第18話 狩猟と収穫祭③

アレスが指定した茂みは、外からは分からなかったが、内側は地面が平坦で動きやすい。

何より、ある一定の場所に立つと、規則正しく木々が並び、少し体をずらすだけで、隠れながら、多方面を見渡す事ができる。

僕はバックパックから、短めの弓を取り出し、体重をかけるようにして、弓をしならせ、手術用の糸をよじって作ったロープを結ぶ。

矢は五本。先端はナイフで削り鋭く尖らせ、アレス家の皆様の羽根を少しばかりか頂いて、空気抵抗を抑える細工を施した。

まだ、動きがない。

僕は地面に方位を描き記し、アレスに教えてもらった八卦はっけを復習する。

湖畔の風はサワサワと葉音を運び、心地よさというより、肌寒さを感じる。

僕は動きがあるまで、じっと堪えた。


何処からか、バサッ、パサッと風切羽根が空を切り裂く音が聞こえる。

僕は弓と矢を取り、右膝を突くようにして座り、辺りを見渡す。

時折、木々の隙間から、有翼民のシルエットが映し出されるが、遠くて、まだ十分に確認ができない。

音はどんどん近いてくる。やはり、シルエットの正体はジェームスさんだった。

素早く地を這うミンクの行手を、右足で阻む。横をすり抜けようとすれば、翼をかざし、ミンクが後ろに下がれば、軽く宙に浮き回り込む。

ステップを踏むようにして、ミンクの行動を制御する。

美しい紫色の風切羽根が艶やかに舞っていた。それは、東国に古くから伝わる治療法、神楽に似ていた。

「ケン、十九手!」

穏やかな湖畔にジェームスさんの、凛とした声が響く。

(えーと、ケンは北西か。十九手ってなんだ?)

分からないものは、悩んでも仕方がない。

僕はしゃがみながら、体を少しずらし南の方角に弓矢を向ける。

ジェームスさんは舞うようにして、南へ南へと獲物を少しずつ移動させる。

そのランダムな動きで、なぜ相手の行動を制御できるか、理屈が分からない。

ただ、キレのある動きには一瞬の迷いも無く、誘導するすべを確実に会得している。

木々の隙間から、少しずつ、少しずつ近づいて来るのがわかる。

ギリ、ギリと力を込めて矢を引いていく。

体の軸はそのままに、目でジェームスさんを追う。

プルプルと震える右腕。狙いを制御する為に弓を持つ左手の人差し指をピンと伸ばし、矢を人差し指に沿わす。

誘導地点手前で、ジェームスさんは地を蹴る動作をする。ミンクはバックステップする様に後方に浮かび上がると、ジェームスさんは追わずに距離を取る。

僕は"ここだ!"と思い、人差し指の標準をミンクに定めて、力強く弓を射る。

ヒュンっと風切るように、真っ直ぐと進む矢。

タイミングはバッチリだった。自作の弓矢の性能も悪くは無かった。ジェームスさんがミンクと距離をとってくれたので、要らぬ心配をせずに射る事ができた。

ただ唯一、僕の腕が至らなかったのだ。自衛目的で習得しただけの腕前では、有翼民の長年培つちかってきた狩猟のハードルの高さを越えるに値しなかった。

矢はミンクの毛を掠める程度で、無惨にも空を切った矢は近くの木に突き刺さった。

あぁ、何と詫びればいいのだろうか。

ジェームスさんのプライドを砕き、期待を持たせてた結果がこれだ。何と情けない結末なんだ。

「ルーベン君、これで終わりか!」

ジェームスさんはバサッと飛び立つと、再度、ミンクとの距離を詰め、ミンクの行手を阻む。

「まだ。行けます!」

「ヨシッ。カン、三十二手!」

僕は矢をバックパックから取り出し、北に弓を向ける。

すでに、ジェームスさんは射程圏内にミンクを誘導していた。

僕は弓を持つ手の人差し指を立て、的を絞っていく。

ジェームスさんが地面を蹴ると、ミンクは後ろに飛び上がる。

風切る音は虚しいほどに結果を残さない。

「ソン、二十四手」

「ダン、十八手」

「シン、三十六手」

凄いの一言。どんな状況でも難なくリカバーし、弓矢を構える頃には、すでに射程圏内に誘導している。

これだけを見せられて、答えない訳にはいかない。弓矢の性能は悪く無いが、射速が今ひとつ乗ってこない。

(ズキズキと痛む右手のせいか。この状況で、言い訳は無意味だ。言い訳は何も生み出さない。考えろ。どうしたら射速を補える。)

ジェームスの誘導は的確だ。矢が外れても木に当たる配慮までしている。

ミンクの跳躍力は遠目で見ても、一定して握りこぶしにして3個分ほど。

ならば、と弓を東に構え、指先で標準をつける。少し体をずらしながら、ジェームスの動きを横目で捉えてられる場所を探す。

ギリ、ギリと弓を弾き胸筋を張らせる。右腕はジンジンと痛むが、最後の矢と思えばこそ耐えられる。

目をゆっくりと閉じ、深呼吸を一つ。

目は開眼したまま、ジェームスの動きに集中する。

ゴクリと唾液が喉を鳴らす。

ジェームスが地面を蹴ると同時に矢を放つ。

僕に風を読む力はない。ただ真っ直ぐ飛んでくれと願うばかりだ。

後方に飛びあがったミンクの運動エネルギーは、矢の威力にかき消され、ミンクの体は撃ち抜かれた矢と共に、木の幹にスタンと突き刺さった。


僕は茂みから出て頭を下げた。

「何度も至らなくて、すいません。」

「君はこんな隠し玉を持っていた訳か。驚かされぞ。棒っきれでミンクを捕まえるか。」

一応、矢は回収したものの、折れてたり、曲がっていたりと、再利用は厳しそうだった。

「すいません、もう矢が無くて。」

「そっか、矢というのか。回数に制限があって、最後に決めたというわけか。」

「すいません、1匹しか取れなくて。」

「アレスも最初は1匹しか取れんかったよ。」

ジェームスさんは物思いにふけるように、空を見上げたかと思うと、ハッハッハッと徐ろに豪快な笑い声をあげた。

「どうかな、ルーベン君。私は合格したかな。」

「すいません、出過ぎた事を言ってしまい。本当に申し訳ありません。」

僕は顔を真っ赤にして何度も謝り頭を下げた。

「では、交渉は成立という訳だ。」

「至らない点も多く、ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。」

「そうだな。みっちりと鍛えてやらんとな、収穫祭まで、2週間。1日1匹じゃ間に合わないからね。」

意地悪そうに僕を見るジェームスさんは、とても生き生きとしてて、今日の秋晴れの空のように、笑顔が澄み渡っていた。

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