第22話 冬籠り②

「何処でこれをと言いたそうじゃな。もし、これが破り捨てられたとして、行き着く先は何処じゃ。」

「そりゃ、まぁゴミ捨て場!」

まさか、僕の考えが間違ってなければ、レオやフレディ。もしくは現地人の誰かから流れた可能性が高い。

「そうじゃ、ゴミ捨て場じゃ。わかったようじゃな。ゴミ処理は低所得者の仕事じゃ。薬もないワシらにレオは持ってきたんじゃ。」


僕のレポートは見ず知らずのところで人を助けていた。アレスやエレン、レアン。今の僕の大切な人を救っていた。

「86人じゃ。86人。23の家庭を調査し、お主のレポートと合致した。水場を分け、感染者を分け、行動を制限する事でワシらはピグリム病を制御したんじゃ。」

薬も治療もできない有翼民が、ヒューマンの無しえなかった偉業を成し遂げていた。それは、嬉しくも悲しい事実だった。

しかし、レポートだけの力ではない事は明白だった。少なからず謙遜とかではなく僕には理解できる。

僕が調べた世帯は有に五百を超える。規模で言えば三千人、回答を得られなかった分も含めたら五千人以上。それを有翼民は86とかなり少ない数で理論づけし実行に移している。統計的に考えても母数が少なく確証とはならない筈だ。それに、他にも策はあったはず、焼討ち、異臭封じ、埋め立て、現地人の力を借りればなんだって出来るはずだ。

「他にも策はあった筈です。決めては何ですか?膨大なデータを駆使しても、ヒューマンは助からなかった。それは愚か僕は人ひとり動かせなかった。」

「人じゃよ。もちろん膨大なデータを偽らずまとめたレポートのエビデンスは高い。でも、最後は人じゃ。人種や所得に左右されず、現地に自らが赴き、辛いものに寄り添い。可能な限り治療を施す。レオとフレディはそうお前さんを評価しておった。」

(最後は人か。感染症において、人を殺すのも人なら、人を救うのも人と言う事か。)

それなら、やはり、纏め上げる能力を讃えるべきであろう。何が正しいかも分からない闇の中を先導する。間違えれば皆の命を奪いかねないプレッシャーのかかる選択の連続。いつ出口が見つかるかも分からない不安と恐怖。そして、付き従う者の従順なまでの信頼と努力。

レポートが救ったと言い切るには値しない。その手腕を讃えたかったが、長老はそれ以上は言わなかった。辛い過去や決断。アレスやジェームスを目の前にして言えない事もあるのだろう。


風が舞い上がる様に、勢いをつけて行く。

雲だか、雨だか、雪だか、雹だか。

空が天候を全て丸呑みにする様に、見てわかる程に発達した上昇気流は、天へと昇っていく。

「先生、これで全部だ。そろそろ、引き上げないとマズいぞ。」

長老に渡されたバックパックには調理器具の他に馬鈴薯がたんまり入っていた。

保存が効くが調理しないと、食にまでたどり着けないことが功を奏した。ビバーク続きて調理が出来ずに持て囃された芋が芽をだしていた。それ自体は食べれないが、乾燥させて種芋として使う事ができる。

何とか冬籠りまでに種芋を作り、地面に植える事は出来たが、強風は立っているのも困難な程に天候は暴れ出していた。

「エレン!レアンと先生を連れて家に戻ってくれ。俺は氷洞に行って食料を持ってくる。」

僕はエレンさんの翼に守られるようにして家にたどり着く事ができた。

「すいません、風避けまでして頂いて。」

「良いのよ。私達は慣れっこなんだから、それに、こういう時は、すいませんじゃ無くて、ありがとうよ。だって家族なんですもの。」

「ありがとうございます。僕にも手伝える事ありますか。」

「そうね。先生はミードで窓を塞いでくれるかしら。そんな不思議な顔しなくても大丈夫よ。長年培ってきた知恵ってやつね。私はレアンと食糧の整理してわ。」

僕は言われるがままに、地下の食糧庫からスライム状のミードを受け取り、階段をあがる。ミードは生きていてふよふよと動いてる。室内にはびゅうびゅうと暴れ回る風。

何とか窓枠にスライムを置くと、スライムは強風に飛ばされまいと体液を出し、自らを窓にへばりつかせた。

僕は次々に運ばれるスライムを窓に敷き詰め、レアンは空いたスペースにアレスが運んできた食料を閉まっていった。エレンが的確な指揮をとり、流れる様に作業が進んだ。


アレスが食料を運び終わり、ドアもスライムで固めていく。

「やっぱり、人手が1人多いと助かるわ。」

そう言いながらも、さすがにエレンさんも疲れたようで、ペタリと座り込んだ。

それもその筈だ、朝から皆で畑仕事に勤しみ、その後はひたすらに運搬。必然的に眠る時間は早くなる。


部屋の片隅、壁に寄りかかるようにアレスが座ると、羽根を大きく広げる。

アレスの右翼にエレンさん。左翼にレアン。

さぁ、どうぞと言わんばかりに羽根をひろげている。あの日と何も変わらず、いつもいつでも僕を受け入れてくれる。僕の大切な家族。僕を助けてくれた家族。そして、僕が助けた家族。

「先生、どうしたんですか?」

「先生、早く。寒いんだから。」

「ほら、先生。」

僕は声に押されるがままに歩み寄る。

僕が家族に寄り添うと羽根は閉じられる。内羽根は柔らかく、とても温かい。顔は近いし良い匂いもするしで、僕の鼓動は早く脈打つ。それでも柔らかな弾力に包まれながら、絶対的な安心感と幸福感に満たされる。

こんな姿を見て救えなかった家族はどう思っているのだろうか。死人に口なし、それは親でも兄妹でも同じこと。しかし、後を追って命を絶てなかった僕を薄情だと思ってはいないだろうか。有翼民を家族に持つということは、人の道を大きく外れているのではないだろうか。答えの出せない問いに頭を抱える。

それでも、この満たされた気持ちは紛れもない真実であり、何にも変え難い家族の温もりを目の前にして、何が正しいとか、何が正解だとかは愚問の様な気がする。

それは、ただ僕がそう思いたいだけなのかもしれない。けれど、今はこの家族の温もりに甘えていたい。僕だって僕なりに必死でもがいてきた、報われたい。

それに、大切な人が居なくなるのは、寂しく悲しい事だ。僕は充分悲しんだ。この悲しみをこの人達には味わって欲しくはない。

ぐちゃぐちゃ考える頭を僕はエレンさんの胸に埋め、レアンを抱き寄せると、風切羽根に包まれる。僕は内羽根の温もりとともに心が満たされ目を閉じた。



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有翼民86人に対する公衆衛生学を用いた疫病へのアプローチ ふぃふてぃ @about50percent

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