細い紐が、糸通しの様にくぐり抜けている。首飾りの中心は紐が二重、三重に巻かれ太く、ミンクの頭蓋骨が両眼窩を通す様にして結ばれて、仰々しく主張している。

「毎年悪いわね。ウチのまでお願いしちゃて。」

「そんな良いのよ。エレンには、いつも世話になってるし、今年はルーベンさんにも助けてもらったしね。」

細い目をさらに細くさせ、僕に笑顔を見せる。

「いえ、助けて貰ったのは僕の方ですよ。昨日も、止めてくれなければ、今頃は筋肉痛で寝込んでましたよ。」

「ルーベン君は弓に頼りすぎなんだ。もっと体力をつけてだな。」

「もう、あなた!狩りになると、いつもこの調子なんだから。エレン聞いてよ、最近はエマも似てきちゃて。」

「ははは・・・。そろそろササラも始まるし、今日は、お互いその辺にしときましょ。」

エレンは苦笑いを浮かべ、オリビアは大きなため息をついた。

有翼民に関わらず。どこの母親も大変なのは変わらなそうだ。そして、自分以上に、時には過度と言われる程に家族を思いやる母性は、もしかすると、ヒューマン以上なのかも知れない。


何処からともなく、乾いた音が軽快なリズムを刻む。打楽器ようだが、僕は音のする方へ目を向ける。

色鮮やかな風切羽根を有した、有翼民の男性達が輪になり、(たぶんミンクの)骨を両足で握り、バサバサと羽ばたきながら、石畳を叩く。

輪の中心には、奉納用のミンク肉が山積みにされている。

「じゃ、先生。私行ってくるね。」

「お兄ちゃん、私、頑張るから見ててね。」

「先生。私の事も見ててね。」

「う、うん。もちろんだよ。行ってらっしゃい。」

僕は圧倒されながら手を振り、二人を見送った。

「アレスさん達は、行かないんですか?」

「まぁ、年齢制限ってやつかな。冬籠り直前の風の女神は気が立ってるからな。見張りの神々と間違えられたら何かと困る訳よ。」

「でも、迷信じゃないんですか。」

「神話だな。先生とはいえ、あまり人混みで迷信と口にするもんじゃないぞ。それに、神話があってこその祭だ。」

少し僕は、お祭り気分で舞い上っていたみたいだ。確かに祭も伝統文化の一つ。アレスさんの言うように遊びとは訳が違う。

もともと、祭とは神への感謝や祈り、先人への慰霊など、その土地の歴史や根強く残った言い伝えや考えから出来上がる行事だ。

それだけ、強い意志が働く祭を迷信と一言で片付けるのは、烏滸おこがましい行為だ。

「すいません、浅はかでした。祭と神様は、ひと繋ぎですよね。無宗教者の悪い癖がでました。」

僕は頭を下げる。そんな僕を見て、エレンさんは翼で僕を包みこみ、耳に口を近づけ囁く様に話す。

「先生。そんな思い込まないで下さいね。アレスが言ったことも確かにそうですが、もう古い人も少なくなりましたし、収穫祭自体には神様は関係ないですから。」

「えっ。そうなんですか。」

僕は2人を交互に見た。

地区毎で収穫祭の意図は異なるらしい。

氏神への感謝だったり、風の女神だったり、その中に先人への感謝があったりと様々だと言う。

しかし、ピチカの場合は、狩猟で大量に犠牲となったミンクの供養が目的だと教えてくれた。

供養方法が風を使い、空を舞うので風の女神のご機嫌取りは重要なんだそうだ。

「神話も迷信も似たようなもんじゃ。用は塩漬けと乾燥じゃ。これをせんと冬籠りはこせん。腹をくだしてしまうからのぉ。生き残る為には神や死人しびとさえ理由として使うまでよ。」

「長老!」

アレスの大声に、皆が頭を下げる。

「そう大声を上げるな。皆もササラを止めるでない。」

長老が促すと、軽快なリズムで乾いた音が再び流れた。

「でも、長老なんで、こんな所に。今年はピチカ主催だから来賓の御相手をして頂きませんと。」

「孫娘を見にきたに決まっておろう。ジジイの数少ない楽しみを潰されてたまるか。」

「しかし、ですね。」

「まぁ、そう言うな。始まるぞ。」

はぁーッとアレスの深いため息が聞こえる。


軽快なリズムの乾いた音は、少し調しらべを変えると、昼下がりの太陽に照らされて、神々しく舞うように羽ばたき、リリが姿を表した。

綺麗な空中浮遊をする黒髪の美少女は、ミンクの毛皮で作った風呂敷を空に放つ。

風呂敷は空中で開き、中から桃白色の結晶がパラパラと弾け、地面に降り注いだ。結晶は音を奏でる骨で粉々に砕いていく。

更に調が変わり、リリが退出すると、レアンやエマ、有翼民の女性が現れ、干し肉を脚で掴み、ものすごい勢いで空に舞い上がる。

レアン達は空中で連なり、太陽の周りをグルグルと回りながら、止まったり、隊列を変えたりと、一糸乱れね動きで観客を魅了した。

僕も魅了されていた。

音が止み、奉納用のミンク肉の一部が配られると、静かに収穫祭の幕は降りた。

「どうじゃったかね、ルーベン君。ウチのリリは別嬪じゃったろ。」

それを聞いて、アレスは僕の前にでる。

「ウチのレアンも可愛いよな。長老とは言えこれだけは譲れません。」

僕は苦笑いをしながら、「どちらも」と曖昧な態度を取った。それでも、この数週間、生活を共にしたレアンに、少し心は傾いていたのだろう。長老は察した様に俯いた。

「アレスには敵わんな。まぁ良い。今日は忙しいからの。明日、ワシの家に来なさい。アレスも今年の狩猟の成果を讃えよう。あと、ジェームスもいいな。」

「私もですか。」

ジェームスは目を大きく見開いて、驚きを隠せない様だった。

「お主がいんと、始まらんよ。」

そう言って、長老が立ち去ると、入れ替えで、額に汗を滲ませたレアンとエマが戻ってきた。

「先生、どうだった?」

「うん。凄い綺麗で、魅力的だった。」

「お兄ちゃん。私は、私は。」

そんな、はしゃぐ僕らをよそめに、アレスはジェームスの肩を叩いて称えている。

「なっ、長老だってお前の事認めてるんだって。」

「わかったから、やめろって。」

歯に噛みながら笑顔を作るジェームス。そこには、僕の味わった事のない男の友情があった。









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