第19話 狩猟と収穫祭④

やっと迎えた収穫祭当日。

「おーい。エレン、奉納のミンク肉、持ったぞ。」

「はぁーい。ってパパ、それ交換用よ。もう、奉納用、出してあったでしょ。」

アレスはぺこぺこと頭を下げ、慌ただしく今日が始まる。

「先生、疲れは取れた?」

レアンの心配に、僕は笑顔で返す。

それでも、ミンク肉を見るたびに昨日までの、辛かった狩猟の日々を思いだし、ため息が出そうだ。


「お兄ちゃん、次、移動するよ。」

「ちょっと待って、休憩。もう必要なミンクは集まってるんだから。それに、エマ、その呼び方はやめてって。」

「だ〜め。お兄ちゃんは、お兄ちゃんなの。」

童顔の少女は、父親譲りの凛とした目を釣り上げ、薄い黄土色の髪の毛を上下に揺らし、ぴょんぴょんと跳ねながら、僕の袖を引っ張る。

エマはジェームスさんと鍛錬を重ねるうちにいつしか父親に混ざって、僕にアレコレと教える様になっていた。

親子揃って、狩の事になると目の色を変える。そして、かなり弩級のエスだ。

「ほら、ジェームス君。まだ冬籠りもある事だし、食糧は大いに越した事は無いぞ。もうギブアップか。」

朝から晩まで、この調子だ。

僕は肩で呼吸をしながら、立ち上がるとスパルタ親子は、嬉しそうにニヤリと顔をふやけさせる。

ジェームスさんは、住処で待ち伏せするとかしない。バサーっと飛んで辺りを見渡し、ミンクを見つけると、多少距離があろうが指定場所まで誘導してくる。全く休む暇がない。

「いや〜大量だね。ルーベン君。今日は前夜祭だ後でパァーッとやろうか。」

「とりあえずは、休ませて下さい。」

僕は家に着き、レアンの顔を見るなり倒れ込んだ。


「先生、帰って来るなり、倒れちゃうんだもん。びっくりしたよ。」

レアンのハツラツとした声が、妙に懐かしく、元の生活に戻ってきた、という安心感が芽生える。

「でも、何でエマちゃんはお兄ちゃんなんて呼ぶんだろうね。」

「分からないよ。急に呼び出したんだから。ハァーッ、でも、やっと解放されたよ。」

「じゃあ、先生、今日はずっと一緒ね。先生は収穫祭は初めてでしょ。私が色々、案内してあげる。ねっ、パパ、いいでしょ。」

「あぁ、勿論だ。先生のお陰で、ジェームスも元気になったしな。俺とエレンで奉納して来るから、色々、見て回るといい。」

「やった。先生、何処から見たい。クロウ地区のミード絞りか、ホーク地区の藁回し。ねぇ、どっちにする。」

レアンの強引な誘いも、今では心地よい。

「どっちでも」と照れながら簡素に答える僕に、レアンは嫌な顔せず隣を歩く。

「じゃあ、まずはクロウに行こうか。甘いの食べたいし。」

僕を真っ直ぐに見る瑠璃色の瞳が、朝日に浴びて、キラキラと輝いている。

主催は地区の持ち回りで毎年変わり、今年はピチカの順番だという。

見慣れたピチカの石混じりの大地に、羽根で編み込まれたラグが並び、そこで有翼民が露店を開いていた。

「すいませ〜ん。これ2つください。」

レアンは手際良く買い物を済まし、お椀を受け取ると、一つは僕に手渡した。

お椀からは甘い匂いがする。

「これはミードだね。」

「そうだけど、ちょっと飲んでみてよ。」

試されるように促され、お椀を口につける。

味はミードに間違いない。でも、コレは別格だ。

鼻から抜ける芳潤な香りは花のまとい、サラリと喉を流れる透き通る薄黄色の液体に甘ったるさはない。

みき酒に似てはいるものの、アルコールは全くなく、ゆっくりと口の中を甘みで満たして行く。

「お、美味しい!」

「そうでしょ。新鮮だもの。あっパパー。ママー。」


バサバサと降りて来る。

「楽しんでるか。先生。俺達は冬籠り用の食糧を交換してるから。レアン、先生を頼んだぞ。」

「あ、アレスさん。その足で掴んでいるものは・・・。」

たぷんとまるまった外形で大きさは僕の膝の高さとかなり大きい。薄い皮膜の中には液体が入り、ぷるんぷるんと揺れるたびに、ぽちょんと中で水の弾ける音がする。

「先生が今飲んでるじゃないか。クロウ地区はミードが有名だからな。まっ保存用だからこっちは味が落ちるけどな。」

「でも先生、保存用の方が栄養あるんですよ。好き嫌いはダメですよ。」

「いや、エレンさん、そうじゃなくて、これスライム。ウォータースライムじゃないですか!ミードって、キミドリナデシコの蜜でしょ。」

「コレはクロウ地区の岩場に生息するキミドリナデシコの蜜で間違いないけど。スライムって何?ねっママ、知ってる。」

「さぁ、分からないわ。」

(反応からして、コレをミードと読んでいる事に間違いない。)

僕がミードをツンツンと突っつくと、ぷるんと動く。間違いなく生きてる。ただ、酸で溶かしたりとか、触手を伸ばしたりとかは無さそうで、僕の知るスライムとは少し違うようだ。

それより、僕は今までスライムの体液を飲んでいたのか。僕は空のお椀を覗き、ため息がでた。

「先生、大丈夫?まだ疲れているんじゃない。?」

「大丈夫だよ。驚いただけだから。色々と勉強になるなぁーっと思って。」

「変な先生。次はホークに行きましょ。」

「じゃあ、俺たちは他にも冬籠りの準備があるから、無理しない程度に楽しんでくれ。」

バサバサと2人は飛んで行った。


僕たちはホーク地区の露店商に足を運ぶ。

「先生。あれあれ、あれを見て。藁回しだよ。ああやって脱穀米を取るんだぁ。」

それは、剣の修行に似ていた。

女性の有翼民が「はじめ!」と合図すると、男性の有翼民は稲を脚で持ち飛び立ち、即席の石畳の上空で相手を叩き合った。

稲と稲がぶつかり、絡まり合う度に、空からはパラパラと実が弾け落ち、下で見ていた観客がはしゃぎ、足踏みするたび殻は砕け、脱穀されて行く。


「お兄ちゃ〜ん」

「うげっ。」

急な呼びかけに、僕は反射的に声が出てしまう。

「もう、何よ、その反応。」

「エマちゃん、こんにちは。」

「こんちは。ねぇ〜お兄ちゃん。藁回し一緒にやろよ〜。ねぇ〜やろうよ。」

「エマちゃん。今、先生は疲れているし、私と露店を回ってるのよ。」

レアンの挨拶も早々に自己主張を続けるエマ

に対し、レアンは苛立ちながらも大人な対応をしている。そんなレアンの努力を知ってか知らずか、ジェームスさんも現れて、火に油を注ぐ。

「久しぶりだね、レアンちゃん。美人になって。ルーベン君、デート中に悪いが、どうかな、ここは一つ、僕と藁回しで戦ってみるかい。藁回しはね、狩に必要な基礎が沢山あるぞ。」

「お久しぶりですって、ジェームスさんも今日はお祭りなんでしから、狩の事は、また今度にして下さい。ただでさえ、先生は昨日の疲れが残っているのに。」

さすがのレアンも爆発寸前だ。

「ジェームスもエマも、今日は祭だ。その辺で勘弁してくれ。」

アレスの登場によって、なんとか、その場は落ち着きを取り戻した。














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