第21話 冬籠り①
収穫祭の翌日。
僕はアレスと共に長老の家を訪れていた。
「さて、今日集まって貰ったのは他でも無い。冬籠りについてじゃ。残った奉納ミンク肉の分配を毎年アレスに頼んでおったが、ジェームス。今年は主に任せたい。どうじゃ?」
「申し出は有難いですが、ルーベン君のおかげで、他のものより実績が上がったまで、アレスには及びません。」
「確かに、奉納だけ見れば、アレスの方が優ってることに間違いないじゃろう。でもな、アレスは先の先遣隊の件で留守にしてる事も多かったからの。各家庭の食糧事情までは把握しきれんじゃろうて。アレス不在の中でピチカの男どもをまとめ上げたのを評価してるんじゃ。」
「しかし、私が施しを与えてしまえば、下の者に示しが付きません。」
「いいんだ、ジェームス。これは、俺と長老で決めた事なんだ。今年の冬籠りは例年より厳しくなる。プライドやメンツに流されては、救える者も救えなくなる。有翼民の生き残りにかかってるんだ。もちろん、俺も手伝う。やってはくれないか。」
ジェームスは渋々だが受け入れた。
「うむ、感謝するぞ。では、アレス。主の望みを聞こうかの。名誉を捨ててまでも望むものとは何じゃ。」
鋭い長老の眼光に屈せず、アレスは口を開く。
「診療所を構えて頂きたい。ヒューマンに伝わる怪我や病気を治す技術を取り入れたい。先生がレアンやエマを治療した時に感じたんだ、俺たちは何も出来ない。だからこそ、何かしなくてはいけない。」
アレスは診療所の概念を、事細かに長老に伝えた。僕の話を聞いてくれていたのだろう。普段、朝に喋っていたどうでもいい僕の昔話を真剣に聞いてくれていたんだ。アレスの熱意が新しい文化を芽吹かせようとしている。
物々交換しかない有翼民の文化に、サービス業という、物ではない価値が生まれようとしている。
「俺は名誉を捨てたとは思っていません。男には狩猟以外にも価値あるものが、存在すると思います。」
「ほぅ。それはこれからルーベン君に話すことを察しての事かの?」
「それも無いとは言えません。だが、先生がレアンを助けた時から感じるものがあった。」
「ううむ、ならばルーベン君。単刀直入に言う。お主に弓の禁止を言い渡す。」
僕は驚き目を丸くすると同時に、ジェームスに目を向ける。
「わしら有翼民は、昔はヒューマンと共存しておった。ともに戦さ場を駆け抜けて、己が信念の元、人種の垣根を越え、正義を貫いた頃もあった。」
長老が語るに、そんな古い話でもないらしい。当時の遠距離攻撃は投石が主流で、有翼民が天空から石を落とす戦略は、勝敗を大きく左右させ、有翼民は重宝された。
しかし、時代は流れ、次第に弓矢の精度が上がるに連れ、有翼民はバタバタと打ち落とされ、数は少なくなった。
残された有翼民は生き残るため戦争から離れていった。それでも、ヒューマンは貴重な有翼民の羽根を求めて矢を放った。
「ワシらが好いて辺境の地に住んでる訳じゃない。悲惨な末路を歩んだ結果じゃ。そんくらい、矢とは有翼民の生活を脅かすんじゃ。たとえ、目的が異なれど、悠長に構えられんのは解るじゃろ。薬も無い有翼民は擦過傷でも死に至る事がある。手元が狂えば、間違えましたじゃ済まされん。」
僕は最悪のケースを考える。弓矢さえあれば、脚でも使える。狩猟に自信のない若い有翼民が真似をすれば・・・。いや、それ以上に過度の力は内戦に繋がる恐れだってある。
僕は目を閉じる。僕はさほど困らないだろう。釣りで魚は獲れるし、アレスさんがいれば食に困る事は無さそうだ。
しかし、ジェームスは違う。誘導において有能とはいえ仕留め役がいなくなる。エマの足が治ったとしても、女形家族の問題が解消される訳ではない。確かに長老の言う事は解るが、冬籠りを前にして、今すぐでなくてはならないのか。
「ルーベン君、君は優しいね。こんな時でも一人に気遣うか。でもね、一から弓を鍛錬する君を見ていてね、僕も僕なりに一からやって見よう思ったんだ。アレスが急降下を生み出した様に。そのためには、いつまでも君の背中は借りられない。」
不安そうな僕の顔を見て察したのだろう。ジェームスは胸を張って答える。
そして、アレスは弓が禁じられる事を知って、名誉を捨て、僕の居場所を作ろうとしてくれていたのだ。物々交換の文化に、どう溶け込めばいいか悩んでいた僕のために。果たして僕は誰かの役に立っているのだろうかと、自問自答を繰り返す日々から解放される。それ以上に、医者として人に必要として貰える。人間の地位やプライドのいざこざに巻き込まれず、純粋に診察や治療が出来る事が、僕は嬉しくて仕方なかった。
「弓を捨て、アレスの提案に賛同してくれるかの。」
僕は二つ返事で答えていた。
「よし、では皆、それぞれ大義のために動いて貰おうかの。最後にルーベン君にこれを渡しておくかの。ジェームス持ってきてくれんか。」
僕の手に渡されたのは、雪崩に巻き込まれた開拓者のバックパックが2つ。ドミニクとオリバーの物で間違いない。
「中身は確認しとらん。捨て置く事も考えたが、いずれお前さんの役に立つかと思って拾っといた。弓の話で分かったと思うが、道具は先を見透して使ってもらいたい。」
僕には分からない。なんで、皆、僕を信じる。僕に優しくし、僕の為に考え行動する。
僕は土足で安息の地に踏み入ろうとしたんだ。開拓者として、金の為、私利私欲の為、有翼民の生活を脅かそうとしたんだ。
「なんで、今までの歴史を辿ってきて、そんなに僕を信じられるんですか。アレスさんもジェームスさんも、つい最近会ったばかりの自分にどうしてそこまで。」
「アレスやジェームスは別にあるかもしれん。だがな、有翼民はお主に命を救われておる。感謝しておるんじゃ。」
僕は有翼民がいる事さえ知らなかった。助けた覚えもないし、話した覚えすら無い。
「ほれ。これじゃ。有翼民はこの一冊の薄っぺらい本に助けられたんじゃ。」
僕の手に一冊の本。本と言うにはチンケな作りで表紙や冊子がなく、キリで開けられた穴に紐を通して纏められただけだった。
"ピグリム病における現地調査と改正立案"
ルーベン・ブラウン
共同研究者 ハロルド・ブラウン
それは、五年前に破り捨てられた僕の執筆したレポートだった。
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